第三話 爆走、マウンテンバイク ①
エクーが改造してくれたラジコンジープは、ちゃんと運転席には乗り込めるけれど、基本的にはコントローラー使って操作する。慣れればそう難しくはないし、私は車の免許を持っていないので自動車の運転との違和感は少ない。
だが、気持ち的に焦っているので、さっきから割と事故っている。電信柱には二度ほど追突したし、カーブで曲がりきれずに民家の庭に侵入してしまった。
シュウくんにもらったラジコンジープが、かなり頑丈な作りだった事が幸いしている。あとエクーがもしかして、チートな改造を施しているのかも知れない。
ともかく私は、クロマルとラティスを追いかけている。向かう方角は何となくわかる。おそらくそれが、クロマルと私の契約者としての絆なのだろう。
私とクロマルの絆は、まだ切れていない!
住宅街から少し大きな通りに出ると、人通りがあった。ラジコンジープにぬいぐるみが乗っていて、歩道を走っているのだ。目を止める人もいる。そういう人たちは操作している人を探して、『あれ?』っていう顔をする。
『不審がられること』『目立つこと』を、私はひたすら避けて来た。引きこもって、隠れて、息を殺して、見つからないように。
そんなものは全部かなぐり捨てた。クロマルを取り戻すことしか考えられない。クロマルを感じる方へ、ひたすらジープを飛ばした。
女子高生に動画を撮られたり、小学生男子に追いかけられたりしながら商店街を抜けると、神社の前に見慣れた男子中学生を見つけた。
シュウくんだ!
ここでシュウくんに会えるなんて! 神さまは居るかも知れない!
私は大声でシュウくんを呼んだ。
▽シュウ
「シュウくん! クロマルが……クロマルが連れて行かれちゃったの!」
カナリさんが、ジープの運転席で叫んだ。
『どこに?』『誰に?』『どうして?』
全ての質問を飲み込む。そんなのは後回しでいい。カナリさんが人目に晒されている。それなのに大声で僕を呼んでいる。非常事態に違いない。
「カナリさん、こっちに移って! 僕の自転車の方が速い!」
急いでジープを回収して、カナリさんを制服の胸ポケットに入れる。手の平の中でカナリさんが、顔をぐしぐしと擦った。
着ぐるみの中で、泣きながらジープを走らせていたの?
僕の知らないところで泣かないで欲しい。だって、それじゃあ僕が泣き止ませてあげられない。
うーん、相変わらず、僕の独占欲は拗れている。
「カナリさん、どこに向かえば良いの?」
僕が連れて行ってあげる。だから……。だから、泣かないで。
「観音山! エクーがいつも宇宙船を隠している場所。たぶんそこに向かっている」
詳しい事情はわからないけれど、誰かがクロマルを連れて行ってしまった。その誰かは、観音山に向かっている。
それなら僕の仕事は、一秒でも早く、カナリさんを観音山まで届けることだ。
ネクタイを緩めて、ワイシャツのボタンを外す。これはきっと、本気で走らなければならない事態だ。
「わかった! しっかり掴まってて」
胸のポケットから顔を出しているカナリさんの頭を、そっと指で戻してから、再び自転車にまたがる。
腰を浮かせて前傾姿勢を取り、思い切りペダルを踏み抜く。ペダルの重さに悲鳴を上げた腿の筋肉を、体重をかけて黙らせる。
カチリとギアチェンジして、更にペダルを踏み込む。トップスピードまで持っていけば、僕の自転車は自動車にだって負けやしない。
走りながら、とっておきの非常食のチョコバーを取り出す。ひと口で頬張ってから、小さなカケラを胸ポケットに入れる。
さあ! エンジン全開だ! クロマルを取り戻しに行こう!
▽カナリ
シュウくんが、傾きはじめた太陽を背に受けて、ただひたすらにペダルを踏む。頰や首を伝って流れる汗を、拭う事もせずに。
怒っているのかと思うくらい真剣な顔をして。そのくせ私と目が合うと、目元を緩めて笑みを浮かべる。
時には自動車に並走するほどのスピードだ。自転車の性能もあるだろうけれど、男の子ってすごいな。もう三十分以上も休みなく走り続けている。
シュウくんは、小柄で華奢な身体のどこに、こんな体力を隠していたのだろう。
ペダルを踏む、その力強い足に励まされる。迷いのない、強い……強い横顔。何も聞かずとも走り出してくれる、手離しの信頼。
萎えていた心が、奮い立つ。
ラスティの『出来損ないのマスター』という言葉に、すっかり萎縮してしまっていた自分が情けない。
あの寒い雨の朝。
クロマルは私をまっすぐに見つめていた。枯れた喉から、掠れた声を絞り出して私を呼んだ。
そして私は、それに応えたのだ。
私は仕方なくマスターになった訳ではない。あの出会いが、ただの偶然だったとしても。選んだのはクロマルで、決めたのは私だ。
そう思えた瞬間。
私とシュウくんの回路がつながった。
すみません。少し疲れました笑
続きは21時投稿予定。