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秘密のクロマル  作者: はなまる
第一章 小さくなる日々
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第十一話 四月 130センチ

 二月に大学に休学届を出して、実家からの仕送りも断ってしまった。バイトも辞めてしまったので、今の私は無収入。多少の貯金はあるけれど、そろそろ働かないとヤバイ。


 例えばこのまま、コンスタントに小さくなって、やがて消えてしまうとしても、それまでには二年近く時間がある。飢えたり乾いたりするのは真っ平ごめんだ。


「パソコンで打ち込みか、校正の仕事かなぁ」


 ネコジャラシの玩具(おもちゃ)でクロマルと遊びながらスマホで仕事を探す。緊張感のない絵面だけれど私は真剣だ。


 電話での面接、データの履歴書、成果物の受け取りや提出もデータのみ。これなら、人目を避けたい私でもなんとかなりそう。


 いくつかの会社とやり取りをして、二つの会社から仕事をもらえることになった。

 パソコンが使える限りは、この仕事を頑張ろうと思う。


 並行して、十年来の趣味の革細工作品を、フリマアプリに出品してみた。

 革細工はカービングと呼ばれる刻印を押すタイプと、電気ペンを使って模様を焼き付ける方法がある。私が得意なのは、電気ペンを使った可愛らしい模様の小物やバッグだ。


 材料もネット通販で手に入るから、こちらでも収入を得られたら良いなと思う。


 自暴自棄な生活をあらためて、美味しいと思う食事をゆっくりと食べる。クロマルとの時間を大切にする。それだけで、少し心が軽くなった。


 私は毎日二ミリずつ小さくなってゆく。


 十日で2センチ、たった一ヶ月で6センチ。常識の範疇から外れてしまう日も、そう遠くはない。常識の範疇から外れた私は、人類の範疇には入れてもらえるのだろうか?


 今の私の身長は132センチ。小学校三〜四年生の平均身長だ。一般的に考えてひとり歩きが不自然でないのは、小学校一年生くらいだろうか?

 小学校一年生の平均身長、120センチのボーダーラインまであと12センチ。

 私が外を一人で不自然なく出歩けるのは、あと二ヶ月くらいということになる。そんな日が、本当に来てしまうのだろうか?


 行ってみたかった場所はいくらでもあるけれど、外国はすでに手遅れだろう。パスポートの更新ができないし、一人で海外へ行く小学生はあまりに不自然だ。


 南の島の海や世界遺産の遺跡、見てみたかったなぁ。


 せめて温泉へと思い、海の見える温泉旅館の予約を入れた。母親と娘の二人分。ギリギリに母親が行けなくなった設定で、小学生ひとり旅を押し切ってしまおうと思う。

 多少不自然でも構わない。そしてこっそり、クロマルも連れてゆこう。


 行列の出来るラーメン屋さん、高級ホテルのスイーツ食べ放題、カリスマ美容師のいるお洒落な街の美容院、植物園や動物園や水族館。出費がかさんでしまったけれど、精力的に遊んだ。引きこもり生活のおかげで、ひとりが寂しいとは少しも思わなかった。


 若干盛りを過ぎた花見にも出かけた。おにぎり弁当を作り、クロマル入りのリュックを背負い、暇にあかせて地元の桜の名所を順に巡る。花見客で賑わう公園で、白鳥ボートにも乗った。


「お嬢ちゃん、ひとりで大丈夫?」


 そう心配してくれた貸しボート屋のお爺さんには、親指を立てて応えた。

 ふふふ! お嬢ちゃんなんて呼ばれたのは、何年ぶりかしらね!


 白鳥ボートの上で、クロマルをリュックから出して、一緒にお弁当を食べた。

 近頃クロマルは食べる時に、うにゃうにゃと言わなくなってしまった。ちぇっ、可愛かったのになぁ。


 クロマルは生後半年を過ぎた。人間でいうと十歳前後だ。手のひらに乗る大きさだった身体も、両手からはみ出す程になった。


 小さくなる私と、大きくなるクロマル。


 自然の摂理に逆らう事なく、健やかに育つクロマルが、眩しく、羨ましく、切なく、愛おしい。


 春の風は少し冷たく、無神経な合いの手のように、乱暴に花びらを散らす。

 舞い落ちる花びらを目で追うクロマルが、徐々にヒートアップしてしまい、急いでリードをつけてしっかりと握った。


 引きこもりを卒業した私の四月は、日常生活を惜しむように、かつてないほどアクティブに過ぎていった。




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