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秘密のクロマル  作者: はなまる
第三章 秘密のクロマル
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第五話 出会いの日

「あの黒いのなんだろう?」


 顔を上げたのは、誰かに呼ばれた気がしたからだ。


 静まり返った雨の公園に、用事があるはずもない。足が向くままに、高台へと向かう坂道を登った。


 なだらかな坂道の真ん中に、黒いものが落ちていた。私の手のひらよりも小さな、びしょ濡れの黒いカタマリ。

 高校生の頃、通学バッグに付けていた小さなマスコットに似ていた。誰かの落とし物だろうか?


 私が歩み寄ろうとする前に、それはもそもそと動き出した。脚を踏ん張るようにして立ち上がっては、三歩ほど進んでへたりと倒れる。


 顔を上げ、匂いを嗅ぐような仕草をして、また立ち上がる。何度も倒れ、それでもまたヨロヨロと立ち上がる。


 子犬か子猫だ!


 大変だ。あんなに小さい子が、こんな冷たい雨に濡れたら、あっという間に弱ってしまう。


 小さな黒い毛玉は顔を上げて、鼻をひくひくさせて、慌てて走り出した私の方を見た。


 目が合ったその瞬間。パチッと静電気が弾けた気がした。


 子猫だ! 口を開いているけれど、声が出ていない。きっと喉が枯てしまっているんだ。親か飼い主を探して、ずっと鳴いていたんだ。


 膝を着き、小さな身体をそっと手のひらに乗せて、ハンカチで拭う。

 ハンカチはすぐにびしょ濡れになってしまった。シャツの袖口で拭い、それでも足りなくて、スカートの裾でそっと包んで水気を切る。


 頑張ったね。ひとりで偉かったね! もう大丈夫だよ! 私が絶対に助けてあげる!


 小さく震える身体をシャツの内側に入れ、人肌で温める。


 冷たい雨に打たれて立ち上がった短い脚が愛おしかった。

 震える脚で、それでも前に進もうとしていた逞しさに、心を鷲掴みにされた。


 シャツの内側でもぞもぞと動く様子に気を取られて、傘をさす事も忘れて動物病院まで走った。


 動物病院は受付け時間前だったけれど、電話で事情を話したら診察してくれた。



 診察台の上に乗せて私の手が離れると、子猫はまたパチリと目を開く。深い緑色の目が、薄い膜に覆われて私をじっと見つめる。

 

 そうして、震える脚で私の方に歩いてきて、ガシガシと服をよじ登り、ようやく出た(かす)れた声でミャウと鳴いた。


「うん、うん。うちの子になってね! これからずっと、よろしくね!」


 私は診察の準備をしている獣医さんをそっちのけで、ボロボロと涙を流しながら、プロポーズさながらのセリフを口にした。


 抱き締めた子猫は、私の言葉に応えるように、小さな、小さなその濡れた身体をすり寄せた。


 その晩、子猫は熱を出しながらも、スポイトからミルクを勢い良くちゅくちゅくと飲んだ。私は子猫の名前を考えながら、一晩中寝顔に見惚れていた。


 あまり弱ってしまう前に見つけられてよかった。あのまま雨に濡れていたら、間に合わなかったかも知れない。


 そう思っていた。


 でも違うかも知れない。私がクロマルを見つけたんじゃなくて。


 あの時。


 私は呼ばれたのかも知れない。クロマルが私を、見つけたのかも知れない。



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