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秘密のクロマル  作者: はなまる
第四章 二人目のマスター
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第六話 佐伯家の食卓 ②

 父さんは和室にいた。


 父さん! と声をかけると、こっちへ来なさいと呼ばれた。


「踏み潰しそうで、怖くてかなわんよ」


 父さんのあぐらをかいた、膝の上によじ登る。

 まだ父さんは私の方を見ない。寒いのに窓を開けて、じっと月を眺めている。


「カナ。それは……元には戻らんのか?」


「うん。元の大きさには戻れない」


「病院には行ったのか?」


「うん。行ったよ」


「ダメか?」


 父さんの顔を見上げて、笑って頷く。


 一年前の私には、とてもそんなことは出来なかった。父さん、私の身体はすっかり小さくなってしまったけれど、中身は成長したんだよ!


「ごめんね。せっかく大きく育ててくれたのに。小さくなっちゃって、ごめんね」


「帰って来い。その大きさでは不便もあるだろう? またこの家で一緒に暮らそう。父さんと母さんで、おまえを守るから」


「……ありがとう。でもまだ、色々片付いていないんだよ。クロマルを立派なガルーラに育てなきゃいけないし、エクーの星の人も来る。全部済ませて、そのあと考えるよ」


「そうか……。気の済むようにやりなさい。父さんと母さんは、この家で待っているから」


 二人で黙って月を見る。


 クロマルが生まれた月。今はまだ、途方もなく遠い。


「あの小さいのは……」


 父さんが口ごもりながら言った。


「あの小さいのは、カナの恋人なのか?」


 小さいのって、エクーのこと? 私よりは大きいんだけどな。


「違うよ? エクーは師匠だよ。ガルーラの事を色々教えてもらってる。男の人だなんて、思ったこともないよ」


「だが一緒に暮らしているんだろう?」


「エクーは、乗って来た宇宙船で暮らしているよ!」


「そうか。父さんてっきり結婚の挨拶に来たのかと思ったよ!」


 ようやく父さんが、私の方を見てくれた。もう! エクーがあんな挨拶するから!


「クロマルくんが大人になるまでに、そのなんとか力は、あとどのくらい必要なんだ?」


「うーん。決まった量があるわけじゃないらしいけど、クロマルが言うには、十五センチ分くらいみたい」


「そうか。じゃあ、父さんと母さんから、十センチ分ずつ使ってもらいなさい。ゆうべ話し合ってそう決めたから」


 私のメールを読んで、全部信じてくれていたんだ!


 こんな漫画みたいな話を信じて、小さなテーブルや座布団を用意して待っていてくれた。真剣に話し合ってくれたんだ。


「そんなこと……! 簡単に考えちゃダメだよ! 二度と元には戻れないんだよ?」


「この年になれば、身長が十センチ縮むくらい、どうってことはないさ。クロマルくんと仲良しになればいいんだろう? 大丈夫だ! 父さんも母さんも、猫は大好きだからな!」


 そうだった。私の猫好きは両親譲り。今は飼っていないけれど私は猫と一緒に育った。


「ありがとう。そう言ってくれるだけで、本当に嬉しい」


「大人になっても、どんな姿になっても、カナリは父さんと母さんの娘だ。親に遠慮なんてするもんじゃない」


 父さんは照れ臭そうに言ってから、私を上着のポケットに入れた。


「ああ、でも……そのサイズになるのは、勘弁な!」


 ポケットの中は、久しぶりに……本当に久しぶりに嗅いだ、父さんのにおいがした。思春期の頃、たまらなく嫌だった加齢臭だ。


『うわっ! やっぱり臭い!』って鼻をつまんだけれど、不思議と前ほど嫌じゃなかった。


 ポケット越しにそっと添えられた父さんの手は暖かくて、存在力がトクトクと流れてくる。

 今だけじゃない。子供の頃からずっと。私はこの大きな手に、存在力と他にも色々たくさんのものを貰って育った。


「さ、シチュー食べに行こう。柚味噌のふろふき大根に、小エビとレンコンのかき揚げ。今夜はカナの大好物ばかりだ」


「わーい! 父さん、早く行こう!」


 ポケットから顔を出し、両手を上げて喜んでしまった。しまった、子供ぶりっ子の癖がまだ抜けない。


 母さんが小さく小さく作ってくれた夕食を、おなかいっぱい食べて、そのあとは少し真面目に話し合いもして、久しぶりに母さんと一緒にお風呂に入った。


 エクーが翻訳うちわに若者言葉をインストールして『麻里子(母さんの名前)の料理、超ウマイ! サイコー☆』などと言って、すこぶる評判を落とした。


 私はお腹がよじれるほど笑ってしまった。


 今は父さんと和室で晩酌をしている。


『これはご尊父(そんぷ)、かたじけない』なんて言っていたので、うちわの設定は元に戻したらしい。若干いつもより堅いけれど、その方がエクーには似合っている。


 シラタマとクロマルは、なかなかリラックスして過ごしている。コタツの中で父さんの足にじゃれついて靴下を脱がしたり、母さんの足もとに絡みつくように着いて歩いたりしている。


 猫好きの二人は大喜びだ。猫じゃないんだけどね。


 足りない分の存在力については、しばらく様子を見ることにした。クロマルが受け入れるなら、ありがたく頂戴しようと思う。


 シュウくんに迷惑をかけずに済むなら、それに越したことはないからね。



 パソコンの仕事は、このサイズになってしまって辞めた。その分、革細工に力を入れることにした。今はまだ、そう多くの収入を得ることは出来ないけれど、自分の腕一本で身を立てていきたい。


 エクーは地球や存在力の調査を、場所を変えて行いたいらしいので、しばらくは滞在する予定だ。


 その間も、クロマルとの飛行訓練もあるし、エクーの星の言葉や、ガルーラのための歌も勉強しようと思っている。



 小さくなりはじめて、一年。私はこの身体で、生きてゆく。そのためにやらなければならないことがたくさんある。


 それに。


 こっそり隠れて暮らしている人が、私以外にもいるかも知れないなぁと思っている。


 あの頃の私みたいに、不安に押し潰されそうになりながら、自分のガルーラと一緒に隠れている人が……。


 探して、力になれたら良いな。



 私はずっと、先のことを考えるのが怖くて、現実逃避していた。


 でも今は、明日が来るのが、楽しみで仕方ない。やりたいことも、楽しいことも、きっとこの先にある。


 それを、教えてあげたい。



 なんせ私は、地球人初のガルーラ乗りなのだから。



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