第六話 夏祭り② ラムネのビー玉
「無料チケット三枚ね? コヨリの紙の部分は、水に入れないのがコツだよ」
「コラ! 金具を持つのは禁止! ズルしちゃ楽しくなくなっちゃうだろ?」
「そこ! 手で掴んじゃダメ!」
「えっ? まだやんのか? オマエもう四回目だぞ? 無料チケットなくなっちゃうぞ?」
「ダァー! 手で掴むなって!」
子供会の屋台は、隙あらば僕の目を盗んで、ヨーヨーをチョロまかそうとする、悪ガキどもとの戦場だ。
ヤツラは、僕の目を誤魔化すことを楽しんでいる。やり口も心理も、これ以上ないほど知っている。
何故なら、僕もほんの何年か前までは、アチラ側で楽しんでいたからだ。
大人やプロのテキ屋の屋台とは、違った楽しみ方が子供会の屋台にはある。顔見知りの兄ちゃんを、からかいながら戦利品をせしめるのだ。知っているからこそ、負けるわけにはいかない。
「ナナちゃん、コヨリ! 出来たのから渡して!」
「はい!」
最初の十分くらいは、お姉さんは僕の隣に座って、釣ったヨーヨーをバシバシ叩いて遊んでいた。
盆踊りがはじまると、すごい勢いで人が集まりはじめる。提灯の灯りと祭りの熱気に浮かれた子供たちが、無料チケットを握りしめて屋台に殺到する。
そこからはお姉さんも、すっかり戦いに巻き込まれてしまった。
小さな手で器用にティッシュのコヨリを作り、無料チケットの枚数を数え、ヨーヨーを取れなくて泣いている子供の頭を撫でる。
自分より小さな子に頭を撫でられた女の子は、微妙な顔をして泣き止んでいた。
嵐が吹き荒れるような時間は、あっという間に過ぎた。
交代の中学生がやってきて、僕らはようやく店番から解放された。
キンキンに冷えたラムネを二本と、あんず飴を買って、お姉さんと二人神社の階段でひと休みする。
「ナナちゃん、おつかれさま。ごめんね、忙しくて」
「ううん、たのしかった」
ずっとお面を被っていたから、前髪が汗ですっかり濡れて額に貼りついていて、何だかお風呂上りの人みたいだ。
そんな事を考えている僕は、自分でもちょっと気持ち悪いと思う。
幼女の風呂上りを想像して顔を赤くするなんて、どんな変態だよ……。
お姉さんがラムネのビー玉に、悪戦苦闘している。その仕草が可愛くて吹き出してしまった。
慌てて「僕ががやろうか?」と言って誤魔化すと、ちょっとムッとしながらラムネを差し出した。
ふくれっ面なんて初めて見た。変だな、やけに嬉しいや。
僕が得意そうにビー玉を押すと、プシューっと盛大にラムネが吹き出して足元を濡らした。
慌てて瓶に口をつける僕を見て、お姉さんがクスクスと笑う。
なんだか、ずっと昔からの知り合いみたいだ。あるはずのない、子供の頃の思い出まで浮かんで来てしまいそう。
そんな風に感じているのは、僕だけかも知れないけれど。
夜店の店番中に僕が忙しそうにしていたら、油断したお姉さんは結構やらかしている。
無料チケットの束を、見事な手つきでピラピラピラーっと数えたことや、お金の計算が完璧だったこと。
他にも、ヨーヨーを真上や横につく高等技術とか。
僕はその全てに、気づかないふりをした。気づかないふりをして、お姉さんの頭を撫でる。
僕が騙されていることを確認して、お姉さんが安心した顔をする。
ラムネのビー玉が、カランと音を立てる。
僕は小さい頃、夏祭りのたびに、このビー玉が欲しくてたまらなかった。
すぐそこにあるのに、あとちょっとで手が届かない宝箱みたいだと思っていた。
ある夏、僕はこっそり持ち帰ったラムネ瓶を、カナヅチで割った。そして、コロリと転がり出たビー玉を、大喜びで拾った。
それは、ただの青いビー玉だった。
僕が台無しにしてしまった。そう思った。瓶の中にある時は、あんなにキラキラと魅力的だったのに。
僕が無理やり取り出したから、魔法が解けてしまった。
そう思って、一人で泣いた。
「ナナちゃん、行きたい屋台ある? 食べたいものは?」
お姉さんは少し考えてから「射的と、ソースせんべい」と言った。
お姉さんは僕の、ラムネのビー玉だ。すぐそばにいても、決して手が届かない。
ラムネ瓶に守られて、カランと、少し寂しい音を立てる。