閉幕
「杉崎」
そこには彼女が息を切らして立っていた。どうやら、舞台の裏から客席を通ってきたらしい。制服を着た彼女の目元には、涙のあとが残っていた。
「金賞、おめでとう」
「うん、ありがと」
「音楽のことはよく分かんないけど、すごく良かった」
「そっか、それはよかったよ」
杉崎はそう言うと、思い出したように、くすくすと笑い始めた。
「ていうか、なんでパジャマなの?」
「急いでたから」
「演奏中吹き出しそうになったからやめてよ。笑ったら演奏が台無しだったんだから」
杉崎が微笑んでいたように見えたのは、どうやらこの服装のせいらしかった。彼女はひとしきり笑ったあと、僕を見ていった。
「ありがと」
「……」
「今日来てくれて」
杉崎は微笑んだ。
だけど僕は、何も返すことが、出来なかった。
客席から席を立つ人たちが、僕たちの横を通り過ぎる。何も言えない僕を置いて、時間だけが進んでいく。
臆病な自分が『逃げよう』と僕に言う。
杉崎は本当は怒っているのかも知れない。学校に行かないことに、メールに返信しないことに、演奏の途中に来たことに。怒りや嫌悪を隠して、僕に微笑みを向けているのかもしれない。彼女の言動の中には、僕に対する皮肉が込められているのかもしれない。
『お前は、人と関わることに向いていない。だから、逃げよう。そして人と関わることは避けて、できる限り一人でいよう。その方が楽だし、傷つかない。人を傷つけることもない』
杉崎が、動かない僕に、不思議そうな目を向けた。
「智也くん?」
閉幕作業をする人が、僕たちをみている。気付くと客席に人はいなかった。僕と杉崎だけが、ただそこにいた。
僕の足は、出口に向こうとしていた。もうここにいるのも迷惑だし、「それじゃあ」と言って帰ればいい。不自然なことはどこにもない。
「杉崎ちゃん!」
そのとき、舞台袖から同じ高校の制服を着た子が杉崎を呼んだ。
「集まりがあるから早くもどってきて!」
「うん、今いく!」
杉崎の足が舞台の方に向く。「それじゃあ」と、彼女の口が動く。僕もそのまま──
『だから、きっと、君も変われるよ』
そのとき。
志穂の声が聞こえた、気がした。
そうだ。
僕はずっと──
「杉崎!」
「え?」
少し離れた所で、彼女は振り向く。
僕は、臆病な自分を殺して、口を開く。
「ごめん。今日は初めから来れなくて。もう関わらないなんて、冷たいことを言って」
嫌われたら、仕方ない。そのとき、僕は傷つくのかもしれない。
でも。
それでも。
僕は、杉崎と関わりたかった。
「虫が良い話かもしれないけど──」
一度だけ、息を吸った。
緊張で、足が震える。
恐怖と不安が、同時にやってくる。
僕は、顔を上げて杉崎を見る。
「もう一度、僕と友だちになってほしい」




