第九話 着ぐるみと手紙
「カナリ、何かの小動物ではいかんのか? 動いても不自然でない、鳥やウサギなんかがいるだろう? この黄色いぬいぐるみは卵の黄身なのだろう? 動いたら、それこそ騒がれるのではないか?」
ぐでたまのぬいぐるみを着たエクーが、途方に暮れた様子で聞いてきた。
ちょっとダラダラーっと動いてみてもらえます?
あ、すごい! ちゃんとぐでたまっぽい動きだ! エクー、キャラについての洞察が深いなー。
イケてますって!
「エクー、鳥やネズミ狩って生皮剥いで着るつもりですか? 私は嫌ですよ」
「そ、そうか?」
えっ、もしかして普段はそんな感じなの? さすが辺境宙域の冒険家。ワイルドだなー。
しかし冬で良かった。夏はコレ、ちょっとキツイかも。着ぐるみショーの人、激務なんだなぁ。
エクーがクロマルに騎乗帯を装着したり、複数の計測器っぽいメカの点検をはじめる。ちっさいなー!
あんなの普通の大きさの人に作るの無理だよね? エクーの星は、小さい人の社会が確立しているのだろうか?
「ああ。引退したガルーラ乗りや、相棒を亡くした者は職人や技師になる事が多いな。あまり宇宙に出るのを好まないガルーラもいるぞ。一族の者はまとまって暮らしているが、法律や税金、社会福祉制度は普通の大きさの人たちと変わらんよ」
ほえー。急に現実感溢れる話になった。なんとなく、エクーの一族については、秘境の隠れ里っぽいものを想像していた。
「カナリのガルーラを借りてしまうこと、本当に申し訳ない。他にマスターを持つガルーラに乗るなど、本来許されんことだ」
ああ。うん。実はちょっと悔しいです。独占欲みたいな気持ちもあります。
でもさ、エクーはクロマルのお母さんのマスターで、私の師匠だから。親戚のお兄ちゃんが、自分の息子を可愛がってくれてるみたいな気持ち。
うちのクロマルをちょっとだけ、よろしくお願いします。
さて、私の準備は万端だ。クロマルに伝書猫を頼んで、シュウくんを連れて来てもらわないと。手紙を書きながら、シュウくんのことを考える。
あのくらいの年齢の男の子が、年上の女性に憧れるのは、ありがちなことだ。保育園の先生になった友だちが、園児にプロポーズされたと嬉しそうに話していたのを思い出す。
私に大人の女性代表が務まるとも思えないが、少年の通過儀礼に立ち会うというのは、非常に光栄なことだと思う。年齢差を考えれば、身体の大きさのことをさて置いても、彼の気持ちを受け入れるはことは、とうてい出来はしない。
けれど、受け取ろうと思う。実際私はとても嬉しかったのだ。いや……。そんな軽いものじゃない。私は、シュウくんの想いに救われた。
どんどん小さくなる日々の中。じわじわと人類というカテゴリからはみ出していく恐怖を、嫌というほど味わった。
シュウくんは、そんな私の事情を知っていて、それでも関わり合いになることを望んでくれた。どう考えても普通じゃない私を、怖がることも、気味悪がることもなく、ずっと見つめ続けてくれたのだ。
この上は、大人として誠実に彼の気持ちを受け取り、なるべく傷が浅い方法で応えられないことを伝えようと思っている。
というか――。シュウくんもわかってるんじゃないかなぁ。こんな小さい人と、どうこう出来るはずない。
私はシュウくんのことを、とても好ましく思っている。年齢の割に、デリケートな気配りが出来る。ガツガツしていないのも好印象だ。ベランダ事件では少年らしい気概も見せてもらった。
将来、とてもイイ男に育ちそう!
アイドルの輝きを持った少女を見出した、プロデューサーのような気持ちだ。
そして、そんな彼のこれからの成長を、こっそり見守りたいと思っている。
それは、想いを寄せられている側のエゴなのだろうか?
「男としては見られそうにないけど、友だちとしてよろしく!」と都合の良いことを言う、無神経なやり口だろうか?
けれどシュウくんは、こちらの事情に片足どころか半身くらい突っ込んでいる状況だ。この状況で『あなたの気持ちには応えられないから、もう関わり合いにならないでね』と言うのも無体な話だと思う。
ちっさい宇宙人と宇宙怪獣と、地球初のガルーラ乗り。せっかく隣に、こんな風変わりで愉快な連中が勢揃いしてるのだ。私なら何をさて置いても、首を突っ込みたい。
手紙が書き終わったので、クロマルの首輪におみくじのように括り付ける。
「さっきはごめんね。色々説明します。部屋まで来て下さい」という短い手紙だ。
クロマル、足の怪我大丈夫? あ、腫れも引いたし、普通に歩けるみたい。シュウくんの部屋のベランダに跳べる?
よし! 行ってこい! 頼んだぞー!
カナリとシュウの、気持ちの温度差がひどいですね。シュウが気の毒で泣ける笑