第七話 夏祭り③ 射的
お姉さんは、射的がめちゃくちゃ上手だった。ほぼ百発百中だ。
コルク弾は全部で十五発。ひとつの景品につき、お姉さんは三発を使った。
一発目でバランスを崩して、二発目で揺らし、間髪入れずに三発目で仕留める。
射的の景品棚は、微妙に手前に傾いている。そして倒すだけでなく、後ろに落とさないと「はい! ざんねーん!」とおっさんが、また立ててしまう。
これがまたムカつくんだ! 悔しくて、毎年何度も挑戦してしまう。
お姉さんは十発を使い、三つの景品を落とした。ちなみに、一発を外した時、小さく「チッ! グガゥー」という舌打ちが聞こえた。
後半の「グガゥー」は、なんだか猫の唸ってるみたいな声。口尖らせて、悔しさの表現?
なにソレ……。めちゃくちゃ可愛い。
お姉さんは、残り五発を使って大物を狙うようだ。集中のためなのか「フゥーー」と長く息を吐き出してから、止める。
熟練の拳法家か決闘前のガンマンみたいだ。
僕は荒野に吹く風と、遠くに響く口笛を聞いた気がした。なーんてね。
大きなぬいぐるみの、右足の一点だけを狙い、徐々に向きを変えていく。前に傾いた重心に対抗するため?
僕は踏み台に乗ったお姉さんを、後ろから支えながら、思わず息を呑む。
気がつけば周りの子供たちも手を止め、お姉さんの大勝負を見守っている。
「お兄ちゃん、最後の一発、なるべく早く渡してね」
お姉さんが振り向かずに言った。手が届かないので、コルク弾を詰めて渡すのは僕の役目だ。
ぬいぐるみの頭を打って揺らす。
揺れが甘い! 差し出された手に、ピタリとジャストタイミングでコルク銃を渡す。受け取ったお姉さんは「チィーーーッ!」と、今度は盛大に舌打ちをした。
僕はあんなに気合いの入った舌打ちを、あまり聞いた事がない。
こめかみに最後の銃弾を浴びたぬいぐるみは、ゆらゆらと揺れてその場で倒れた。
「……は、はい! ざんねーん」
おっさんが思い出したように、お決まりのセリフを口にする。
「ふぅ」
お姉さんが、息を小さく吐き出して振り向いた。前髪にお面のクセがついて、おでこ全開でエリマキトカゲみたい。
「おじさん、たのしかった! お兄ちゃんもありがとう」
お面を顔に戻しながら、ぴょんと踏み台から飛び降りる。
「もう一回やる?」
僕が聞くと、フルフルと頭を振った。
「一回だけが楽しいの。お兄ちゃん、ソースせんべい買いに行こうよ」
お面を付けた小さな女の子が振り向く。当たり前みたいに、僕の方に右手を差し出して言う。
「う、うん」
間違った既視感で混乱した僕は、やっとの事で返事をする。差し出された手を取り歩きだす。
人混みと、お祭りと、お姉さんに、僕はすっかり翻弄されていた。ふわふわと現実感が遠ざって戻って来ない。
ふと気が付くと、人が移動をはじめていた。もうすぐ花火が上がる時間だ。花火が終われば、それで今年の夏祭りも終わりだ。
僕はまだはじまってもいない花火が、名残惜しくてたまらなくなる。
なんとなく無口になって、人の波に流されて歩く。ヒューッと打ち上げ音がして、最初の花火がパッと咲いた。
急に人波の流れが速くなる。お姉さんがクイクイと、僕の手を引いた。
「花火、はじまったよ! お兄ちゃん、行こう!」
お姉さんがお面の下で、少しくぐもった声で僕を呼ぶ。『お兄ちゃん』かぁ……。
お姉さんは、僕の名前を覚えてくれているんだろうか。
「ナナちゃん、僕の名前は?」
勇気を出して聞いてみた。僕はお姉さんに、名前を呼んでもらいたかったんだ。
「えっ? シュ、シュンくん?」
違うよ! シュウだよ!
僕の情けないセリフは、花火のドドーンという打ち上げ音にかき消された。
きっと、お姉さんには届いていない。