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秘密のクロマル  作者: はなまる
第四章 二人目のマスター
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第四話 帰省 北風カンタの冒険

 クロマルが上空の強い風に、バランスを崩しそうになった。私は慌てて、両手の補助杖を操作する。


 落ち着いてクロマル。大丈夫! この風は『カンタ』って言うんだよ。いたずらが大好きな、北風小僧の寒太。遊んであげると『ヒューヒュー』と、下手くそな口笛を吹いて喜ぶ。寂しがり屋な風兄弟の末っ子だ。


『北風カンタの冒険』。


 冬の寒い夜、風の音が怖いと母さんの布団に潜り込むと、必ず聞かせてくれた寝物語だ。

 そういえば春風母さんは、カンタを迎えに来てくれたんだっけ?


 不思議なもので、故郷の風の音を聞いた途端に、思考回路が幼い頃に戻ってしまったようだ。私は鼻歌を口ずさむように、クロマルの耳元で、でたらめの歌を歌った。


 クロマル、ほら、山のてっぺん

 願い星、赤い星、見つけに行こう

 クロマル、ほら、風が呼んでる

 つむじ風、空っ風、ピューっと吹いた


 両親からの返信メールは、短いものだった。


『寒いから気をつけて帰ってきなさい。カナの好きなシチューを作って待っているから』


 小さくなってしまったと伝えた。宇宙人を連れて帰ることも、宇宙猫に乗って帰ることも伝えた。


 おそらく信じていないのだろう。刺激してはいけないという、妙な配慮の感じられる文章だった。


 それでもいつも通りに帰っても良いと、待っているからと言ってもらえるのは嬉しかった。


 それに……!


 母さんのシチューは、すこぶる美味しいのだ。


 鶏団子入りのトローリ熱々のホワイトシチューに、パリッと素揚げした根野菜を大胆に投入して食べる。次の日の朝はマカロニを入れて、チーズグラタンにすると、また最高に美味しい。


 ああ、早く帰りたい。たったあれだけの文章で、こんな気持ちになるなんて! 母さん、さすがです!


 クロマルが私の気持ちと歌に反応して、リズムを合わせて跳ねるように進む。足下に光の波紋が広がり、金属の板を弾いたような硬質な音が響く。


 少しオルゴールの音に似ているかも。乾いた冬の夜空によく似合う。


 ようやく高さと暗さに慣れて、星空や夜景を眺める余裕が出てきた頃、実家の上空へと到着した。


 エクーに停止の合図を送る。空の上では翻訳うちわが使えないので、あらかじめアクションを決めておいた。指笛を吹いて呼んで、両手を広げてストップ。下をゆびさしたら到着の合図だ。


 クロマルに着地の意思を伝える。


 飛んでいる時のガルーラとマスターは、一緒に眠っている時と同じくらい深く繋がっている。言葉になるくらいはっきりと思い描けば、声にしなくても伝えることができる。


 言うことを聞いてくれるかどうかは、また別の問題なんだけどね。


 クロマルがしばらくホバリングのように宙に留まったあと、下降をはじめる。クロマルはこの降りる時の重力操作が苦手で、まだなんとなくぎこちない。


 シラタマはそつなくこなす。大きく回り込むように、スーッとベランダに降りて行った。


 焦ったクロマルが重力操作を失敗して、ガクンと高度が下がる。三メートルくらい急下降した。


 うわーっ! ビビった! クロマルゆっくり! ゆっくりでお願い!


 ベランダに降り立つと、クロマルと私を包んでいたオレンジ色の光が、闇にとけるように消えていく。

 同時に立ち上がっていた私の髪の毛がパサリと元に戻り、クロマルの毛並みも元の長さに戻る。


 瞳が明るいライトグリーンから、濃い碧玉色へと戻る様子は、何度見ても美しい。


 失敗して耳を伏せているクロマルをヨシヨシとなぐさめながら、背中の物入れからスマホを取り出す。


 取り出すと言っても、私とほぼ同じ大きさだ。操作も容易ではない。それでもこんなに小さくなった私の手に、液晶画面が反応してくれるのは嬉しい。

 なんとなく人類の仲間に入れてもらえたみたいで照れ臭くなる。


 電話機能を立ち上げ、実家をコールする。ベランダのサッシ越しに、懐かしいコール音が聞こえた。


『はい』


「あ、母さんただいま! 今ベランダにいるから、開けてくれる?」


『まぁ、ベランダからなの? ちょっと待ってね』


 母さんは、どこまで承知してくれているのだろう。メールには私とクロマル、エクーとシラタマが一緒の写メを添付した。


 カラカラとサッシが開く。


 自分の母親を、こんな風に足元から見上げる日が来るとは思わなかった。なんだか、違う生き物になってしまったようで胸が痛む。


 両手を広げて、努めて明るい声を出す。


「母さんただいま! 遅くなってごめんね!」


「あらあら、まあまあ! 本当に小さくなっちゃって! 全くもう。心配させないでちょうだい。寒いから早く入りなさい」


 しゃがんで目を丸くして言った母さんは、それでもなんだが通常運転だった。


「エクーさんだったかしら? 入って下さいな。カナ、言葉通じるの?」


 エクーがシラタマの物入れから、慌てて翻訳うちわを取り出す。ガバリと膝を突き、頭を下げた。


「ご母堂(ぼどう)(それがし)、エクー・ガルラディアと申す者で御座る。カナリ殿の御身(おんみ)に起きたことは、元はと言えば(それがし)の身内の事情で御座る。この上はカナリ殿の一生に、責任を持つ所存にて御座候(ござそうろう)


 はぁっ? エクー、なに言ってんの? つーか、なにその言葉!


「えっと……カナ、あんた結婚するの?」


 母さんが目をパチクリとしながら立ち上がった。しない! そんな話、聞いたこともないって!


「とりあえず入って下さいな。おお寒い! ほら、にゃー達もいらっしゃい。遠くから飛んで来たの、えらかったわねぇ!」


 私がまだブンブンと顔を横に振っているのに、母さんはクロマルとシラタマを引き連れて部屋に入ってしまった。


 振り返ると、膝を着いたエクーが、苦い顔をしている。


「カナリ、私は何か間違ったか?」


 うーん。エクーが間違っているのか、翻訳うちわの時代考証に問題があるのか。


 まずは寒いから中に入ろう。あったかいシチューが待っている!





続きは13時投稿。



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