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秘密のクロマル  作者: はなまる
第二章 僕とお姉さんの夏休み
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第二話 七月下旬 110センチ

カナリ視点。

 6歳の誕生日に、父が私専用の踏み台を作ってくれた。母はトマトのアップリケの付いたエプロンを縫ってくれた。


 私は大喜びでキッチンに立ち、キュウリやネギを刻んだものだ。少し大人になったみたいで、やけに誇らしい気持ちになったことを覚えている。


 あれから約十五年。私はほぼ、あの時と同じ状態でキッチンに立っている。身長も同じくらいだし、踏み台に乗って子供用のエプロンを着けているのも同じだ。


 ただし、踏み台は三段階に高さ調節の出来るハイブリッド。エプロンは、子供用の調理器具『かわいいコックさんシリーズ』の、まな板と包丁セットの付属品。


 人生何があるか、ホントわからないものだ。


 小さくなってみてわかったのは、大人用に出来ている家の中は、小さいと相当危険だということ。


 何しろ最近は、お風呂の(へり)を越えるのも一苦労なのだ。


 実は先週、トイレの便座にお尻がはまり込んで抜けなくなって、とても嫌な汗をかいた。


 二度とあんな想いはしたくないので、便座に取り付ける赤ちゃん用の補助便座を使う事にした。シンプルなものと取っ手の付いたタイプがあり、取っ手は動物の首を模した物が多い。


 コレはかなり悩んだ。成人女子として、キリンさんの首を掴んで用を足す。なかなか精神が抉られそうだ。

 けれど実際に足の届かない便座は、跨ぐのも降りるのも不安定なのだ。色々な意味で下半身がスースーする。


 背に腹はかえられない。キリンさん、よろしくお願いします。


 ついでに、湯船の中で使う椅子や、縁に取り付ける手すりも幼児用シリーズで揃えた。


 気がつけば、家の中はすっかり子育て中の装いとなった。ポップでカラフル! 意外と悪くない。


 真夏になったら、幼児用のビニールプールで遊んじゃおうかな!


 あ……。でも、運んだり水汲んだりが、めちゃくちゃ大変そうだ。



 今の私は身長110センチ。確かに出来ないことが増えて来た。今まで簡単に出来たことも、工夫して、頑張らないと上手くいかない。


 でも、私は必死に背伸びして掴んだ棒の先に、お星さまが付いていることに気づいてしまった。


 人間は不便があるからこそ、進化して来た生き物だ。自分の力量を試しながら暮らす生活が楽しいと思う自分を、私は特別変わっているとは思わない。


 幼児用のプールも、やってみれば案外楽しいかも知れないなぁ。


 もちろん、小さくなることを歓迎してるわけではない。


 けれど私は、小さくなることには、何か意味があると思っているフシがある。もっと言うと『必要なこと』だと思っている。


 だから誰にも相談することなく、助けを求めることもなく、息を潜めるように、この部屋に閉じこもっている。


 クロマルと二人。抱き合って、じっとその時を待っている。そんな気がしている。


 繭にこもるサナギみたいだ。


 この繭から出る時、私はどんな姿になるのだろう。


 考えごとをしていたら、すっかり長湯してしまった。


 クロマルが、みゃうと鳴いて浴室へ入って来た。ひらりと湯船の縁に飛び乗り、じっと湯面を見つめる。


 その時がいつ来るのか――。小さくなった私に、何が起きるのか。



 クロマルは知っているような気がした。




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