第二話 飛行訓練
騎乗帯とハーネスは私が作った。
エクーにガルーラ用の騎乗帯の資料を出力してもらい、スカイダイビング用ハーネスを参考にした。
空を飛ぶのだから、正に命綱だ。素材も縫製も、妥協せずに時間をかけて仕上げた。
場所はシュウくんの通っている、中学校の体育館。シュウくんはバスケ部のキャプテンなので、体育館の鍵を持っているのだ。
不法侵入と職権濫用です。ああ、善良な中学生の手を悪事に染めてしまったよ……。
私が自己嫌悪に陥っていたら、エクーが『小さいから大丈夫だろう? 野良猫が入り込んで遊んでいるようなもんだ』と、しれっと言って笑った。
宇宙怪獣二匹ですけどね!
深夜二時。
丑三つ刻の学校になんて、近づきたくないが仕方ない。
そして真冬の体育館の寒いことったらもう! ブルブル震えながらクロマルのお腹の毛に潜り込んだ。
まずはエクーの模範飛行を見せてもらうことになった。体育館はカーテンを閉めたまま、ステージの電気だけを点けた。
今日は初日なので、シュウくんも見学に来た。こっそり家を抜け出して来たらしく、少し眠そうな顔をして白い息を吐いている。
騎乗帯を付けたシラタマに、エクーが跨る。ガルーラの騎乗に、鞍や手綱は使わない。腰ベルトの金具を騎乗帯と連結し、シラタマの首回りの毛に埋もれるように、ピタリと身を伏せる。
エクーが耳元で囁くように歌うと、シラタマは最初、耳をペペペと動かして、目を細くしていた。ガルーラ乗りの歌には特別な力があるらしい。
やがて、エクーの歌の調子が変わると、シラタマの白い柔らかな毛並みと、エクーの燃えるように赤い髪がふわりと立ち上がった。
徐々に二人をオレンジ色の光が覆ってゆく。
シラタマの薄い水色の瞳が青みを増して、毛と上顎の牙の長さがスルリと伸びる。わずかに残る幼さが息を潜め、精悍さが前に出る。
それは獣と呼ばれるに、相応しい姿だった。
エクーを乗せたシラタマが、音もなくスーッと宙に浮いた。ゆっくりと地面と変わらぬ様子で宙を歩く。シラタマの足先に光の渦が集まり、光雲を纏っているみたいだ。
足場にした宙に、オレンジ色の波紋が広がる。
「うわあ……」
シュウくんが、そのあとの言葉を失くしたように黙って、我慢できないといった様子で立ち上がった。
シラタマの宙を蹴る足が、だんだんと速くなり、力強さを増していく。オレンジ色の波紋が広がるたびに、リーンと微かで涼やかな音が響く。
エクーが金属質の道具を物入れから取り出した。握り込むような動作すると、ジャキッと杖のように長く伸びる。
二本の杖を両手に持ち、シラタマの足の動作を追いかける。エクーの杖は、シラタマの補助の役割があるようだ。加速や飛距離を調整しているように見える。
まるでそこに、足場や壁があるみたいな動きだ。宙を蹴り、自由自在に方向を変え、光の波紋を広げながらしなやかに滑らかに飛び回る。
「うわぁー! うわぁー! すっげぇ! めちゃくちゃカッコイイ!」
シュウくんが、頬を紅潮させて歓声を上げた。
うん、これは――! 予想以上だ。予想以上に……命がけだ。
シラタマとエクーは今夜が初飛行のはず。それなのに、まるで長年の相棒のように息の合った動きだ。
これがガルーラの飛翔か。これがガルーラ乗りの技術なのか! 私とクロマルに、こんなことが出来るようになるのだろうか?
ふとクロマルを見ると、薄っすらとオレンジ色の光に覆われていた。私の方をじっと見つめている。
やる気まんまんだよ! わかった、わかったよクロマル。私も頑張るよ!