第十四話 暴走お姉さん
シュウくん視点。
「いかん! 暴走だ! シュウ、クロマルとカナリを回収してくれ!」
エクーが胸ポケットから、人目も気にせずに叫んだ。僕は暴走の意味がわからなかったけれど、何か緊急事態なんだと思った。
急いでクロマルとクマのお姉さんを、トートバックに入れて走り出す。
走りながらトートバッグの中に手を突っ込むと、クマのぬいぐるみが、どんどんしぼんでいくのがわかった。それと反比例するように、バッグがだんだん重くなる。
ぬいぐるみの中がどうなっているのか、お姉さんに何が起きたのか。暴走って、どういうことなのか。
僕は聞くのが怖くて、エクーと目が合わないようにして、黙ったまま走った。どんどん重くなるバッグを、両手で抱えて走る。
バッグをなるべく揺らさないように、絶対に転んだりしないように、誰かにぶつかったりしないように……。そればかり考えながら走った。
初詣に向かう人たちの華やかな様子や、商店街に流れる正月のBGMが、作り物みたいに空々しく感じる。
まるで、画面の向こう側の、どこか知らない国の様子みたいに見えるのに。
僕の吐く息だけは、これは現実だと言うように白く流れた。
お姉さんの部屋へと戻り、急いでクマのぬいぐるみを脱がせると、お姉さんはエクーよりも小さくなっていた。
僕はお姉さんに触るのが、怖くて仕方なかった。
びっくりするほど熱を持った身体は、どこを持っても頼りなくて、落としてしまったらどうしようとか、握り潰してしまったらどうしようとか。
エクーがお姉さんを小さなクッションの上に寝かせて、頭に金属のカチューシャみたいなものをつけている。
トートバックの中を覗くと、クロマルが光っていた。全身がうっすらとオレンジ色の光を放って、ゆっくり明滅している。
もうどうして良いのかわからない。
お姉さんとクロマルの様子は明らかに普通じゃない。もともと普通じゃない二人が、もっと普通じゃなくなっちゃったら、僕みたいな普通の中学生は、どうしたらいいっていうんだよ!
クロマルとお姉さんを交互に見て、出した手を引っ込めて、僕は泣きたくなった。二人がゆっくりと息をしているのを確認して、やっと少しだけホッとした。
「エクー、どうしよう! クロマル、なんか光ってるよ!」
自分でも情けなくなるほど、上ずった声しか出なかった。
「カナリからは離した方がいい。あっちへ寝かせてくれるか?」
クロマルは、尻尾もきっちり身体に沿わせて、丸くなって眠っていた。持ち上げようとしたら、サンドバッグみたいに、めちゃくちゃ硬くて重い。
エクーの指さした場所まで、持っていけるだろうか?
触れるとバチッと火花が散った。指先に静電気みたいな、チリチリとした痛みが走る。本当にとんでもないことが起きているんだ。
やっとのことでクロマルを抱き上げ、部屋の隅まで運ぶ。そうっと下ろそうとしたら、重くて腕がブルブルと震えた。
耳がひっくり返っているのを直して、背中の毛を揃えていたら、僕は唐突に、激しい眠気に襲われた。
辛うじてクロマルの上に倒れるのだけは避けられたと思う。僕はガクリと膝を突くと、そのまま前に倒れ込んだ。
眠りに落ちる直前に、誰かに呼ばれた気がした。
エクー? ごめん、僕もう、眠くて返事もできない。