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秘密のクロマル  作者: はなまる
第四章 二人目のマスター
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第十二話 地球人の手

「エクーさん、ソレやっぱり目立ち過ぎます。作戦変更しましょう」


 シュウくんが玄関から出る直前に、申し訳なさそうに言った。きっと一時間もかけて、ぬいぐるみを改造した私たちに、言い出しにくかったのだろう。


「計測機器の操作に問題がなければ、こっちに移動してもらえますか?」


 胸のポケットをチョンと差し示す。


「大丈夫だが、クロマルを見失ってしまわないか?」


「見失っても問題ないですよ。クロマルの行動範囲はだいたい把握してます。地球観光がてら、のんびりやりましょう」


 さすがにクロマルの黒い毛皮に、黄色のぐでたまはNGだよねー。クロマルに乗るなら、黒いフェイクファーで毛皮と一体化させるべきだった。


 エクーがシュウくんのデニムシャツの胸ポケットから、両手だけピコっと出して収まる。なんだか少し、照れくさそうに見えて可愛い。


 今回の調査は、地球人の基本的・平均的な存在力のスペックを割り出す。そしてクロマルを含めて私やシュウくんの存在力の流れを計測し、エクーの仮説を検証する。



 エクーの仮説は四つ。


一、クロマルは微量ながら、カナリ以外の存在力の受け取っている?


二、地球人は、ガルーラ以外にも存在力を渡すことができる?


三、地球人は成長途中でも、存在力を外に向けて使っている?(エクーの星では骨端(こったん)が閉じて成長期が終わらないと、存在力の受け渡しは出来ないとされている)


四、地球には猫のふりをした、ガルーラが居るのではないか?



 一と三はシュウくんで確認済み。二に関しては、私とシュウくんの両方で確認できたらしい。四は……。居たら面白いなー!



 シュウくんと私、二人に共通するのは、クロマルと親密な関係にあるということ。


 つまり、地球人が元々持っている性質ではなく、クロマルが影響を与えている可能性がある。


 塀の上を歩くクロマルと並んで、元旦のまったりした住宅街を歩く。クロマルは、付かず離れず。知らんぷりしているようにも、こちらの様子を伺っているようにも見える。


「神社に行くみたいですね。今日は初詣の人で賑わっているから、猫集会はやっていないんじゃないかな?」


「うん。でもついでだから初詣、行って来ようよ!」


 私はお祭りの屋台が大好きだ。初詣なら、甘酒や磯辺焼きの屋台が出ているはず!


 シュウくんがプッと吹き出した。夏祭りでの、私のハシャギっぷりでも思い出したのだろうか。腿にバシッとチョップする。てい! クマチョップだ!


「ちょっ! カナリさん! 僕、他から見たら一人なんだから! 笑わせないで!」


 小声で肩を震わせて言う。そろそろ神社へ向かう人通りが増えてきた。そうですね。気を引き締めて参りましょう。



「うーん。これは壮観だな」


 神社の長い階段を登りながら、エクーが感慨深そうに言った。いくつかの計測器や解析機器を操作しているらしく、微かな稼働音や操作音が聞こえる。


「カナリ、見てみるか?」


 エクーがポンと牙の装置を投げて寄こした。クマの手で、上手く操作できるだろうか?


「起動するぞ」


 良かった、リモートでエクーが操作してくれるのね。ピコンと起動音がして、光のフィルターが浮かび上がる。


「そのフィルターを通して、目の前の風景を見てみてくれ」


 クマの手で牙の装置を挟み込み、位置調整をしてから、クマの鼻をパカッと開いて視界を確保する。


 地元の小さな神社だけれど、それなりに混雑している。屋台もたくさんだ。

 フィルターを通して見ると、オレンジ色の光がいくつも見える。蛍の光のように、ゆっくりと明滅を繰り返している。


「その光が存在力だ」



 手を繋いだまま、そっぽを向いて喧嘩している、高校生らしいカップル。


 おしゃぶりを咥えてまどろむ赤ん坊を、そっと包むお母さんの手。


 お腹の大きい奥さんの背中に、不器用そうに添えられた手。


 手、手、手……。暖かい手も冷たい手も、大きな手もしわくちゃな手も。


 神社の境内にいる人々の手は、オレンジ色の密かな光りを放って、受け取る者の頬を温かく染めている。


 そうか。そういうことなのか。


 大好きな人と、手を繋いだ時。私たちは存在力のやり取りをしているんだ。


 だから、あんなにも嬉しくなる。くすぐったくて、肩をすくめてクスクス笑いたくなる。甘い、コンペイトウみたいな気持ちが溢れてくる。


 熱を出した晩、額に当ててくれた冷たい母の手から。友だちと喧嘩してふくれっ面で帰った日、頭の上にポンと置かれた父の手から。私は確かに、暖かいものを受け取った。


 この世界に存在するための力を、ほんの少し。愛しい相手に届ける。抱きしめるように、暖めるように。慈しむように。


『成長を促すには、遥かに足りない』


 エクーが言った。渡しているのは本当に微量過ぎて、すぐに何かに作用する事はない。

 ただ、心に湧いた気持ちを、取るに足りない小さな力と一緒に渡しているだけだ。


『ガルーラは存在力と愛情を喰らう』

『地球人の存在力は精神や記憶と繋がっている』


 エクーの存在力に関する説明は、難しくてさっぱりわからない。この世界に存在するための力。そんな力を、一体どうやって受け渡しするというのだろう。


 私は今でも、存在力の意味なんて全然わからない。でも、渡すための鍵は私も持っている。


 遊歩道のベンチで、日向ぼっこをしているお婆ちゃん。背中の曲がった小さなお婆ちゃんだ。どれだけ長いあいだ、どれだけの力を渡してしまったのか。


 子供や孫たちを励ますために、慰めるために、勇気づけるために。慈しむために。その皺だらけの小さな手は、たくさんの存在力を渡して来たのだろう。


 今も膝の上の猫に、少しずつ、ほんの少しずつ存在力が流れている。猫はゴロゴロと喉を鳴らしながら、午後の日差しとお婆ちゃんの存在力の暖かさに、目を細めている。


「あれはガルーラだな。他にもチラホラ、未成体のガルーラがいる」


 エクーが言った。


「繁殖地が近いのに、ガルーラが地球で狩りを行わない理由がわかったよ」


「エクー。ガルーラは地球人を餌だと思っているのかな?」


 思ってもいないことを聞いてしまう。


「違うことは、カナリもわかっているのだろう? ガルーラは愛情と存在力を糧とする」


「マスターでもないのに、小さくなっちゃうの意味がないと思う?」


「いいや。むしろ羨ましいよ」



 ありがとう。エクーにそう言って欲しかった。存在力の大切さを、誰よりも知っているエクーに。



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