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秘密のクロマル  作者: はなまる
第二章 僕とお姉さんの夏休み
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第四話 最初の蝉

カナリ視点。

 クロマルを、外に出そうと思っている。脱、家猫だ。


 もうずいぶんと大きくなったし、これ以上先延ばしにすると家から出られない猫になってしまう。


 私に何かあった場合、共倒れになってしまったら大変だ。


 空が白みはじめるのを待って、クロマルを連れて外に出る。まずはリュックから出してみる。

 クロマルは大きさの割に、そう重くはないのだけれど、さすがに抱くのも背負うのも、そろそろ限界に近い。


 今までも顔だけ出したり、リュックの延長線沿いで引っ張り出した事があったはずだ。その時はダランと力を抜いて、寝ぼけた顔をしていた。


 それなのに。


 リュックから出して前に抱いたとたんに、バリバリと爪を立てて私の背中に回り、襟口から服の中に潜り込んでしまった。


 背中でバクバクと心臓が早鐘を打つのを聞いて、そのまま走って家に戻った。

 猫は周囲の様子を伺いながら生活する生き物だ。大きな衝撃や動揺には弱い。あまりに激しいパニック状態に陥ると走り回って、そのまま心臓が止まってしまったりする。


 電気を消して暗くした部屋で、毛を逆立てたクロマルを、ぎゅうと抱いてうずくまる。


 クロマル、怖くないよ。外には楽しいことがたくさんあるんだよ。お日様が照って、風が吹いて、ネコジャラシがたくさん生えているんだよ。


 他の猫とも、会わなければいけないよ。お友だちになったり、ケンカしたり、恋をしたりするんだよ。クロマルには、それが全部できるんだから。


 小さな声でゆっくり話しかける。少しずつ心臓が健やかな速さを取り戻し、膨らんでいた尻尾が元の太さに戻り、鼻からフンっと息を吐いた。


 まだパタパタと左右に尻尾を振っているけれど、もう大丈夫かな?


 冷蔵庫から牛乳を出し、少し室温に慣らしてからクロマルのミルク皿に入れる。クロマルは恨めしそうな顔で私を見上げてから、皿に顔を寄せた。


 そんな顔したってダメなんだからね! クロマルは外に出るの! もう小さな子猫じゃないんだから!


 考えた挙句、まずはリュックから顔だけ出して、抱いたままマンションの周りを歩くことからはじめることにした。



 私がクロマル放流の準備で忙しくしているうちに、世間の学生さんたちは夏休みを迎えたようだ。

 隣の中学生が早朝ランニングをはじめた。これには少々困った。ちょうどクロマルとの朝の散歩の時間と、だだ被りなのだ。


 彼とは何かと縁がある。この前は雨の中、水たまりで遊んでいるところを見られてしまった。おまけにそのあと、盛大に転んだ。


 幼い子供の微笑ましい様子を装ってはみたけれど、思い出したくもない出来事だ。ああ、記憶から抹消したい。


 借りたタオルを返す事を口実に、手紙を添えてみた。あの時の幼児は隣人「佐伯カナリ」の姪っ子ですよ、という設定だ。これなら顔が似ていることも、クロマルを連れ歩いている事も不自然ではないんじゃないかな?


 とは言え隣人としても、助けてもらった幼女としても、積極的に関わり合いになるのは避けたい。ひとり二役を演じるなんて、さすがにちょっと虚しくなる。


 なるべく顔を合わせないように気をつけていたのだけれど、今朝は少し、散歩に時間がかかってしまった。


 隠れようか、やり過ごそうかと考えているうちに、私の麦わら帽子が風で飛ばされた。


 彼はランニングコースを外れて帽子を拾いに行ってくれた。


 拾った帽子を、優しくかぶせてくれる彼の様子に少しホッとする。それは子供に対する態度だったから。


 良かった。彼にとって私は、お隣さんの佐伯カナリではなく『雨の日に会った、ちょっと変わった幼女』だ。


 朝の日差しが徐々に勢いを増す。子供ぶりっ子してトコトコと歩くと、私の大きな麦わら帽子がまた風に煽られてふわりと浮いた。


 今年最初の蝉が一匹だけで「もういいかな? そろそろ頃合いですよね?」といった風情で、ためらいがちにミンミンと鳴きはじめる。



 それはまるで、何かのはじまりの合図のように、朝の空気を震わせた。







次話からいよいよ夏祭りデートですよ! 投稿は8時。

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