第三話 一月 80センチ
元旦の朝。
私とエクーは、まったりとお雑煮を食べながら正月番組を眺めていた。
翻訳機をテレビの前に設置して、お笑い芸人のコントにワハハと声を上げて笑うエクー。馴染みすぎじゃない?
エクーと効率的な存在力の受け渡しを模索して三週間。クロマルは少し浮かべるようになった。この一年、どれだけの存在力を無駄にしてしまったのか。
昨日の大掃除中は、ふよふよと浮かぶクロマルに乗ったエクーが、私には手の届かないガラスの上の方まで、ピカピカにしてくれた。
なんて便利なんだろう! ああ、早く私も小さくなって、クロマルに乗りたい。ロマンとか憧れも、もちろんなのだけれど、実用的というか必要に迫られている。
大きさ的にそろそろ階段がキツイ。アスレチックコースみたいなんだもの。
あ、エクー師匠! キッチンからみかん持って来てもらえます? そうそう、オレンジ色の果物。クロマルでひとっ飛びでしょ?
えっ? クロマルはお出かけ中?
……そうでした。初日の出を二人と一匹でベランダから眺めたあと、クロマルは朝のお散歩へ出かけて行ったんだった。
クロマルに乗って、元旦のピリリと引き締まった朝の空を飛ぶの、素敵だろうなぁ。
人目を避けて部屋に閉じこもっている私には、空や宇宙が大きかった頃よりもさらに魅力的に思える。高く飛んでしまえば人目を気にする必要もなくなる。
みかんの網を背負って、よっこらしょと階段を登る。登りながらエクーの爆弾発言を思い出す。
『クロマルは、もうひとりマスターを持てるかも知れない』
それは紛れもなく朗報だった。クロマルが大人になることを、諦めなくていい。
けれど、私の心にむくむくと湧いてきたのは、明らかに独占欲と嫉妬心だった。
「クロマルは私のガルーラなのに! せっかくここまで頑張ったんだから、誰にも手出しされたくない!」
消えてしまうのは嫌なくせに。大人になれなかったら、かわいそうなのはクロマルなのに。
ちっさいなぁ、私。身体も中途半端に小さいし、器も小さいよ……。
みかんの皮をぺりぺりと剥きながら、またため息をつく。小ぶりのみかんも今の私にとっては、抱えるほどに大きい。
クロマルがみゃあとベランダで鳴いた。新年の朝の散歩から、帰ってきたらしい。
お帰りと迎えて抱きつくと、すっかり冷えた毛並みが火照った頬に気持ち良い。部屋に戻ろうと背中を向けたら、クロマルが私のうなじにペトリと肉球を当ててきた。
冷たい!
つい、うひゃあと、大きな声が出てしまった。
すると。
「お姉さん!」
マンションの塀の外から、聞き覚えのある声がした。
ベランダの手すりの下から覗くと、隣に住む中学生のシュウくんが塀の上にシュタッと格好良く登ったところだった。
「今、助けに行く!」
ええっ!? ちょっと待って。そこから入って来たら家宅侵入だよ! クロマルの肉球が冷たかっただけだから!
来ちゃダメ! 私はもう、人前に出られる大きさじゃない。
来ちゃダメェェッッ!
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