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あの花が咲く頃にまた逢いましょう その5

「ごめん遅れた。」


 と申し訳なさそうに明さんは言った。ちょっと照れてしまう。彼女と待ち合わせしたらこんな気持ちになるのだろうか。


「俺も今来たところだから。」


 彼氏の本当に言っている人がいるのだろうかと思う定型句のようなことを俺は口から出していた。

 遅れてやって来た明さんは着替えて来たようだ。爽やかな水色のワンピースを着ていた。可愛らしさがさっきよりも増し、魅力がさらに高まっているように思える。自分の顔が赤くなるのがわかり、つい顔を伏せてしまった。


「どうした?」


 明さんが俺の顔を覗き込む。更に近づいて来たのでますます照れてしまった。


「だ、大丈夫だよ。」


 どうしようもなく顔を上げて言った。それを見た明さんはいたずらっぽい妖艶な笑みでからかってきた。何て絵になる光景だろうか。この光景を俺は今独り占めしている。何だかこれを見れただけでも彼女がいる満足感を得たような気分になる。


「大丈夫そうじゃないけど。」

「意地悪だなあ明さんは。」


 何とか返してその場を乗り切ろうと思った。


「まぁ、いいわ。じゃあ行こうか。」


 小悪魔チックな笑顔で俺の前を駅に向かって歩き始めた。


「どこ行くの?」


 俺は遅れないようについて行く。小さい頃もこうして明さんの後ろをついて行っていたなと思い出した。

 俺の問に明さんはついて来ればわかると言っていた。

 駅に入ると明さんは切符を買った。それを見ていた俺は明さんと同じ値段の切符を買った。それは3駅先までの切符だった。駅名は鬼山という無人駅で何もなかったように思った。見渡す限り山と生い茂る木々という面白味のない駅とその周辺だったと思う。

 電車が来るまでまだ時間があったので俺と明さんは駅のホームのぼろぼろのベンチに座った。俺と明さんの間には一人分の隙間がある。先に明さんが座り俺は真横に座ろうか悩んだ挙げ句恥ずかしさに負け一人分の隙間を空けたのだった。

 暑さの中俺と明さんはしばし黙り込んでいた。何か話した方が良いかどうか考えちらりと明さんの表情を見ると明さんは何か寂しげな顔をしていた。考え込んでいるようにも思えた。やはり家庭のことで悩んでいるのかなとばあちゃんたちとの会話を思い返してそうではないかと思った。

 ならここは都会的洒落た冗談を言おうと俺は思った。この時は本気でそう思った。


「明さん原宿の有名なミルクティーの店知ってます。」

「あの流行りの過ぎた。」

「なんでもないです。」


 俺はさっきと別の意味で顔を赤くした。過ぎた流行りを得意げに話すほど恥ずかしいことはないという持論によりである。


「高政は可愛いわね。」


 にこりと明さんは俺に笑顔を向けてくれた。ちょっと俺はほっとした。もう笑ってくれないとか考えれば違うだろうとわかることを俺は心配していたのだ。


「偉そうだなあ。」

「私の方が年上だからね。」

「明さんはお姉さんのつもりか。」


 まぁ、俺もそういう目で見ているのだが。


「高政はいつだって私の後ろを付いてきていたじゃない。」

「そんなの小さな頃の話だろ。」

「そんなことはないわ。今日だって駅で私の後ろを付いてきていたじゃない。」

「それは明さんが行き先を教えてくれなかったからじゃないか。」


 一生懸命俺が反論すると明さんは爆笑していた。勝負していたわけではないが、あぁ負けたと思った。


「高政と話してると安心するわ。気楽というかね。」


 急に真面目だけど優しさを感じさせる顔をしてきたので、俺は胸の鼓動が高まる不意に感じた。そんな顔をされたら照れてしまうじゃないか。

 その後も結局いつもの通り明さんに可愛がられる俺という構図に変わりはなかった。でも、それが恥ずかしくも嬉しい一時であることは正直に言っておこう。

 明さんとしゃべること数十分電車が来た。2両編成の車両には数人のお年寄りが乗っているだけだった。がらがらの電車に乗り込んだ俺と明さんは適当に座席に座った。

 久しぶりに乗る電車は小さい頃に乗った時と何も変わらず、古い型だからか趣きのある雰囲気がある。それが好きだったりもする。東京じゃこの雰囲気は味わえないだろう。

 車内でおしゃべりはマナー違反であるから俺と明さんは静かにしていた。暇になった俺は窓の外を見た。電車の周りは田んぼが広がっている。青々と元気に育っていそうだなと思った。今年は豊作かなと勝手に想像していた。そういえば俺がやる神事は米の豊作を祈願するんだったな。祭りの起源に興味はないが、ふとそんなことを思い出していた。3駅さきの駅で降りるのであっという間に着いた。長閑な時間はすぐに過ぎてしまう。


「さぁ降りるわよ高政。」

「うん。」


 俺と明さんは誰もいないホームに降りた。他に降車する人もおらず、乗り込む人もいなかったので駅には俺と明さんだけであった。ホームはところどころ錆びついているし、駅から見える周囲には何もない。ただ森が広がり、虫が飛び交っているだけであった。飛んでいる虫はなんの虫なのかわからなかった。照りつける太陽の下、俺と明さんは駅から歩き始めた。駅に到着してもまだ行き先を教えてくれない。歩きながらこんなとこに若者が来るのかと思いながら俺は明さんの後ろを幼い頃のようについて行った。


「明さん、そろそろ行き先を教えてくださいよ。」


 俺は明さんに文句を言った。

 明さんは顔を半分後ろを振り返り、笑っていた。


「もう着くよ。」


 そう言って俺たちは車が1台通れる道に入った。人はおろか車も通っているような感じはしない。なんでこんなところに無人とはいえ駅があるのかと思った。これが所謂秘境駅というものかと思った。テレビで見た事あるが、まさか自分が来ることになるとは。駅から歩くこと数十分。増水した川のごとく汗が吹き出るのをハンカチで拭きながら歩いていると明さんが立ち止まった。


「ここよ。」


 何があるのかと明さんの視線の先を見るとそこには木と木に絡まる蔦があった。周りを見ると他の木も蔦が木に絡まっていた。


「これがどうしたの?」

「高政、昔この蔦の花が好きだって言ってたじゃない。」


 そういえばそんなことを言ったことがあるような。


「それを見たくてここに来たの?」


 わざわざ見に行くようなことでもないような気がした。俺がそんなことを思ってしゃべると明さんは首を振って言った。


「目的はそういうわけではないけどね。」

「どういうわけさ。」


 明さんは目を細めて遠くを見た。


「ただ昔を思い出したかっただけよ。」


 そう言っている明さんはどこか寂しげであった。やっぱりばあちゃんたちが言うように母の再婚が嫌なのだろうか。うちの両親は仲良いので心配する必要はないが、もし自分がそういう状況になったら複雑だなと思うが、たぶん親の再婚を後押しするだろう。親の人生を妨げる気にはならない。しかし、これは俺の考え方で明さんはまた違う見方をしているのかもしれない。我慢出来ないのかもしれない。

 なんと言えば分からず俺は黙ってしまった。

 困った俺に明さんは悲しくも優しい笑みで言った。


「あまり気にしなくて良いよ。やっぱり村だからすぐに情報は回るね。」

「部外者が言うことではないけど、正直嫌なのか?」


 言った後で俺は後悔した。こんなこと聞くことではない。しかし、明さんは至って穏やかに答えてくれた。


「嫌というか納得出来ないかな。」

「明さん、お父さんが好きでしたもんね。」

「まぁ、それもあるかな。」


 明さんは苦笑しながら言った。何だか照れてるかのような物言いだった。明さんの気持ちを俺は測りかねた。これ以上は明さんのプライベートなので突っ込むのはやめることにした。


「ところでこの植物ってなんて言うんだろ。」

「知らないの?高政。」


 俺の顔を覗き込むようにして明さんは可愛い笑顔で言った。


「うん、特別花に興味があるわけじゃなかったからなんだろという感じだよ。」


 この植物は俺の中では蔦の植物という認識しかない。名前を調べようとは思ってもみなかった。東京では見たことないなという印象であった。


「明さんは知ってるの?」

「知ってるよ。ビナンカズラって言うのよ。」

「へえ。」


 マイナーな花の名前も知ってるなんて流石は大学生と思った。まぁ、大学生だからどうというわけではないが。


「もう時期花が咲くわよ。」

「綺麗な花が咲くんだろうね。」


 ビナンカズラの花が咲いているところを俺は思い返した。以前、見た時は確かに良い光景だった。自然美というのを感じさせる。チューリップとか桜とかとはまた違う美しさがある。決して劣ってないビナンカズラの良さというのがあるのだ。

 蝉の奏でる音楽に耳を傾け、小鳥のさえずりに心を和ませ俺と明さんはビナンカズラを眺めていた。


「私ね。」


 明さんがぽつりと話し始めた。


「この花をお父さんに贈りたいなと思ったの。なんというか妄想ね。」

「贈ればいいじゃないですか。」


 俺は純粋にそう思って口走ったが、すぐにそれは失言だと気付いた。みんながみんな同じとは限らないからだ。


「それが今どこに住んでいるのか分からないし、母さんはきっと嫌がるだろうしね。」

「離婚って結構あるらしいけど俺たち子どもに複雑な思いをさせてしまうんだね。」


 明さんの話を聞いて俺は実感した。そして、家庭円満な我が家は幸せなのだと改めて思った。両親がいて子どもがいてみんなで旅行行ったり、食事に行ったりとそれが普通だと思っていたが、必ずしもそうではないのだと俺は理解した。


「でも、母さんを嫌いにはならないわ。母さんも再婚しようと決める前は私のことでかなり悩んでいたみたいだから。」

「明さんのお母さんも人の親だからね。」

「うん、優しい人なのよ。」

「それは俺にも分かるよ。だって、明さんのお母さんは遊びに行くといつだって優しく迎い入れてくれるもの。」


 明さんのお母さんの姿を思い出す。明さんのお母さんだからとても綺麗な人だけど嫌味がなく爽やかな印象の人だった。俺が思い返していると明さんが思い出したように言った。


「そろそろ帰ろうか。」

「そうですね。」


 俺と明さんは帰路に着いた。そろそろ駅に戻らないと1時間以上電車を待つ羽目になるからだ。

 

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