第二話 眠りのリズム
「昨夜、カナリの存在力の流れや、幼ガルーラの存在力の処理の様子を、データに取らせてもらった」
エクーが眠そうに、目をしばしばさせながら言った。
「やはりカナリが存在力を渡す際、負荷が少な過ぎる。“差し出されている”と言っても過言ではないな。これは我らよりも、母ガルーラとのやり取りに近い」
その弊害で足りなくなってしまったの?
「いや、効率の問題だな。幼ガルーラが受け取りきれずに、溢れてしまっている」
えーっ、勿体ない!
エクーが壁に、折れ線グラフを表示する。
「眠りの深さと、存在力を数値化したグラフだ。こっちがカナリ、こっちが幼ガルーラ。グラフの見方はわかるか?」
「はい。折れ線グラフ、エクーの星にもあるんですね!」
「折れ線? ああ、なるほど。面白い表現だな」
グラフはレム睡眠の時に、存在力が多く渡されている事を示している。レム睡眠中は夢を見ることが多いらしい。だからクロマルと飛ぶ夢を見るのかな?
それと……。クロマルのこと、名前で呼んでいいですよ! 私は気になりません。
契約者を持つガルーラの名前を呼んで良いのは、そのガルーラと契約者が許した者のみ。
誇り高き孤高の獣と、唯一無二のその契約者。うーんカッコイイ!
クロマルがエクーに顔を寄せ、長い尻尾でふわりと包み込む。クロマルの許可ももらえたらしい。
エクーが「それは光栄だな」と、嬉しそうに鼻を擦りながら言った。だんだん普通の兄ちゃんに見えて来たぞ!
「このあたりを見てくれ。クロマルとカナリの、眠りの深さのタイミングが合っている。この場合は、効率よく渡されている」
エクーが貸してあげた爪楊枝で、グラフを指し示しながら説明する。
「ここで大きくズレてしまうから、二時間ほど眠ったら、一度カナリだけ起きると良いかも知れん」
それは……! まさに授乳中のお母さんみたい。大変そうだけど、在宅ワーク中の私なら、なんとか頑張れるかも。
「色々試してみよう」
「はい!」
エクーの心強い言葉に、非常に良い返事をしてしまった。効率良く存在力を渡せれば、クロマルの成長に足りるだろうか?
「それは今のところ、何とも言えんな」
エクーの言葉を濁す様子に、がっくりと肩が落ちてしまう。やっぱり足りないのか。
私がぐーすか寝ているうちに、無駄にしてしまった存在力を、かき集めに行きたい。
「エクーの一族の人は、存在力が足りなくなったりしないの?」
「そういう前例はないな。我らの眠りは、ガルーラと一致している」
眠りのバイオリズム、契約すら忘れていた私。エクーの一族の人たちが、ガルーラと一緒に過ごしてきた長い時間、知識や技術、心構え……。
何も知らなかった私には、とても太刀打ち出来るものではない。
だからと言って諦める訳にはいかない。私はたった一人のクロマルのマスターなのだ。
「存在力については、気になることがある」
エクーが顎を撫でながら言う。考え込んでいる時に、何度か見た仕草だ。
「この星には、存在力が漂っているんだ。こんな星は見たことがない」
私が無駄に垂れ流してしまった分ですかね?
「カナリ一人の量とは、到底考えられんな」
クロマルが、それを集めて使うことは出来ないの?
「それも調べてみないとわからん。それと、クロマルには、もうひとつ回路が形成されつつある」
回路?
「存在力を受け取り、取り込むための器官だ。人間の目で確認する事は出来んよ」
それってもしかして……。
「ああ。クロマルは、もう一人マスターを選ぶ準備をしている」