第十一話 ガルーラの生態
「教えて下さい。ガルーラについて。契約者のこと、クロマルに必要なもの。全部、教えて下さい」
私はクロマルが選んだ『契約者』だ。クロマルを育てる上で責任がある。
ガルーラは大きな力を持った危険な生物だ。きっと今の、可愛い可愛いだけではダメなのだ。
「ガルーラの子供は、満ち足りた状態にある時、存在力を吸収する。つまり本来母ガルーラに育てられている状況下にあれば、乳を飲み満腹となり、母親の腹の毛に埋もれて眠る時だ」
契約者を持つガルーラの場合は、マスターの与えた食事を食べて、一緒に眠ることで存在力の受け渡しの準備が整うのだという。
この時、充分な信頼関係が築けていない場合、ガルーラの幼体が弱ってるしまう事もあり得るのだそうだ。
「ガルーラの成長は、はっきりと四段階に分かれている」
エクーが牙の装置を起動して、壁に四角い光の画面を表示させる。
カタカタと入力音がして、見知らぬ文字が表示される。エクーの額と目の下にある、刺青のような模様と似ている。カルマイナの文字なのだろう。
カチッという音と共に、模様の羅列が日本語へと切り替わる。
「どうだ? 地球の文字に上手く変換出来ているだろうか?」
「あ、はい! 凄いです。ちゃんと日本語です!」
《ガルーラの成長》
〇幼体(授乳期)
人間でいうと新生児から八歳くらい。
母ガルーラ又はマスターから存在力を受け取らないと弱って死んでしまう。
〇幼体(離乳期)
人間でいうと八歳〜十二歳くらい。
成長するにつれ、徐々に存在力がなくても生きていけるようになるが、本能的には存在力を求める。飛ぶ能力はまだない。
〇未成体
人間でいうと十二歳〜十七歳くらい
空は飛べる。存在力を必要としない。カルマイナでは、宇宙に出ることを望まないマスターガやルーラもいる。繁殖力はない。
〇成体
宇宙へ出る能力を持つ。存在力は必要としない。つがいを見つけて子供を産み育てる。
壁に浮かび上がる光の画面は、プロジェクターとよく似ている。
大学の講義を思い出すなあ。そういえばエクーは少し、教授っぽい雰囲気がある。
「存在力狩りをするのは、成体のメスだけだ。子育て中のつがいは、オスは食べ物を狩り、メスは存在力を狩る」
「クロマル、今は『幼体(離乳期)』ですか?」
「そうだ。飛べるようになるのはまだ先だな」
クロマルと出会って一年以上が過ぎた。地球の猫でいうと大人だけれど、ガルーラに置き換えると小学生くらいなのか。
まだまだ成長期のクロマルに、充分な存在力を渡せていないことが、母親代わりとしてどうにも不甲斐ない。
母乳が充分に出ずに悩む母親というのは、もしかしてこんな気持ちなのだろうか。
ガルーラのお母さんは凄いなぁ。母乳も出て、狩りもできて、存在力も充分にあげられる。私にはどれもできない事ばかりだ。
「エクーさん、私の存在力を全て渡したら、クロマルは大人になれますか?」
「そんなことを言ってはいけない。その子はそんなことを望んではいない」
なぜ私はガルーラではないのだろう。私がガルーラならば、クロマルのために本能に従い、狩りをすれば良い。
「私のなにが至らなかったのですか? 地球人ではマスターになれませんか?」
「あなたはすでに、この子のマスターだ」
思わず目頭が熱くなる。例えなぐさめでも、私にはその言葉が必要だった。
「存在力がなくなるとどうなるんですか?」
「存在を保てなくなり、最悪消えてしまう」
元々、そういうことがあるかもと思っていたけれど……。
クロマルは、私が小さくなり過ぎて消えてしまわないように、存在力の受け取りをセーブしていたのだろう。
夢の中でも、起きている時にも、クロマルは私を守ってくれていたのだ。
まだほんの、成長途中の子供のくせに。
「ガルーラは誇り高い生き物だ。自分が共に生きる価値を感じない者とは、決して契約を交わさない。そして相手にも、同じ気持ちを求める」
「私はクロマルと共に生きると決めて、契約を交わした?」
「そのはずだ。ガルーラの幼体は母親とマスターからしか、存在力を吸収できない」
「なぜ、私は忘れてしまったのでしょう?」
わかっていれば、こんなに長い間ツライ日々を過ごさないで済んだのに。現に今の私は、いっそ清々しい気持ちだ。
「忘れた?」
「ええ。なぜ小さくなってゆくのか、ずっと知らずにいました。クロマルと関係があるかもと気付いたのは、つい先日のことです」
「それは……。よくも――、ひとりで耐えたものだ。あなたはとても強い人だ」
「私にはクロマルがいましたから」
エクーが思案顔で、クロマルと私を交互に見つめる。
「少し、調べさせてもらっても良いだろうか?」
「えっ? なにを?」
エクーが牙の装置を操作すると、二十センチ四方ほどの光のフィルターが浮かび上がる。
未知の技術と道具、宇宙人、調べる……。怖い想像が頭をよぎる。
「大丈夫、存在力を可視化する光だ。物体に作用する事はない。安全だ」
むむ、む……そうは言われても、他の星の人と、私の身体は違うかも知れないし……!
けれどエクーは私が差し出したお茶やお菓子を、躊躇う事なく口に入れた。今度は私が信じる番だろう。
調べてもらえば、何か良い方法が見つかるかも知れない。
「お、お願いします!」