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秘密のクロマル  作者: はなまる
第四章 二人目のマスター
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第十話 小さくなる地球人たち

 カナリさんとエクーは、春の雷が鳴った次の日の夕方に帰ってきた。

 冬の間ずっとカナリさんの実家で過ごして、僕は二ヶ月もの間、置いてけぼりの留守番だった。


 少しがっしりと大きくなったクロマルと、なんだかしなやかで色っぽくなったシラタマ。

 二匹とも、冬の朝に見送った時よりも、ずいぶん大人っぽくなっていた。


 エクーとカナリさんは、色違いのモフモフのコートを着て、すっかり仲良しみたいに見えた。

カナリさんがクロマルから降りるのに、エクーが手を貸してやっている。


 なんだよ! その手! エクーのバカ!


 僕は内心ムッとしたけれど、そんなのを顔に出すほど子供じゃない。

 二人にお帰りと言ってからクロマルを呼ぶと、カナリさんがガクリと膝をついた。


 びっくりして走り寄ると、カナリさんは涙目で僕を見上げた。


 うわっ! ボンボンのついたフードが似合っていて、可愛いなぁ。


「……が……った」


 えっ? どうしたの? カナリさん大丈夫?


「……脇腹が……攣った……」


 僕は急いで家に帰って、蒸しタオルを作ってカナリさんを包んだ。カナリさん! 深呼吸! 深呼吸して!

 それから痛いところをゆっくり伸ばすと良いって、お母さんが言ってたよ!


 次の日からカナリさんは、自分と同じように、小さくなって隠れて暮らしている人を探しはじめた。

 エクーが存在力の流れを調べる装置を作ってくれた。地図アプリと連動させて、存在力が大きく動いた場所を特定するシステムだ。なんと全世界対応。


 カナリさんはクロマルと、ほとんど毎晩出かけて行く。マスターは夜、夢の中で存在力をガルーラに渡すからだ。


 日本中の空を飛び回って、三人のマスターを見つけた。

 驚いたことに、カナリさんの他にも隠れて小さくなっている人は、本当にいた。



 一人目は長野の山奥で、ひとり暮らしをしているお爺さん。

 ガルーラは白黒のハチワレで、名前も『ハチ』。お爺さんはもうすっかり小さくなっていたけれど、ハチは飛べないガルーラのままだった。


 ハチはそのままお爺さんと、穏やかに暮らす事を望んでいるらしい。


 でも帰り際にお爺さんが『俺が動けなくなったら、ハチを飛べるようにしてやって欲しい。死ぬ前にハチが飛ぶ姿を見たい』と、言っていたんだって。



 二人目は小説家の先生だった。映画にもなった恋愛小説を書いた、けっこう有名な人だ。

 私生活や本名を一切公開していなくて、テレビにも絶対に出ない謎の小説家に、そんな秘密があったなんて本当に驚いた。


 ガルーラは明るい三毛で、ふよふよと家の中を浮かんでいたそうだ。


「小説は音声入力で書けるから問題ないんだけど、煙草が吸えなくなっちゃったのよ!」


 がっくりと肩を落として、言っていたらしい。カナリさんが不器用な先生の替わりに、紙巻の小さな煙草を作ってあげたら、目頭を押さえながら吸っていたんだって。


「ガルーラ乗り? 私がそんなの無理に決まってるじゃない。もう四十過ぎてるのよ? でも、この子は飛ばしてあげたいわねぇ。何か方法が見つかったら連絡して頂戴ね!」


 とてもパワフルで、明るい引きこもりだったと、カナリさんが言っていた。



 三人目は間に合わなかった。


 二匹のキジトラの兄妹ガルーラに、ほとんど全ての存在力を渡してしまって、その男の人は三センチにも満たない大きさだった。


 そしてとても衰弱していた。


 カナリさんとクロマルの姿を見て『ああ、なるほど。そういうだことったんですね』と、穏やかに笑ってから「この子たちを、お願いします」と、二匹を抱きしめたまま、オレンジ色の光の粒になって消えてしまった。


 連絡をもらって僕とお母さんで、真夜中の高速を飛ばして迎えに行った。カナリさんは真っ暗で凍えるほど寒い部屋の中で、立ち尽くしていた。


 目の前にはまだ幼いガルーラが二匹、男物のセーターに包まれてすやすやと眠っている。


 お母さんがカナちゃん、と呼ぶと、ビクンと肩を震わせて、そのままヘタリと座り込んでしまった。


 子猫たちとそのセーターを回収して、僕らは帰るしかなかったんだけど。帰りの車の中で、カナリさんは僕の上着のポケットに潜り込んで、声を殺してずっと泣いていた。


 僕はこんな時に、かける言葉を持っていない。僕は、自分の人生経験の足りなさを呪った。


 そっとポケットの上から、カナリさんを撫でる。エクーに処置してもらったから、思うように存在力を渡すことすら出来やしない。


 それでも僕は、なんでも良いからカナリさんに渡してあげたくて、せめてカナリさんの冷たい身体を温めてあげたくて。


 ずっと――。カナリさんが泣き疲れて眠ってしまっても。


 ポケットに身を寄せるクロマルと一緒に、ずっとカナリさんの小さな背中を温め続けた。






第四章は、ここでおしまいです。第五章 クロマル強奪。続けて投稿します。

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