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秘密のクロマル  作者: はなまる
第三章 秘密のクロマル
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第八話 急転直下

 その人は、クロマルの背中に乗ってやってきた。とても……とても小さな人だ。


 体長約15センチ。その、リカちゃん人形サイズの人は、まさに『私に答えをくれる人』だった。




 大晦日を明日に控えた、その日。


 日が暮れてしばらくした頃、にゃーと鳴いたクロマルを迎えに、ベランダに出た。


「お帰りクロマル! 今日のごはんはイワシのツミレ汁だよ!」


 他の人はどうかわからないけれど、私は人前で飼い猫に話しかける事には抵抗がある。できれば誰もいないところでデレデレしたい。


 抱きついて、外の匂いと冷たさをまとった毛並みに、ポスンと顔をうずめたら、クロマルの背中に乗ったその人と、はたと目が合った。


「えっ……?」


 その人の表情が、微笑ましいものを見る顔に変わっていくのを見て、驚きと恥ずかしさが同時に押し寄せてきた。


『この、小さい人は何者?』


『なんで当たり前みたいにクロマルに乗っているの?』


『ベランダに知らない男の人が入って来た! どうしよう!』


『恥ずかしいところを見られてしまった!』


 対処に困ることが、同時に起きた非常事態に、私の脳の処理能力が追いつかない。呼吸困難に陥った金魚みたいに、赤くなってパクパクと口を動かした。


 叫んで逃げれば良いのか、戦えば良いのか、助けを呼べば良いのか。心底困った挙句に、ようやく私の口から出たのは、『あの……ど、どちらさまで?』という、なんとも気の抜けた言葉だった。


  

 その人は私の質問には応えずに、小さな『うちわ』のような物を差し出した。同じものを自分でも持っていて、それに向かって言葉を発する。


「遅くなって申し訳ない。大変な迷惑をかけてしまった」


 喋った声と、うちわっぽい物から出る音声が丸っきり別物だ。翻訳機……なのだろうか?


 彼の話している言葉は、やはりと言うか当然と言うべきか、日本語ではなかった。まるで歌っているように響き、柔らかくいつまでも耳に残る。



 この人はきっと、私が欲しくて堪らなかった答えの、全てを持っている人だ。


 けれど、同時にクロマルを迎えに来た人でもある。そんな事を、受け入れるわけにはいかない。


「……クロマルから、降りて下さい」


 クロマルは私の猫だ。当たり前みたいに背中に乗るのはやめて。


 クロマルを呼び、後ろ手に抱いて背中に隠す。


 守らなければ。私には何の力もないけれど、クロマルを渡すわけにはいかない。


「私の名前や事情を聞いて頂きたい」


 全身の毛を逆立てる親猫のように身構える私に、困ったような表情で話しかけてくる。


 暗い色の、ダボっとした全身を覆う服を着ている。髪の毛は目の覚めるような赤。うねるようなくせ毛で、その色と相まって、まるで燃え盛る炎のようだ。額の端と目の下に、刺青のような模様がある。


 言葉もうちわの翻訳機も、髪の毛の色も。その着ている服さえも、どうしようもなく異質だった。


 私の知らない、どこか別の世界に属する人だ。そしてクロマルもその世界の生き物だ。おそらくこの人は、クロマルが帰るべき場所から来た。


 彼の言葉は、いつか夢で聞いた歌だ。夢の中で、空を駆けるクロマルを呼んでいた。


 敵わないかも知れない。


 私が返事をしたら、この人は話しはじめてしまう。私からクロマルを取り上げる理由を――。


 怖くて苦しくて、口を開くすことら出来ない。首を振り、うつむいて黙り込む。替わりに涙が、ポロポロと溢れ出た。


「落ち着いて。その子を取り上げたりはしない。どうか私の話を聞いて欲しい」


 私の知らない場所から来た、私よりも小さな小さな人。彼はエクーと名乗った。



 私とエクーとクロマルの、長い夜がはじまった。






続きは23時に投稿。

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