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ゴーストライト  作者: 綿貫ソウ
第一章
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ゆめものがたり

「智也くん、こっちこっち!」

 志穂が僕の手を引っ張って、どこかに走り出す。

「どこに行くつもりなの?」

 そう言いながら僕は必死に志穂についていく。


 小学六年生の卒業旅行。キャンプで訪れていた『野奥山』は、なだらかな山道だった。標高二百メートル地点にキャンプ場があり、そこで僕たちはテントを張った。まだ昼過ぎだったから互いの両親に遊んでくる旨を伝え、二人で山を探索していた。

「ねぇ、聞いてる!? あんまり離れちゃうと、怒られるよ!?」  

「いいから、早く!」

 僕の手は強く握られていて、ほどけそうになかった。だから全力で走った。土や木の匂いが、鼻を掠めた。

 途中、転けそうになりながらも、斜面を登ったり降りたりすると、視界一面に淡い色の景色が広がった。僕たちはそこで、呼吸を忘れたみたいに口を開けて立ち尽くした。

 満開の桜が、僕たちを覆っていた。まるで世界が桜色しかないみたいだった。桜だけの森みたいだ、と思った。

 頭上には満開の桜。地面には桜の絨毯。その間には桜の花弁が降っている。

 桜の花弁の隙間から漏れる陽光は優しく、桜色の世界を淡く光らせていた。

「ほら、すごいでしょ!?」

 頭上から落ちる花弁がひらひらと舞い、それが僕たちの顔や肩に乗った。呆気に取られていた志穂はそれに気づいておらず、頭から肩に掛けて桜色に覆われていた。

「こんなにたくさんの桜、見たことない」

「でしょでしょ? ここは桜の森なんだよ」

 同じ感想を抱いていたのか、志穂もそういった。桜の森。緑ではなく、桜色の森。 

 僕たちは幼く旺盛な好奇心に身を任せ、桜の森を駆け回った。花弁を集めてお互いにかけ合ったり、どこまで続いているのか走って確かめてみたり、疲れて桜の絨毯に仰向けに寝そべったりした。

「ねぇ、知ってる?」

 遊び疲れた息を整えてから、志穂がいった。

 僕は彼女の方を見た。けれど、彼女は仰向けで、正面の桜を向いたままだった。

「桜の樹の下にはね、死体が埋まってるんだよ」

 そんなわけないよ、口にでかかった言葉を僕は飲み込んだ。桜の樹の下の死体、その非現実的な光景を、どこかで見たことがある気がしてきたからだ。

「そうかもね」

「そんなんだよ、きっと」

 この時は、まだ梶井基次郎という小説家も、『桜の樹の下には』という小説も知らなかった。読書好きな志穂だけが、その素っ頓狂で正しい空想を知っていた。

 桜で視界が全て奪われたところで、僕たちはお互いの両親が待つ拠点に戻ることにした。日はすでに傾いており、桜の色もそれによって変化していた。志穂の髪や靴の間には、桃色の花弁が入り込んでいるのか見えた。きっと僕もたくさん持ち帰っているだろうなと考えながら、ふっと志穂の手を握った。


 *


 そこで、目が覚めた。

 僕はなるべくその夢を反芻しないように気をつけながら、小さくため息をついた。ぼんやりとした頭を、カーテンの隙間から漏れる光が、覚醒へと運んでいった。

 ──思い出して、跳ねるようにベットから降りた。

 昨日のことを、早く確認したかった。それは今朝見た夢の一部かもしれないと思った。いや、その可能性が一番妥当だった。だって、彼女が現れることなんて、あるはずのないことだから。

 自室のころころの足がついた椅子に座り、パソコンを開く。小説のページを開き、そこに文字を打ち込む。

『志穂?』

 するとすぐ、返信はかえってきた。

『智也くん、どうしたの?』


 夢では、なかった。

 小説の中に、志穂がいた。

 僕は昨日のことを、思い返す。

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