第十六話 エクーのひとりごと
「うむ。カナリからの存在力の流出は、どうにか止まったようだな」
まずは一安心だ。これ以上小さくなっていたら、危険だったかも知れない。
優先順位的には、カナリの存在力の一時的な枯渇状態の回復。次いでクロマルの存在力の、過剰摂取による心肺への負担の軽減。
シュウはクロマルに呼ばれて眠っているだけだ。そう心配する必要はないだろう。
契約を結ぶに至る眠りは神聖なものだ。無理やり起こして良いものではない。未成熟な身体に負担のない契約だと良いのだけれど……。
クロマルが望み、シュウが自分の意思で交わした契約ならば尊重するべきだ。
クロマルの回復には、速やかに過剰摂取分の存在力を排出させる必要がある。この排出させた存在力を、カナリへと戻せれば問題はないのだが。
私にはその方法が思い当たらない。無駄にしてしまっては、クロマルが成体となる可能性が更に遠くなる。
この星のインターネットと呼ばれる情報網にアクセスして、出来得る限りの情報を集めた。一族に伝わる存在力に関する治療法は、どうやらこの星のホルモン治療と類似点が多い。
だがそれだけでは、手持ちの経管栄養剤やバイタル(体温や血圧、心拍数等)を安定させる薬品を使う決断ができない。一族の医療チームからの返答を待つしかないだろうか?
この星の人々の手から存在力が流れると、精神を安定させ、自然治癒力が活性化するようだ。そんな力を持つこの星の人々を心底羨ましく思う。私の手はそんな能力を持っていない。
ベランダで「にゃーん」という鳴き声が聞こえて顔をあげる。
この星の「猫」ではないな。ガルーラだ。クロマルと同じくらいか? 成体には至っていない、飛べないガルーラだ。
その鳴き声を聞いたクロマルが意識を取り戻した。ふらつきながら出て行こうとする。サッシを開けてやると、クロマルとそのガルーラは、顔を擦り寄せ合って親愛行動を取った。
うむ、仲良しさんか!
クロマルと対を成すような白いガルーラ。手足と耳の先のみが、薄墨を叩いたような色に染まっている。
二匹は部屋に入ってすぐに、寄り添うようにうずくまる。クロマルは重力操作が上手く出来なくて、身体が重そうだな。
クロマルがコトリと落ちるように再び眠りに入ると、それに呼応するように白いガルーラも目を閉じた。
しばらくすると、クロマルから余剰分の存在力が白いガルーラに向かって流れはじめた。こんな現象は聞いたこともない。
地球に住むガルーラは、我ら一族の良く知るガルーラとも、野生のガルーラとも違った種なのかも知れない。
「一族の研究者が聞いたら、飛んで来るな!」
クロマルからカナリの存在力を受け取った白ガルーラは、カナリをマスターと認識するのだろうか? 成長し、飛べるようになるのだろうか?
興味は尽きないが今は忙しい。二匹のガルーラは、穏やかな寝息と共に存在力の受け渡しをしている。
額の冷却シートを取り換えていたら、カナリがぼんやりと目を開いた。へにょりと口元を緩めて笑い、すぐにまたトロトロと眠りに落ちて行った。
なんとも呑気な笑い顔だ。
「まったく、人の苦労も知らないで!」
そういえば、故郷の妹に少し似ている。妹はユエが大好きで、ガルーラ乗りに憧れていた。今頃はユエの訃報を聞いて悲しんでいるだろうか。
クロマルと白いガルーラが、安らかな寝息を立てている。シュウが身じろぎし、そろそろ目を覚ましそうだ。
日付が変わり、長かった一日が終わる。
出会ったばかりの異星人に、なぜこうも肩入れしているのか。不思議な縁と厄介な状況に、つい苦笑いが漏れる。
だが、ユエが命を懸けて結んでくれた縁は、思いの外面白い場所に繋がっていた。
そしてこの縁は、私にとっても大切なものに変わりつつある。
さて、もう一踏ん張りするか!
意識を作業へと戻す途中で、ユエの喉を鳴らすゴロゴロというが、聞こえた気がした。