第三話 小さな影
シュウくん視点。
お姉さんに、小さなカップケーキをたくさんもらった。
僕の自転車のカゴに、手紙と一緒に入っていた。先日クロマルを一緒に探して猫集会を巡ったお礼らしい。
カップケーキは、甘くてしょっぱくて、ものすごく美味しかった。大きな紙袋に百個くらい入っていたけど、部活に持って行ったら、あっという間になくなってしまった。
あまりの勢いにびっくりして、途中でなんとか取り上げて、僕の分を五個だけ確保した。
あとで少しずつ大切に食べようと思ったのに、ひとつ食べたら止まらなくなって、つい全部いっぺんに食べてしまった。
こんなことなら誰にもあげないで、全部一人で食べれば良かった。
手紙の封筒の中に、猫の肉球の形のキーホルダーが入っていた。『Kuromaru』という小さなロゴが入っているので、これもお姉さんのお手製なんじゃないかな!
めちゃくちゃ嬉しい。明るい茶色の革製で、パッと見るとカッコイイのに、よく見ると可愛い。
ポケットに入れてあるのを、しょっちゅう触ってしまう。取り出して眺めて、ニヤニヤしてしまう。
お姉さんに会ったら、カップケーキがものすごく美味しかったことと、キーホルダーをめちゃくちゃ気に入っていることを伝えたい。
なんて言えば、僕の嬉しさが伝わるだろう!
僕はお姉さんに会える日を、本当に楽しみにしていたんだ。
それなのに。
お姉さんは九月の終わりくらいから、パッタリと外に出て来なくなった。
替わりにお姉さんの猫――、クロマルを外で見かけるようになった。
なぜクロマルだとわかったかというと、首輪に僕とお揃いの、肉球の飾りをつけていたからだ。
僕のは明るい茶色、クロマルのはもう少し濃い茶色。
キーホルダーの肉球が、僕だけのものじゃなくて少しがっかりしたけれど、クロマルにはその飾りがとてもよく似合っていた。
クロマルは毎朝、僕がランニングを終えてストレッチをしている時か、体幹トレーニングをしている頃に戻って来る。
僕の事なんてまるっきり興味のない様子で、悠々と歩いて来る。普通の猫より少し手足が太くて尻尾が長い。なんて種類の猫だろう?
塀の上に飛び上がり、木の枝を伝ってお姉さんの部屋のベランダへと飛び移る。
しばらくすると、ベランダのサッシがカラカラと開く音がして、また閉じる。その音を聞いて僕は少しホッとする。
良かった。お姉さんは今日も無事らしい。
ある日の夕方。
西の空に、夕焼けの名残りがほんの少し残っていて、近所の家から晩ごはんを作る良い匂いがする……そんな時間帯だったと思う。
マンションの塀の上にいるクロマルを見かけた。長い尻尾をピンと立てて、のんびりと歩いている。
これからお姉さんの待つ部屋へと帰って行くクロマルが、正直羨ましい。
お姉さんと一緒のごはん、お姉さんと一緒にソファーでのんびり、お姉さんと一緒にベッドに……!
いや、僕には少し刺激が強すぎるな。鼻血出そう……。
僕がちょっとやましい妄想に耽っていたら、クロマルの少し後ろを、小さな影が横切った。
僕の手のひらと、ちょうど同じくらいの大きさの影だ。
辺りはもうすっかり暗くなっていたから、見間違いかも知れない。でも僕には、その影が人の形をしているように見えた。
急いで塀まで走って辺りを探したけれど、それっぽいものは何も見つからなかった。
けれど、たぶん。
例えば僕の周りで、なにか不思議なことが起きたとしたら。それは、全てお姉さんが関係している。そう思って間違いない。
お姉さんは僕が守る。僕はただの中学生だけれど、あの雨の日にそう決めた。
僕は何か、戦う手段を手に入れなければいけない。
読んで頂きありがとうございます。続きは22時。