第五話 佐伯家の食卓 ①
ベランダから入ると、クロマルとシラタマが待っていてくれた。改めて騎乗して、ふよふよと浮かびながら階段を降りる。久しぶりの実家だ。小さくなっても目線が天井近くになっても、懐かしいことに変わりはない。
エクーはシラタマの背中で、翻訳の設定を確認している。翻訳うちわは、言葉の調子から親密度や心情を反映させてしまう。
つまりさっきのエクーのなんちゃって侍言葉は、礼儀正しく、最大限の敬意を以って、謝罪の意を伝えようという、エクーの心情に相応しいとAIが判断した結果らしい。
緊張もしていたんだって。エクーも可愛いところがあるじゃない?
リビングに入ると、母さんはキッチンに立っていた。父さんが私たちを見て、ソファから立ち上がる。
クロマルから飛び降りながら『父さんただいま!』と声をかける。父さんは『あ、ああ。お帰り……』と言って、ソファに倒れるように腰を下ろした。
眉根に皺を寄せて、それきりこっちを見ようとしない。
ヤバイ。かなりのショックを受けている。でもどちらかと言うと、父さんの反応の方が普通なんじゃないかな?
久しぶりに帰ってきた娘が、十四センチ弱の大きさになっていて『もう、心配させないでよ』で済む母さんの方がおかしい。
ふとテーブルの上を見ると、私とエクーの席があつらえてあった。小さなテーブルと小さな座布団が二つ。
「すぐにごはんになるから、手洗いうがいをして来なさい」
幼い頃から帰宅するたびに、何度も何度も、繰り返し言われたセリフだ。
いつも通りが嬉しくて、つい『はぁーい!』と子供っぽい返事をしてしまった。
「テーブルの上に上がるから、足も洗って頂戴ね……あっ! 待って待って!」
母さんがパタパタとスリッパを鳴らして、小皿にお湯を入れて持ってきてくれた。
「その大きさじゃ、洗面台は危ないわね!」
チャプチャプと手足を洗う私とエクーを、ニコニコしながら眺める母さん。
父さんは『カナ……』とひと言呟いたあと、目頭を押さえて部屋を出て行ってしまった。
「しばらく、そっとしておいてあげてね。男の人は変化に弱いから」
母さんが動じなさ過ぎだと思うけど?
「母さんはショックじゃないの? 娘がこんな小さくなって」
「うーん。びっくりしたけど、病気じゃないんでしょ? カナが決めたことなら応援するわよ。別に小さくなっただけで、母さんの娘じゃなくなったわけじゃないもの」
そう言って母さんは、いつも通り笑った。変わってしまった自分を、こうも軽やかに受け入れてくれる。
自分の母親ながら、その強さとしなやかさに、圧倒される。
そうか。私は最初から、ひとりじゃなかったんだ。
濡れた手足のまま母さんの膝によじ登り、おなかのあたりにぎゅうと抱き着く。
「ごめんね母さん。黙って小さくなってごめん。隠していて、ごめんなさい」
「そうよ! 困っていたなら帰って来れば良かったのに! 意地張ってたんでしょう? バカね、もう!」
母さんの目尻に涙がにじんだ。私の目からもポロポロと落ちる。ダメだなぁ。最近泣き虫で困る。ひとりの時はけっこう平気だったのに。
「さ、ほらほら! 席に着いて。ごはんにしましょう!」
エクーに先に座ってもらって、私は父さんを呼びに行くことにした。いつまでも放っておくわけにはいかない。