第二話 追いかけて
目を見開いたまま固まって、クロマルがコトリと置物のように倒れた。
「クロマル!!」
私が走り寄るよりも早く、ラティスがクロマルを抱き抱える。手も、足も、リーチが違い過ぎる。
「この子は私が宇宙に連れてゆく。出来損ないのマスターのあなたに、これ以上出来る事はない」
一瞬、私の身体も固まった。
グサリと深く胸を刺すコンプレックスが、私の足を止めてしまった。私はクロマルに必要な存在力を、渡してあげられない。
ガルーラと宇宙を旅するのに必要な、歌を歌うことが出来ない。未だにクロマルを乗りこなすことすら、出来ていない。
『そんな事じゃ、クロマルを自由に飛ばせてあげられないぞ』
いつかのエクーの言葉が、ラティスの作った傷を、さらにえぐるように広げる。何ひとつ、言い返せずに立ち尽くす。
ラティスは呆れたような、責めるような視線を投げかけると、クロマルを大きな袋に入れて、部屋を出て行ってしまった。
背中にバタンとドアの閉まる音を聞いて、冷たい床にヘタリと座り込む。足りない存在力、拙い騎乗、いくら練習しても歌えない歌、ラティスの言う通りだ。
幼い時から、マスターになる為に努力を重ねてきた彼女に『出来損ないのマスター』と呼ばれても仕方ない。
私はたった一年と少し前に、たまたまクロマルと出会っただけの地球人だ。ガルーラ乗りになりたかった訳じゃない。
小刻みに震える指を見ながら、ガンガンと痛む頭を力なく振る。
禁忌の歌のせいで、マスター契約は解消されてしまったの?
そうしたらクロマルは、ラティスを選ぶの?
顔を上げずにさまよわせた視線の端に、見覚えのある革製の飾りが映る。
クロマルが倒れた時に、首輪から外れて落ちたのだろう。私が作った革製の、肉球を模ったチャーム。
首輪を猛烈に嫌がった小さな子猫だったクロマルが、このチャームを付けたら、なぜか大人しく受け入れた。
クロマルの見開いた目と、置き物のように固まって倒れる様子が、頭の中で何度も繰り返し再生される。
クロマルの心と身体が心配で、居ても立ってもいられなくなる。
追いかけよう。
私はマスターとしては出来損ないかもしれないけれど……。クロマルの親代わりとしての役割は誰にも渡す気はない。
ラジコンジープの充電を確認してから、大急ぎで、ぐでたまのぬいぐるみを着る。
完成したばかりのドローンを積み込んで家を飛び出す。人目につくことを気にしてる場合ではない。私とクロマルの一大事だ。
早く追いついて、クロマルを抱き締めてあげないと。