第七話 僕の相棒
春になり、僕は中学三年生になった。
カナリさんたちが旅立って二ヶ月余り。当然、僕は留守番だった。
新学期は何かと慌ただしい毎日なのに、何となく手持ち無沙汰で落ち着かない。
部活は大忙しだ。仮入部の新一年生が入って来て、毎日騒がしい。
同じように真新しい体育着を着た一年生は、ちょっと緊張している初心者と、なんだか我が物顔に振るまうミニバス経験者にハッキリと別れる。毎年そんな感じだ。
僕はキャプテンだし、中学からバスケをはじめた。おまけに三年生で一番背が低い。
ミニバス経験者に『おまえら、調子こいてんなよ? 中学バスケ舐めんなよ?』ってのを見せつけて、初心者には『背が低くても初心者でも、頑張ればレギュラーになれるぞ!』っていうのを、教えてあげなければいけない。
手持ち無沙汰なんて、言ってる場合じゃないんだけど……。
カナリさんの部屋に行くたびに、たまらなく寂しくなる。置いてきぼりをくらった子犬の気持ちなんて、わかりたくなかったよ。
観葉植物やミニ菜園に水をやりながら、僕は今日もため息をつく。
みんな早く帰って来ないかなぁ。
エクーに存在力ダダ漏れの応急処置をしてもらったら、春休みが終わるまでに三センチ背が伸びた。160センチの大台まで、あとほんの少しだ!
背が伸びるのは嬉しい。バスケ部のキャプテンとしても、クロマルのマスターとしても。
大きくなればクロマルに、たくさんの存在力をあげられるのかな? でも、クロマルが無事に大人になったら、お姉さんはエクーと行ってしまう気がする。
エクーは大人だ。
エクーはカナリさんと同じ大きさだ。
エクーはガルーラ乗りだ。
エクーはとても頼りになる。
シラタマに乗ったエクーは、かなりカッコイイ。
スカイダイビングする人みたいにゴツいハーネスをつけて、シラタマの背中の騎乗帯に乗り込む。
お腹と太腿の金属の連結器具が『カシャン』と小さな音を立てる。
シラタマの真っ白な毛がワサリと立ち上がりオレンジ色の光を放ちはじめると、エクーの赤い髪もバシュンと勢い良く立ち上がる。
スーパーサイヤ人みたいで、ちょっと……いや、かなりカッコイイ。眉毛はないけれど。
『私が小さくなっていなくても、シュウくんの恋人にはなれないよ』
カナリさんが暴走して、小さくなってしまった日にはっきりと言われた。僕はフラれてしまったんだと思う。
これが失恋っていうものなんだろうな。
思い出すとやっぱり胸がチクチクする。大人はこういう時、お酒を飲んだりするんだろうか?
でもうちの冷蔵庫には、カルピスとヤクルトしか入っていなかった。乳酸菌ばっかりだ。乳酸菌は腸には届いても、心にはきっと届かない。
でも実のところ僕は、まだまだこれからだと思っている。カナリさんに比べて、今の僕が子供過ぎるだけだ。
カナリさん。子供はいつまでも子供じゃないんだよ?
六歳の年の差が縮まることはない。でも、そんなに大きな問題じゃなくなる日が、きっと来る。
僕はそれまでに、カナリさんが頼ってくれるような男に、ならなくてはいけない。
よーし! 頑張るぞ!
僕はクロマルの、二人目のマスターだ。それはカナリさんがエクーの星へ行ってしまったとしても、決して切れることのない絆だと思う。
カナリさん、覚悟しておいてよ。僕はけっこう執念深い。
僕は大人になったら、ガルーラ乗りになろうと思っている。クロマルが言うには、僕はとても大きくなるらしい。180センチを超えると、クロマルのお墨付きをもらった。
それならクロマルにあげる分を差し引いても、充分イケるんじゃないかな?
カナリさんたちは実家に帰る前に、クロマルを連れて僕の家に挨拶に来た。小さなエクーとカナリさんに、うちの母さんはとても驚いていた。
二人はお母さんと夜遅くまで話し合っていて、次の日の朝には、カナリさんとお母さんが、とても仲良くなっていた。
どんな話をしたのか、詳しくは教えてくれなかったけれど、僕がクロマルのマスターになるのは認めてくれたみたいだ。
お母さんに『大人になったらガルーラ乗りになりたい』と言ったら、『大きくなったら、小さくなりたいってどういうことよ!』と笑われた。
お母さんは笑っていたけれど、少し寂しそうだった。やっぱり親としては、子供が小さくなるのは複雑なんだろうな。
僕だって毎日水をやっているベンジャミンが、ある日『これからは徐々に小さくなります』って言ったら『えーっ! やっとここまで大きく育てたのに?』って言いたくなる。
頭ごなしに反対しなかったお母さんは、すごい人だと思う。僕はお母さんを世界で一番尊敬している。口に出したことはないけれど。
エクーが地球にはたくさんガルーラがいると言っていた。クロマルのマスターをやりながらでも、僕のガルーラが見つかるといいなと思っている。
昨夜、お姉さんからメールが来た。もうすぐ帰って来るって書いてあった。お姉さんのご両親は、クロマルのマスターにはなれなかったらしい。
存在力の回路は、そう簡単に増えるものではないと、エクーが言っていた。そもそもエクーの星では、ガルーラはマスターを1人しか持てない。
唯一無二のマスターと孤高の宇宙の獣――。カッコイイ!
クロマルは『大人になるための在力はシュウにもらう。シュウの力はとくべつだから』って言っていたんだって。
どんな風に特別なのかはわからないけれど、望むところだクロマル。僕がおまえを自由に、どこへでも飛んで行ける、特別なガルーラにしてやる!
だから早く帰って来い。僕はカナリさんが大好きだけれど、クロマル……おまえのことも、とても大切だ。
だっておまえは、一緒にお姉さんを守る約束をした、僕の相棒なのだから。