第七話 ポケットの中身
シュウくん視点
「シュウは、ずいぶん前からカナリを見守っていたんだな」
改めて言われると自信がなくなる。僕がしていたのは『見守る』なんて立派なものじゃなくて、こそこそと、隠れて覗き見していただけのような気がしてしまう。
お姉さんとクロマルの様子を見ながら、他の星から来たというその人と、ポツリポツリと情報を交換し合う。
僕の早とちりで、お姉さんとクロマルを傷付けてしまった。心も、身体も傷付けてしまった。お姉さんの目が覚めなかったらどうしよう。
僕はお姉さんの秘密が知りたかったし、もっと近づいてみたかった。
だけど、こんなのは違う。こんな乱暴な方法を取るつもりじゃなかった。
お姉さんとクロマルがベランダから落ちて、慌てて駆けつけようとする僕の肩に、小さな人が飛び乗った。
彼の名前はエクー。遥か遠くの星から、宇宙を旅して来た人。
エクーの話は、僕の想像を軽く超えていた。僕が毎朝会っていた猫は宇宙怪獣で、お姉さんはクロマルに乗って宇宙を旅するって?
とんでもない話になって来た。
お姉さんの秘密について、僕は色々な仮説をたてていた。異世界の人、宇宙人、未来人、秘密組織の人。
まさかクロマルが原因だったなんて、考えてもみなかった。
僕は猫に似た動物に乗って飛ぶ人たちや、小さな人の住む街を思い浮かべてみる。それはまるで、映画やアニメのようで、美しくて楽しい光景だった。
お姉さんは、もう独りぼっちじゃなくなったのだろうか? 同じくらいの大きさの人も、受け入れてくれる場所もある。
そこは、お姉さんが笑って暮らせる場所だろうか? そこは、僕が想像も出来ないくらい、遠い遠い場所なのだろうか。
僕の役目は――。ここまでなのだろうか。
僕はすっかり考え込んでいたのだけれど、視線を感じて顔を上げたら、やけに真剣な表情のエクーと目が合った。
「シュウ、折り入って話がある。我らの事情を聞いてもらえないだろうか」
エクーは、いわゆる宇宙人だ。宇宙人に頼まれごと? そんな風に改まって言われると緊張する。
そしてちょっと怖い。改造とか、人体実験とかだったらどうしよう。
「エクー、シュウくんを巻き込むのはやめて下さい」
僕が返事をするよりも早く、お姉さんが目を覚まして言った。頭を振りながら、周囲の状況を確認するように見回す。
「おねえさ、カナ、りさん。あたま! 大丈夫? あっ……そういう意味じゃなくて!」
痛くないかなって。
しどろもどろだ! 尻すぼみに付け足した言葉が情けなくて、最初からやり直したい。
「……シュウくん。聞きたいことも、言いたいことも、言わなきゃいけないこともたくさんある。キミも、きっとそうだと思う。でも、今は帰ってくれるかな」
ごめんね。呟くように言ったお姉さんは、ナナちゃんの時とは比べものにならないくらい大人びていた。
こっちが――お姉さんの本当の姿だ。
「あ、あの、勝手に押しかけて、驚かせてごめんなさい。知らないふりをしていたことも、すみませんでした」
「そんなの! 私の方が嘘ばっかりだった! 騙して! 都合のいいように、振り回してた!」
お姉さんが、泣きそうな顔をして言った。
違う、違うんだ。僕はあなたに、そんな顔をさせたいんじゃない。
言葉が出なくなって、ポケットに両手を突っ込んで左手でスーパーボールを握る。お姉さんとクロマルを、守るつもりで持ち歩いていたスーパーボールは、なんだかひどく滑稽に感じた。
こんなの、子供のおもちゃだ。
右のポケットで、カサリと紙が鳴った。クロマルに頼もうと思って、ずっと持ち歩いていた手紙。
渡してしまおう。もう機会がないかも知れないから。
伝えてしまおう。僕のずっと伝えたかった気持ちを。
▽△▽
「……帰ります」
シュウくんは、うつむいたまま言った。私の言葉は、彼を傷つけてしまったのだろう。
『佐伯佳奈莉さん。僕はあなたが好きです。あなたの力になりたい。困った時は僕を頼って欲しい』
渡された、くしゃくしゃのメモのような手紙には、そう書いてあった。