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秘密のクロマル  作者: はなまる
第一章 小さくなる日々
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第六話 三月 140センチ

 三月の声を聞く頃、私はすっかり引きこもっていた。


 友だちにも両親にも、外国に行くと嘘をついてしまった。送別会を企画してくれた友だちからも、一度帰って来なさいという両親からも、逃げるように嘘を重ねた。

 そうして、もう本当の事を言える人が誰もいなくなってしまった頃、私の身長は140センチを切った。


 元々着ていた服も靴も、軒並みぶかぶかだ。Tシャツは肩が出てしまうし、ズボンもスカートもストンと膝まで落ちる。そんな服を着て外に出る気にもならなくて、少しも家から出ない生活をしていた。


 人を避けるように引きこもって何をしていたかと言うと。


 ひたすら現実逃避に(いそ)しんだ。それはもう、真剣に、死にもの狂いで逃げ続けた。


 生きて動いているものなんてクロマル以外は何も見たくなかったから、テレビも点けなかった。

 小中学生の頃に夢中でやった懐かしいゲームを、最初から全部二回ずつプレイした。


 持っている小説や漫画を読み漁った。途中で読むのを止めてしまっていた長編やシリーズモノは、電子書籍で続きを読んだ。


 ソシャゲやSNSで、ネナベやオネエキャラを大マジメで演じてみたり、webの異世界転生な無料小説を、ランキング一位から順に延々と読んだりもした。

 そうして寝落ちギリギリまで現実から逃げ続け、限界が来るとクロマルと一緒に丸くなって眠った。


 時々、我慢できなくなって、身体中の長さを測ってわあわあ泣いた。壁に投げつけたメジャーに、クロマルが大喜びでじゃれ付いているのを見て、なんだか笑ってしまった。


 私は決まりごとのように、毎日正確にニミリずつ小さくなっていく。


 どこまで、いつまで。そして《《なぜ》》?


 病気なら症状が進行したり、治ったりするのだろうか? 

 体調は相変わらず悪くない。慢性的に寝不足で不摂生をしている割に、私の健康に陰りは見えなかった。


 呪い?

 人に呪われるような覚えはないが、人間知らず知らずのうちに、誰かを傷つけていることがあるかも知れない。

 けれど、こんなにも実践的な呪術を使える人がいるとしたら、私を呪うよりもっと大きなことをして欲しい。

 政治の中枢人物をターゲットにして裏から国を操るとか、依頼を受けて巨万の富を得るとか。私をターゲットにしたところで、メリットがあるとは思えない。


 進化?

 小さくなる事でかかるコストは減っていく。場所もとらず、食べ物や酸素の消費量も少なくなるだろう。人間の数を減らすよりも、平和的にエネルギー問題も解決しそう。

 進化だとしたら私以外にも、小さくなっている人が、どこかにいるのだろうか?


 宇宙人?

 サンプルとしてお持ち帰りするために、未知の技術で人を小さくする。そんな必要があったとしても、即効性ある方法を使って欲しい。じわじわ少しずつとかほんとヤメテ。

 宇宙人なら、元に戻す技術があるだろうか?


 秘密組織の実験プロジェクト?

 早々に実験の概要の説明と、然るべき施設に収容を要求する。この状況を共有できる被験者が他にもいるなら、今よりまだマシな心境でいられる気がする。

 あ、でも、解剖とかは勘弁して下さい。


『なぜ?』と考えるのは、少しだけワクワクした。どんどん小さくなっていくなんて、現実的であるはずがない。SFやファンタジーな展開を想像したり、終末世界でのサバイバル的な妄想をしたり……。


 私にとっての現実は、直視するには重かった。


 私の小さくなった質量は、どこへ行ってしまうのだろう?


 痩せた場合は、脂肪がエネルギーに変わる。元々は口から取り込んだカロリーの、余った分が脂肪になるわけだから、理に適っている。私の大きさは、どこかで何かのエネルギーに変換されているのだろうか?


 毎日2ミリ。十日で2センチ。一ヶ月で6センチ。


 今の身長から計算すると、約二年後にはゼロになる。そのことを考えると、叫びながらゴロゴロと転がり回りたくなる。


 私は目をつぶり、耳を押さえてうずくまっていた。イヤなことや怖いことから、逃げることしか考えられなかった。


 三月は、そんな風に過ぎて行った。



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