第九話 遠くから来た人
「しばらくあなた方を観察させてもらった。事後承諾となってしまい申し訳ない」
その人はそう言って律儀にも私とクロマルに頭を下げてから、ゆっくりと話しはじめた。
エクーは自分を、地球ではない他の星の住人だと説明した。何十光年とか、なんとか運航システムとか、星系がどうのこうのとか……。SFチックな難しい話だ。
「はっ?」「はぁ」「ほぇ~!」
そんな気の抜けた返事しかできない私に、エクーは辛抱強く説明してくれた。
私の理解が及ばないのは、彼のせいでもうちわっぽい翻訳機のせいでもない。
うちわはなかなか高性能だし、よくやってくれている。私は星座はオリオン座しかわからないし、高校の物理のテストは最高記録が三十二点の人間です。NASAの人、助けて下さい。
とにかく彼は、遥か彼方の『カルマイナ』という星から来た。いわゆる宇宙人らしい。
『毎日2ミリずつ小さくなる』『どうやら空を飛ぶつもりらしい猫』
この時点でもすでに非日常のてんこ盛り。そこへ来てこの『手のひらサイズの小さな宇宙人の訪問』だ。
私の『普通』はどこへ行ってしまったのだろう? しばらく前から見かけていない。
クロマルは特殊災害獣『ガルーラ』という生き物らしい。空を飛び、星をも渡る、宇宙怪獣なのだそうだ。
怪獣⁈ うちわの翻訳機、その訳し方間違ってない?
ガルーラは存在力という、この世界に存在するためのエネルギーを喰らう。存在力を喰われると、小さくなって消えてしまう。
母ガルーラは幼体に必要なエネルギーを与えるために、妊娠・子育て中は星を渡って狩りをする。この時、知的生命体を好んで狩るために、災害獣認定されているそうだ。
うわぁ……。まごう事なき宇宙怪獣だよ。ごめん、うちわは間違ってなかった。
「クロマル! あんた、よそでごはん食べてた時、なに食べてたの? 私の目を見れないようなこと、してないでしょうね?」
ちょっとそこ座りなさい!
説教モードに入った私を、エクーが止めに入った。
「存在力を狩るのは妊娠・子育て中のメスだけだ。その子はオスだし、まだ子供だから母親か契約者からしか、存在力を受け取ることは出来ない」
そうなんだ! 蚊みたいな感じね!
ご近所で小さくなる人が続出なんて、洒落にならない。叱られて、シュンとなったクロマルが、上目遣いで私を見上げる。
「ごめんごめん。ほーら、怒ってないよ。早とちりした私が悪かった!」
ところで、エクーさん。契約者っていうのは何ぞや? 私が小さくなってるのは、やっぱりクロマルが原因なんですかね?
「ああ。あなたが小さくなったのは、その幼ガルーラの契約者となったからだ」
ガルーラの幼体は、ある一定の条件を満たした場合のみ、任意の存在を擬似的な親と認識して契約を交わし、存在力をもらって成長する。
「我らの一族は、成人するとガルーラの幼体と契約を交わし、約二年間存在力を与えて育てる」
母ガルーラに育てられた幼体は、約三ヶ月で大人になる。契約者を持つガルーラは、実に八倍もの長い時間をかけて成長し、大人になった後も契約者と共に生きる事になる。
私が小さくなりはじめてから、ちょうど一年が過ぎた。
なぜ小さくなるのか? どこまで小さくなってしまうのか?
そして、なぜ小さくなるのか。
狭い迷路を何度となく巡るような日々だった。クロマルとふたり、目隠しのまま手探りで進んだ。
目の前の扉が、いくつもいくつも、次々に開いてゆく。迷路の出口を覆っていた頑丈な蔓草が、突然の突風でキレイに吹き飛ばされてしまったみたいだ。
私は、クロマルと共に生きるために小さくなる。それは私にとって、ベストとも言える答えだった。
なんだか嬉しくて、少し照れ臭い。
エクーの姿は、約一年先の私の姿ということだろうか? リカちゃん人形サイズ。
まあ……仕方ないかな! いっそ中途半端感がなくて、さっぱりと諦めがつく。
私は、ニヤニヤしながらクロマルに抱きついた。
「クロマル、一緒に頑張ろうね! 何を? 色々だよ!」
そういえば、クロマルのお母さんは、どのへんで狩りをされているのだろう?
クロマルの頭を、わしゃわしゃと撫でながら尋ねてみた。
クロマルのお母さんやママ友たちが、地球のご近所で狩りをしているなら、ちょっと人類の危機かも知れない。
「その子の母親は、私のパートナーだった。共に宇宙を旅していたが、不幸な事故に遭いひどい怪我をしてしまった」
不幸な事故は、地球のご近所で起きたらしい。クロマルのお母さんとエクーは、月でしばらく養生していた。クロマルは月で生まれたのだそうだ。
本来ならば、エクーの星に帰ってから出産予定だった。
「生まれた子供には、存在力を与えなければ、やがて弱って死んでしまう」
クロマルのお母さんは、怪我をしていて狩りができない。しかも出産で体力も落ちていた。そして月には、マスター契約が可能な人間はいない。
エクーの星からの救助を待っていては、クロマルが弱ってしまう。
「この子の母親は、しばらく自分の存在力を与えていたが、それにも限界があってな。燃えてしまうことを承知で、この星まで飛ぶ事を選んだ。そして私も、この子が自分でパートナーを見つける可能性に賭けた」
エクーはクロマルを愛おしそうに見る。燃え尽きてしまった、パートナーの面影を見ているのだろうか。
燃えながら、クロマルのお母さんはどんな想いで地球を見たのだろう。まだ目も開かない我が子を、見知らぬ星に置き去りにするのだ。きっと燃え尽きてしまうよりも辛い。
でも、そうしてクロマルは私と出会った。
クロマルのお母さん。クロマルを、私のところまで届けてくれてありがとう。あなたの想いは私が受け取りました。
あなたの大切なクロマルは、ちゃんと私を見つけてくれましたよ!
出会いの日。クロマルはヨロヨロと、でもしっかりと足を踏ん張って、真っ直ぐに私見つめた。
病院の診察室で、小さな爪を精一杯に伸ばし、必死でよじ登ってきた。
クロマルは、あの時公園で私を呼び、私を選び、私と共に生きることを望んでくれたのだろう。
クロマルのお母さん。クロマルのことは私に任せて下さい。きっと立派に育ててみせます。
立派な宇宙怪獣に……!
あれ、なんかおかしい……? 途中までは確かに良い話だったのに。
すっかり話し込んでしまった。
気がつけば、ベランダのサッシを開け放ったままの立ち話だ。きっとまだ話は続く。聞きたいもことたくさんある。
まずは遥か彼方から来た客人に、お茶の一杯も振舞わなければいけない。
エクーはクロマルのために、宇宙を越えてやって来た人なのだから。