第二話 小春日和
次の日の朝。
のそのそと起き上がってすぐに身長を測ってみた。
昨夜寝る前と一ミリも変わっていない。これで二日間縮まなかったことになる。
ようやく小さくなってしまう日々が終わったのだろうか?
ゆうべは叫び出したいほどに嬉しかった筈のに。今朝の私の心には『これではまだ充分じゃない』という思いがある。
私の身長は83センチ。
全国平均でいうと、ようやく歩きはじめる赤ちゃん相当らしい。こんなに小さくなってしまって、まだ充分じゃないって、どういうことだろう?
自分の気持ちがわからない。
この大きさで外を歩き、誰かに見つかろうものなら、すぐさまシャッターを切られるだろう。
『発見! 地底人はいた!』『衝撃映像! 小人を追いかけてみた!』
そんな見出しのついた自分の動画を、ネット上で見る羽目にはなりたくない。
そして赤ちゃんのふりはさすがにキツイ。緑のトンガリ帽子かぶって、ハイホーな小人のコスプレでもした方がマシだ。
どうせなら、あと六人仲間を集めたい。
気を取り直して、朝ごはんの玉子焼きを作る。何があっても、きちんとおなかと心を満たすごはんを食べることは、私の譲れないポリシーだ。
クロマルが足元に絡みついて来る。無理やり踏み台に乗って、長い尻尾を私の身体に沿うように、ふわりと巻きつける。
狭いよクロマル! 降りて降りて!
冷蔵庫から牛乳を出して、室温になじませてからクロマルの前に置く。
水やミルクなんかの、飲み物は飲むんだよねぇ。
もしかして、外で狩りでもしているのだろうか? 鳥やネズミを追うクロマルの凛々しい姿を想像して、ちょっと胸が踊る。
でもすぐに、その後の生々しい捕食シーンを思い浮かべて頭を振った。
野生を忘れて欲しいとは言いにくいけれど、生食は止めて欲しい。寄生虫やウイルス感染が心配だ。
全くもう。心配ばかりかけて。
ゆうべは奇妙な夢を見た。クロマルが思い悩んでいるゆめだ。
呑気に幸せそうに見えるクロマルだけれど、もしかして色々あるのかもなぁ。
窓から差し込む日差しが、瞼を閉じても眩しさを残す。
窓際までクッションを引っ張ってきて、日向ぼっこをしているクロマルの隣を陣取る。
時折り尻尾がパタリと動くので、眠ってはいないようだ。
まだ午前中だけど、ちょっとだけうとうとしちゃおうかな。
「小春日和」というのは、暖かい冬の日ではなく、旧暦の十月を指す言葉だと聞いたことがある。なるほど今日はまさにそんな感じだ。
クロマルの首に抱きついて、暖かい日差しに目を細める。ゴロゴロという規則正しいリズムを聴いていると、不安な気持ちが遠ざかってゆく。
今日はまだ、パソコン開いてもいない。顔も洗っていないし、朝ごはんの食器すら片していない。
こんな日は、なにもしないで過ごしてしまおう。生産的なことなんて、何ひとつ手をつけず怠惰に過ごす。
何も考えないで、クロマルと日向でお昼寝しよう。
きっともうじき、クロマルと二人だけの、この不思議と穏やかな生活は終わりを告げる。
だから、あと少しだけのんびりしたい。
そう。せめて、この穏やかな日差しが陰るまで……。