表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秘密のクロマル  作者: はなまる
第二章 僕とお姉さんの夏休み
25/96

第五話 夏祭り① 金魚の浴衣

夏祭り四話、全てシュウくん視点です。




 お姉さんは、金魚の模様の浴衣を着てやって来た。


 背中でゆらゆらと揺れている特大のリボンみたいな帯。こめかみの上でゆるく結ったツインテール。


 お姉さんは今日も全力で子供ぶりっ子している。


 わかっていて見れば、お姉さんは子供ではなくとても小さい大人だ。子供用の浴衣を着ていても、うなじや肩が色っぽい。


 腰とか肩とか、く、くるぶしとか。襟の合わせから覗く白い喉元とか!

 女の人の浴衣姿って、どうしてこう反則技に溢れてるんだろう。


 お姉さん、こんな色っぽい幼女はいないよ! 無理があるよ!


 僕は今、きっと真っ赤になっている。ヤバイ。小さな子供の浴衣姿に、こんな反応をしたら、変態以外の何者でもない。


 僕は幼女好きの変態なんかじゃない。だってお姉さんは大人だ! だから僕が、あっちこっちが柔らかそうとか、なんかいい匂いがするとか思っても、それは、男として正常な判断だ! だから、だから!


 なんか、もう、助けて……!


 僕は完全に舞い上がってしまった。歩き方すらよく思い出せない。こんな難しいことを、普段どうやっていたんだっけ?


 少し落ち着かないと、挙動不審で通報されてしまう。


 しゃがみこんで、お姉さんに持って来た夜店のお面を被せる。顔だけでも隠しておいてくれないと、僕の神経が持たない。


 お面をつけたらお姉さんは、途端に子供らしくなった。これなら事情を知らない人はきっと騙される。


 お姉さんが出かける時、いつも必ず大きな帽子を被っていたのは、頭の大きさを誤魔化すためだったんだ。


「カナリ叔母さんから、お手紙」


 お姉さんから、猫の肉球模様の封筒を渡された。中には便箋と五千円札が一枚。縁日で使うお小遣いだろう。


『誘って頂き、ありがとうございます。本人も、とても喜んでいます。聞き分けの良い子です。よろしくお願いします』


 手紙を読み終わったタイミングで、お姉さんの巾着袋の中で携帯電話の着信音が鳴る。


「あ、カナリ叔母さん。うん、お兄ちゃんいるよ。はーい!」


 お姉さんが舌ったらずな話し方で言い、僕にスマホを差し出す。叔母さんから電話か! 芸が細かいな。


「姪を誘って頂いて、ありがとうございます。ご迷惑ではないですか?」


 予め録音してある音声なんだろう。無音の部分が少し不自然に長い。


「多少遅くなっても、花火を見せてあげてもらえませんか?」


 やった!『お姉さんと花火』が実現する! 


「ご厚意に甘えさせて頂きます。よろしくお願いします」


「はい。任せて下さい。責任持っておあじゅかり、します!」


 大人っぽいお姉さんの物言いに合わせて無理したら、最後に噛んでしまった。というか本当に舌を噛んだ。痛くて格好悪い。


 救いは目の前のお姉さんが、クスクス笑ってくれたこと。お面の中の顔、やっぱり見たい。


 一生懸命、僕を騙そうとしているお姉さん。上手く騙されようと、必死な僕。


 お互いの不恰好なピースが、だからこそ、上手く噛み合ってカチリと嵌る。


「僕の名前はシュウ。坂之上シュウ。キミの名前は?」


「ナナ……さえき、なな」


「ナナちゃん、今日はよろしくね」


 僕が、七歳も年上のお姉さんに向かって、大人ぶって話しかけると、お姉さんが年下の中学生の僕を『お兄ちゃん』と呼んだ。僕らはお互い片目を閉じている。


 立ち上がって手を差し出すと、少し躊躇ったあと、お姉さんが僕の指を三本、キュッと握った。


「七時までは、ヨーヨー釣りの店番しないとダメなんだ。当番だから」


「ヨーヨー釣り、知ってる? やったことある? 何回やっても良いから、良い子で待っててね」


「なにか食べる? お腹空いてない? たこ焼きか焼きそば、買って行こうか?」


 まくし立てるように喋ってしまう。お姉さんの返事を待つ余裕さえない。なにも話さずに手を繋いで歩くなんて。


 そんなことをしたら僕は、爆発してしまうかも知れない。


 お姉さんは少し考えてから『じゃがバター』と言った。


 むむ。お姉さんわかってるな! 商店街の惣菜屋さんのじゃがバターは、夏祭り一番人気の屋台で毎年行列ができる。小さな皮つきの新じゃがをバターで素揚げして、熱々のうちに塩胡椒を振ってある。


 揚げてパリパリになった皮にプツリと歯を立てると、中はホクホクで柔らかい。バターの染み込んだ皮を一緒に食べると止まらなくなるほど美味しい。普段は売っていない、夏祭り限定メニューだ。


 僕らは「そうだね、じゃがバターだよね」「うん、じゃがバターだよ」とうなずき合い、手をつないだまま走り出した。


 今ならまだ、行列が出来ていないかも知れない!


 人混みを縫って走る。お姉さんは小さいくせにけっこう速い! 僕は楽しくて嬉しくて、笑い出したくなった。


 その時僕はもう、お祭りという非日常に足を踏み入れていたんだと思う。なんせ手をつないでいるのは、だんだん小さくなってゆく、非日常を人間のカタチにしたような人だ。


 何かのスイッチが入ったみたいに、楽しくて仕方ない。


 空が夕焼けに染まり、神社の境内に張り巡らされた提灯に火が灯る。

 (やぐら)の上で、床屋のおじさんが太鼓を叩きはじめる。



 夏祭りの、最後の夜がはじまる!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ