第十話 小さくなる地球人たち
カナリさんとエクーは、春の雷が鳴った次の日の夕方に帰ってきた。
冬の間ずっとカナリさんの実家で過ごして、僕は二ヶ月もの間、置いてけぼりの留守番だった。
少しがっしりと大きくなったクロマルと、なんだかしなやかで色っぽくなったシラタマ。
二匹とも、冬の朝に見送った時よりも、ずいぶん大人っぽくなっていた。
エクーとカナリさんは、色違いのモフモフのコートを着て、すっかり仲良しみたいに見えた。
カナリさんがクロマルから降りるのに、エクーが手を貸してやっている。
なんだよ! その手! エクーのバカ!
僕は内心ムッとしたけれど、そんなのを顔に出すほど子供じゃない。
二人にお帰りと言ってからクロマルを呼ぶと、カナリさんがガクリと膝をついた。
びっくりして走り寄ると、カナリさんは涙目で僕を見上げた。
うわっ! ボンボンのついたフードが似合っていて、可愛いなぁ。
「……が……った」
えっ? どうしたの? カナリさん大丈夫?
「……脇腹が……攣った……」
僕は急いで家に帰って、蒸しタオルを作ってカナリさんを包んだ。カナリさん! 深呼吸! 深呼吸して!
それから痛いところをゆっくり伸ばすと良いって、お母さんが言ってたよ!
次の日からカナリさんは、自分と同じように、小さくなって隠れて暮らしている人を探しはじめた。
エクーが存在力の流れを調べる装置を作ってくれた。地図アプリと連動させて、存在力が大きく動いた場所を特定するシステムだ。なんと全世界対応。
カナリさんはクロマルと、ほとんど毎晩出かけて行く。マスターは夜、夢の中で存在力をガルーラに渡すからだ。
日本中の空を飛び回って、三人のマスターを見つけた。
驚いたことに、カナリさんの他にも隠れて小さくなっている人は、本当にいた。
一人目は長野の山奥で、ひとり暮らしをしているお爺さん。
ガルーラは白黒のハチワレで、名前も『ハチ』。お爺さんはもうすっかり小さくなっていたけれど、ハチは飛べないガルーラのままだった。
ハチはそのままお爺さんと、穏やかに暮らす事を望んでいるらしい。
でも帰り際にお爺さんが『俺が動けなくなったら、ハチを飛べるようにしてやって欲しい。死ぬ前にハチが飛ぶ姿を見たい』と、言っていたんだって。
二人目は小説家の先生だった。映画にもなった恋愛小説を書いた、けっこう有名な人だ。
私生活や本名を一切公開していなくて、テレビにも絶対に出ない謎の小説家に、そんな秘密があったなんて本当に驚いた。
ガルーラは明るい三毛で、ふよふよと家の中を浮かんでいたそうだ。
「小説は音声入力で書けるから問題ないんだけど、煙草が吸えなくなっちゃったのよ!」
がっくりと肩を落として、言っていたらしい。カナリさんが不器用な先生の替わりに、紙巻の小さな煙草を作ってあげたら、目頭を押さえながら吸っていたんだって。
「ガルーラ乗り? 私がそんなの無理に決まってるじゃない。もう四十過ぎてるのよ? でも、この子は飛ばしてあげたいわねぇ。何か方法が見つかったら連絡して頂戴ね!」
とてもパワフルで、明るい引きこもりだったと、カナリさんが言っていた。
三人目は間に合わなかった。
二匹のキジトラの兄妹ガルーラに、ほとんど全ての存在力を渡してしまって、その男の人は三センチにも満たない大きさだった。
そしてとても衰弱していた。
カナリさんとクロマルの姿を見て『ああ、なるほど。そういうだことったんですね』と、穏やかに笑ってから「この子たちを、お願いします」と、二匹を抱きしめたまま、オレンジ色の光の粒になって消えてしまった。
連絡をもらって僕とお母さんで、真夜中の高速を飛ばして迎えに行った。カナリさんは真っ暗で凍えるほど寒い部屋の中で、立ち尽くしていた。
目の前にはまだ幼いガルーラが二匹、男物のセーターに包まれてすやすやと眠っている。
お母さんがカナちゃん、と呼ぶと、ビクンと肩を震わせて、そのままヘタリと座り込んでしまった。
子猫たちとそのセーターを回収して、僕らは帰るしかなかったんだけど。帰りの車の中で、カナリさんは僕の上着のポケットに潜り込んで、声を殺してずっと泣いていた。
僕はこんな時に、かける言葉を持っていない。僕は、自分の人生経験の足りなさを呪った。
そっとポケットの上から、カナリさんを撫でる。エクーに処置してもらったから、思うように存在力を渡すことすら出来やしない。
それでも僕は、なんでも良いからカナリさんに渡してあげたくて、せめてカナリさんの冷たい身体を温めてあげたくて。
ずっと――。カナリさんが泣き疲れて眠ってしまっても。
ポケットに身を寄せるクロマルと一緒に、ずっとカナリさんの小さな背中を温め続けた。
第四章は、ここでおしまいです。第五章 クロマル強奪。続けて投稿します。