21 メイドからの誘い
メイドはメガネをくいっと動かした。
太陽の光が反射して痛い。
「全く災難です。こんな辺境までお使いを頼まれたかと思えば、まさかゴミまで出てくるとは」
「謝ってください!」
クララが言った。
「わたしのご主人様を愚弄することは、ゆるしません!」
「何ですか貴女は? ――まさか? クララ・アプフェル様ですか?」
「そ、そうですけど……」
私は、クララの肩を掴み続けた。
メイドは、彼女をジロジロ見ていたが、やがてスカートの裾を持って頭を下げた。
「大変失礼しました。ハンス・アプフェル様の妹様でございましたか。貴女様の使用人にとんだご無礼を」
メイドの変化に驚いて、声が出せなかった。
しかしそれはクララも同じようだった。
何かを喋ろうとしていて、言葉が出てくるまで時間がかかった。
「え、え、え、お、お兄ちゃんを知ってるんですか?」
「もちろんでございます。あのお方は次期魔王の最有力候補ですから」
クララから手をはなし、腕組みをする。
あのユーリアとかいう女の話は本当だったようだ。
「お兄ちゃんは今どこにいるのですか?」
メイドは後ろに顔を向けた。
「あの山を越えた辺りです。もっとも、継承の戦いが始まれば移動されると思いますが」
「あ、あの。ありがとうございます!」
「ちょっと待ちなさい! 何でそんな奴にお礼なんて言うの!」
「も、申し訳ございません!」
「オプトゼチ、貴女は黙っていなさい! 失礼、大変勿体なきお言葉。いずれ敵対するとはいえ、王族に敬意を払うは使用人として当然でございます」
「話はすんだようね。なら始めましょうか」
「何をですか?」
メガネをくいっと動かす。
私は、広場の方に親指をさした。
「殺し合いに決まっているでしょ」
ため息をされた。
「私は忙しいのです。ゴミ掃除――いえ失礼、貴女と遊んでいる暇はないのです」
「フフフ。私を以前のままだなんて思わないでよね」
髪を払って、組み直す。
すると、メガネを少しかけ直された。
「まさかと思いますが、あの程度の雑魚を片づけて、ご自分を強くなった、とお考えではないでしょうね?」
「あら、私ったら、何かいけないことでもしたかしら? ただ食事をしただけなんだけど」
お互いにあった笑みは、徐々に消えていった。
時間が過ぎていく。
指一本でも動けば、その瞬間、どちらかが死ぬだろう。
メイドの赤い髪が、風に吹かれた。
バシイイイイイィィィィン!
彼女の平手が、私のほおを叩いていた。
私も同じことを相手にしている。
おかしい。
以前だったら、切断されていたはずなのにだ。
強くなったのか?
それとも、ただ生かされているだけなのか?
確かめるにはもう一度攻撃するしかない。
最悪の場合、私が死ぬことになるけど、たいしたことではない。
相手の心臓に狙いを定めていると、クララに邪魔された。
「やめてください、ふたりとも」
苦しそうな声だった。
「ご主人様も落ち着いてください。そちらの……えーと」
メイドは私から離れた。
そしてクララに頭を下げる。
「申し遅れました。私はアンブロジアの使用人、ヴェルナッチャ・ディ・セッラペトローナと申します」
あのバカ王子とメイドを今初めて知ったわ。
すると彼女からにらまれた。
「ようやく理解した、という顔ですね」
「だったら何? 文句あるの?」
「やめてください!」
クララが間に入った。
「あなたね、どっちの味方なの?」
「もちろんご主人様です。ですがこの人はお兄ちゃんのこと教えてくれたから……ですから、そ、その……」
「お兄様と違ってずいぶん優しい方ですね。クララ様は」
その笑顔は、吐き気がするほど穏やかだった。
この女は、さらにふざけたことを言う。
「クララ様、もしよろしければ、私どもの陣営に加わりませんか?」
「ええ?」
「貴女様がいらっしゃれば、ハンス様も魔王立候補を取り下げてくださるかもしれません」
私はふたりに聞こえるようにため息をした。
「魔王が死んだそうね」
「さすがにそれくらいのことはご存知でしたか。貴女がアイスクリームを盗む食いしたせいです」
「あのバカ王子でしょうが!」
メイドからの殺意が増したものの、彼女はクララをチラッと見て、平静を保った。
私は試しに確認してみた。
「女神の聖書を探しているらしいわね」
「どこでそれを知ったんです? 全く意地汚い……まあもっとも、もし貴女が手に入れられたとしても、使用することはできないでしょう」
「そうね。嫌な単語が連なっているもの」
「失礼しました、クララ様。貴女様はこのような女に関わるべきではありません。ぜひこちらへ」
私はふたりにそっぽを向いて歩き出した。
「ごめんなさい! ヴェルナッチャ様、せっかくのお誘いですがお断りします。申し訳ございません、わたしはこれで失礼します」
「それは残念です。ですがもし気が変わりましたら、いつでもお声をかけてください」
◆
宿屋の一室にいた。
あれっきり私は喋っていない。
「ご主人様……」
「あ、あのお腹空いてませんか?」
「よろしければ、わたしの血を吸いませんか?」
「そ、その、ごめんなさい!」
何回も声をかけられた。無視した。
もうずっと泣かれているみたいだ。無視。
私は、閉ざされた窓の前につっ立っている。
クララはドア近くにいるようだ。もう姿を見たくない。
ため息をして、窓に言った。
「なぜ断ったの? あの女のところに行けばいいじゃない」
「嫌です! 私はご主人様の従者です!」
「なれなれしく、そんな言葉使わないで!」
振り向いた。やはりドアの前で立っていた。目の前まで、ドタドタ、と音を立てて近づいた。
おびえる彼女。
その首に、息をかける。
「こ、殺すのですか?」
「そうよ。たっぷり苦しめてあげるわ」
「ごめんなさい。申し訳ございません」
「いいえダメよ。絶対ゆるさない」
「どうすれば、ゆるしてくれますか?」
「惨たらしく息絶えれば、ゆるしてあげようかしら。フフフ」
ベットに押し倒した。
「フン、何よ。どうせあなたはお兄さんのもとへ行くんでしょ?」
「わたしはずっとご主人様とともにいます!」
「へえ、お兄さんと殺し合いになってもいいの?」
「そ、それは……」
彼女をそのままにして、私は窓に行った。
「フフ、いいわ、今はそれで」
裏切りられるのは快楽なはずだ。
絶望するのは最高なはずだ。
憎しみを抱くのは素敵なはずなんだ。
だって、私は魔族で吸血鬼なんだから。
クララに近づいた。
泣きすぎて目は真っ赤になっていた。
ほんのり紅い唇に、私のをくっつける。
それから、お互いをなめ回した。
眠っている彼女を撫でてあげる。
そして窓へ行く。
外は暗くなっていた。
広場に人が集まっている。
いよいよドラゴン退治に出発のようだ。
私は、笑みをこぼした。
「……何が魔王よ。女神の聖書を奪ったら、この私があなたたちを支配する女王様になってあげるわ。フフフ」
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