第九話 飛行訓練 第二ラウンド
本格的な飛行訓練がはじまった。
クロマルは毎日、どんどん速くなる。足もとに光雲を作るのも、波紋を広げて走るのも上手になったし、身体を包む光の層の調節も、スムーズにできるようになった。
クロマルの速度や、空中での自由度が上がったせいで、私に要求される技術や身体能力も上がった。
はっきり言って今の私は、クロマルを全然乗りこなせていない。
引きこもり生活ですっかり運動不足になった私では、まず基礎体力がついていかない。
「少し鍛えなければ、クロマルを自由に飛ばせてあげることは出来んぞ!」
エクーがそんな風に言いながら、とても少しとは言い難い、トレーニングメニューを組んでくれた。
鬼軍曹への恨みごとを呟きながらも、日々のメニューを投げ出すことは出来なかった。飛んでいるクロマルからは、歓喜の叫びが伝わってくるのだ。
『楽しい! 嬉しい! 気持ちいい! もっと! もっと!』
ガルーラは宇宙の獣だ。空を……宇宙を駆けることこそ、本来の姿なのだ。クロマルの魂は、もっともっとと叫んでいる。
わかった、わかったよクロマル! 私、頑張るから!
飛ぶ時の私はクロマルの騎乗帯に、腰ベルトと太腿部分にある金属の連結器具で繋がっている。加速する時は、クロマルの首に伏せるように、お尻をほぼ浮かせてバランスを取る。この姿勢がキツイ!
背中と、お尻から太腿にかけての筋肉が、悲鳴を上げる。何度か背中や脇腹が攣って転げ落ちそうになった。
これに加えて二本の補助棒を、両手で操作しなければならない。これはもう、クロマルと一緒に反復練習を繰り返すしかなかった。
タイミングが合わなければ、補助どころか妨げにしかならないし、何よりも危険だ。
「こんな高度なテクニックが必要なの? 戦うわけじゃないんだから、普通に飛べれば良いんじゃない?」
母さんに、背中に小さく切った湿布を貼ってもらいながら、エクーに涙目で言った。
「戦うことがないわけじゃない」
エクーがサラリと、恐ろしいことを言った。宇宙にはガルーラ以外にも、危険な宇宙怪獣が生息しているらしい。
どうしよう……。ちょっと無理な気がしてきた。
宇宙に出るガルーラは、身体がひと回り大きくなる。オレンジ色の光の層に守られて、流れ星のように宇宙を駆ける。
まさかと思っていたんだけど、ガルーラとマスターは生身のままで宇宙に出るのだ。本当に大丈夫なのだろうか? 途中で光が途切れたり、ポロッと落ちたりしないの?
「ガルーラの身体を覆う光の層は、恐ろしく高性能だ。遮断層と隔絶層に分かれていて、反重力で攻撃も跳ね返す」
なにその無敵っぽい仕様。群れで襲われたら、地球滅びるんじゃない?
「だから“特別災害指定獣”なんだ。ひと昔前の宇宙船乗りの間では『子育て中のガルーラに遭ったら、祈りの言葉を唱える他に出来ることはない』と恐れられていた」
今はそれなりに、回避や対抗する方法が確率されているらしい。
地球にいるガルーラは、そんなに恐ろしい生き物には見えないんだけどなぁ。シラタマは神社で、呑気に野良ニャンコ生活を送っていた。
「地球のガルーラは、ほとんどが飛べない未成体だ。狩りもマスター契約もせず、穏やかに存在力を集めて暮らしている」
それでも飛びたい本能はあるのだろうか? シラタマは、エクーと共に宇宙に出るをこと強く望んでいる。
エクーは毎日、シラタマと調査に出かけて行く。近所のガルーラにお願いして、認識札を付けてもらって、テリトリーや行動パターンを調べている。
飛べるガルーラであるシラタマに、ご近所のガルーラたちは興味津々らしい。
成層圏まで上がっての調査とか、外国にも行っているみたい。ちゃんと夕方には戻ってくるけど、日帰りで外国まで行けちゃうって事は、飛行機よりも速く飛んでいるってこと?
クロマルもそのくらい、速くなるのかしらね? 飛行訓練……、頑張ろう。
エクーはシラタマに乗った時、目立たないように、母さんが作ったフェイクファーのマントを着ている。
もちろん私の分も作ってくれた。私は真っ黒いモコモコ、エクーは真っ白いモコモコだ。フード付きであったかいんだ、コレが!
私のコートには、裾とフードにボンボンが付いている。とっても可愛いんだけど、時々揺れるボンボンにクロマルが猫パンチする。
全く、いつまでたっても子供なんだから!
ガルーラ乗りの装束は、逆にものすごくカラフルだ。これは『このガルーラは、マスターが乗っているから危険ではない』ということを、知らせながら飛ぶ必要があるかららしい。
エクーに見せてもらった映像の中の、色とりどりの帯を棚引かせる赤い髪の人たちは、ため息が出るほど幻想的だった。
もうじき、エクーの星の使節団がやって来る。一旦月に拠点を置いて、地球の本格的な調査に乗り出すらしい。
NASAや日本政府に声明を送るかどうかは、もうしばらく保留なんだって。
エクーやエクーの星の人は、ガルーラが地球で迫害されてしまうことを、何よりも恐れている。飛べない地球のガルーラは、ほぼ猫と変わらないらしい。狩られたらひとたまりもない。
いざとなったら地球中のガルーラを、全て保護すると言っていた。この作戦が行われるなら、ぜひ参加してみたい。
でも私には、他にやりたいことがある。
どこかに私と同じように、小さくなっている人がきっといる。
ガルーラと一緒に隠れて暮らしながら、不安に押しつぶされそうになっているかも知れない。存在力が足りなくて、消えてしまいそうな人がいるかも知れない。
私は、そんな人たちを探しに行きたい。
「大丈夫! あなたの猫と一緒に生きてゆく方法があります!」
そう、教えてあげたい。
「私もこんなに小さくなってしまったけれど、クロマルと楽しくやっています!」と伝えたい。
私とクロマルで、きっと迎えに行くから。
それまでどうか、頑張って。