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あの花が咲く頃にまた逢いましょう その7

 祭りの日。

 俺は神社に来ていた。屋台もあり中々の盛況振りだ。浴衣を着ているカップルもいて悪態をつきたくなった。

 腕に着けている時計を見るともう時期集合時間だ。

 あの帰り道の会話以来何か変わったかと言うといつも通りの関係性であった。明さんは例年通りの明るい振る舞いをしていた。周りと気まずくなることもなく、俺が見る限り、周囲の大人たちは明さんが村との交流を拒絶しなくてほっとしているようであった。

 でも、俺は思う。確実に明さんはこの村から気持ちが離れ始めている。もしかすると来年は来ないかもしれない。そうすればもう会うことはなくなるだろう。それは嫌だった。

 そんなことを悶々と考えながらたこ焼きを買って食べた。作り置きされていたのを買ったので熱くはなかった。


「高政。」


 聞き覚えのある声で呼ばれて後ろを振り向いた。そこにはばあちゃんがいた。横にはじいちゃんもいた。そういえば顔を見せに行くと朝言ってたな。


「じいちゃん、ばあちゃん来たんだ。」

「ああ、用事のついでにな。」


 じいちゃんはめんどくさそうに言った。村の人付き合いというのは大変なのだろう。俺なんて隣の家の人に会った時くらいに挨拶する程度だ。


「集合時間はまだなのか?」


 腕時計を見ながらじいちゃんは言った。そう言われて俺は思い出した。


「そろそろ時間だ。じいちゃん、ばあちゃん俺行くね。」


 俺は待機場所に行くことにした。


「頑張ってね。」


 ばあちゃんの屈託のない微笑みに俺は何だか安心感のようなものを抱いた。今日の神事は上手く行きそうだ。

 じいちゃんとばあちゃんと別れた俺は社務所に行った。


「畠のとこの孫ですが。」

「畠さんのところ高政くんね。」


 アルバイトと思われる巫女さんが案内してもらえた。

 毎年見てるが巫女さん可愛いな。明さんが着たら何と素晴らしいだろうか。

 待機場所に着くと既に明さんや花山さんなど運営の人たちが集まっていた。室内はクーラーがついており、真夏の外から入って来た身としてはとてつもなく気持ちよく涼しい。


「おっ、畠さんとこの高政くん来たか。」


 花山さんがにこにこしながらこちらへ来た。歓迎するよといった感じである。


「お待たせしました。」

「いや大丈夫だよ。みんなやっと揃ったところだから。」


 そう言うと花山さんはなあといった感じで後ろにいるその他おじさんたちに言った。おじさんたちもそうだそうだといった反応を示した。


「高政くんはこっちでもう着替えて。」


 花山さんに案内されて俺は更衣室で着替えた。服は平安京の貴族が着ていそうな格好である。一人で着替えるのは大変だから何人かに着替えを手伝ってもらった。メイクも施されて名前を聞かなくては誰だか分からないような顔になった。


「暑いだろうが、我慢してくれ。」


 花山さんは申し訳なさそうに言った。


「もう慣れましたよ。」


 俺は苦笑しながら言った。


「そうだな。もう3回目だからな。」

「そうですよ。もうベテランですよ。」

「そうか、ベテラン今日は頼むぞ。」

「はい!」


 軽妙な会話をしつつ、待機場所に戻った。戻ると明さんはまだおらず、着替えが終わってないようだ。まぁ、女性の方が支度には時間かかると言うし、それは昔の服に着替えるのもそうなのだろう。


「明ちゃんが来たら行くから今のうちに体力を蓄えておけ。じゃあ、俺は他の場所を見てくるから。」


 そう言って花山さんは出て行った。他のおじさんたちもどこかへ行ってしまった。

 一人取り残された俺は手持ち無沙汰になった。部屋はクーラーが効いていてこの厚着の割に涼しく程よい体感である。

 昔の人はよくこんな格好していたよなと思う。聞くとこによると外国産の毛皮を真夏に着ていたこともあるそうだ。今の人とは違う美的感覚を持って色々と試行錯誤していたのだろうか。

 束の間のリラックスタイムをしていると外からは砂利を踏む大勢の人達の声が聞こえる。観光客もいるだろうし、地元の人達もいるだろう。その様々な人達の前で神事である舞を見せるのか。3回目とはいえ緊張してきた。そこに明さんが戻って来た。


「おっ似合ってるねえ。」


 明さんは古風なメイクをして朗らかに話すので何だか可笑しかった。コントみたいだ。


「明さんも似合ってますよ。」

「はは、絶対嘘だろ。」

「そうですね。」


 笑いを漏らしてしまう。顔のメイクと言っていることが、不釣り合いだ。

 明さんは俺の横に腰を下ろした。そして、急に神妙な顔つきになった。真っ白いメイクの上からでもわかる。


「私はさ。もう今年で最後だから今年でもう村に来る必然性なくなったから、最後に頑張ろうと思う。協力してくれる?」

「まぁ、真面目にはやりますが。それと必然性はあるじゃないですか。」

「何があるの?」


 悲しそうな声だった。


「いや、帰省とか。」

「私ね思うんだ。新しい人と暮らし始めた母さんにとって私は邪魔とまでは行かなくても、引っかかるんじゃないかしら。私は母さんの幸せの邪魔はしたくないし、父さんのこともある。」


 俺は何も言えなかった。やはり明さんはもうこの村に帰って来るつもりはないようなのだ。どうしようかなとか言っていたが、今のは明確にもう帰省するつもりはないということを言ったのだろう。はっきりと自分の思いを言おうと思っていたが、それはでしゃばるということかもしれない。


「そうですか。」

「祭りの日なのに辛気臭い話ししちゃったね。もっと明るい話をしよう。」


 そう言って明さんは愉快な話をしてくれた。東京での生活のことをもっぱら話していた。後で気付いたことだが、この時明さんは村や家族の話はしなかった。

 明さんと雑談していると花山さんが戻って来た。


「明ちゃん、高政くん。そろそろ出番だよ。」

「行きましょ。明さん。」

「うん。」


 俺と明さんは舞台に立った。

 見物人は観光客や地元民など大勢来ていた。それもそのはずで、この神事の舞はこの祭りの一番の見所なのだ。これを見ずして祭りに参加したとはならない。この醍醐味を楽しもうと多くの人が見物に来ているのだ。

 人前に立つのはそれほど得意ではないが、不思議と緊張はあまりしなかった。なるようにしかならないと思えたのだ。

 俺はちらりと横目で明さんを見た。明さんも緊張してないようだった。どこか達観しているようにも思えた。

 舞はミスなく出来た。ゆったりとした動きで都の雅さを表現し、互いに見つめ合う動きで子孫繁栄を表現し、そして、玄米を撒いて豊作を祈願した。

 舞が終わると俺は上々の出来だと思った。やる前はめんどくさいと思っていたが、いざやると楽しいというかやりがいがある。終わってみれば中々の満足感である。

 舞台から裏に下がると花山さんがにこにこしながら歩いて来た。


「二人共よかったよ。特に明ちゃんは最後ということもあるのかな気合が入っていたよ。」

「ミスしないか冷や冷やでしたよ。」


 明さんは謙遜していた。でも、その顔からは達成感があるように思えた。


「でも、確かに明さんからは覇気を感じました。」

「高政も良く出来てたじゃない。」  


 そう言って俺たちはしばらく互いに褒め合った。

 それも一段落して着替えてメイクを落とすと俺は暇になった。祭りの後に打ち上げがあるもののその時間まですることがなかった。せいぜい祭りを見て回ることぐらいだが、それも舞の前に一通り見てしまった。とりあえず待機場所でクーラーを効かせてゴロゴロしていると明さんが来た。ナチュラルメイクというやつをしているようだった。


「明さんどっか行ってたの?」

「着替えとメイクに時間かかってね。」

「そうですか。」


 これといって話すことが思いつかなかった俺に明さんは助け舟を出すように話してくれた。


「高政はこの後暇なの?」

「まぁ、そうですね。やることないです。」

「なら一緒に回る?」

「いいですけど。」


 明さんに誘われて断るという選択肢のない俺は二つ返事で了承した。明さんと祭りを見て回ることに俺は幸せと一種の興奮を覚えた。彼女がいるというのはこういう気分を言うのだろうか。そう俺は思った。今なら祭りに来ているカップルはもちろん悟も羨ましくない。ただ目の前のことに幸福を感じるのだ。


「よし、なら行こう。」


 そう言うと明さんは部屋を出て行き、俺はその後ろをついて行った。いつものように。

 人と遊ぶとは不思議で同じことをしていても楽しいのだ。明さんと歩く祭りは午前中に一人で歩き回った時とはまた違う楽しみがあった。屋台で焼き鳥やチョコバナナなどを買い神社の隅で談笑しながら食べた。そういうことをしていると時間の進みは早いもので気づくと夕方だった。


「そうだ。明さんは夜の打ち上げ来ますか?」


 俺は思い出したように聞いた。ちょっと心配だったのだ。明さんはなんだかもうこの村には来たくないと思っていそうで。父親との思い出があって切なくなる上に母親が新しい家庭を築いているのだ。避けたいと思ってもおかしくない。


「行くよ。」

「そうですか。」


 俺はほっとした。顔からもその感情が出ただろう。明さんは困ったような笑みをしていた。明さんの複雑な心を見た気がした。


「じゃあ私は一旦戻るわ。」


 そう言って明さんは神社を離れた。

 残った俺は神社の鳥居の根本の石に座った。想うことは明さんのことだ。何か今年の田舎は明さんのことばかり考えているなとつくづく思う。まぁ、小さい頃からの知り合い、それも大切に思っている人ともう会えないかもしれないと思ったら誰だって少しは悩むだろう。俺もそのうちというわけだ。

 鳥居に寄りかかり空を眺めた。夏だからかまだ、空は真っ青である。雲はなく晴天といったところだろうか。じめじめとした暑さが時間は夕方だが身にしみる。そろそろ俺も帰ろうかと思い始めたが、ちょっと何処かに寄ろうかと思った。気分を換えたかった。少し思案すると俺は一つ加藤商店に寄ろうと思いついた。あそこでアイスでも買って食べよう。少しはこの暑苦しさを和らげてくれるだろう。立ち上がりアイスを買って食べようと思い俺は歩きだした。

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