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あの花が咲く頃にまた逢いましょう その4

 考え事していたらのぼせてしまった。朦朧とする中、ばあちゃんとじいちゃんにお休みを言って俺は2階の部屋に戻り布団を敷いて横になった。歯磨きしないとと思いつつもそのまま眠りについた。

 次の日、俺は朝食を食べ終えると2階の部屋で明さんが来るまで勉強していることにした。しかし、明さんのことが気になり勉強に集中出来なかった。仕方ないので俺はじいちゃんの農作業を見に行くことにした。小さい頃はよく母に連れられて畑に行ったものだ。じいちゃんの家系は古いからか広い農地を所有している。作ってるのは米で出荷し、東京でも販売されている。うちはじいちゃんの所から毎年米が送られてくるので、米を買うことはなく、じいちゃんの米を食している。

 2階から1階に降りるとばあちゃんが洗濯していた。調度、洗い終わって洗濯籠に洗濯物を入れて外に干す所だった。寝食を提供してもらっているのだから少しは何か手伝おうと殊勝なことを思い付いた俺はばあちゃんに声をかけた。


「ばあちゃん、手伝うよ。」


 俺が声をかけるとばあちゃんは少し驚いていた。


「いやいいよ高政。勉強しないと。」


 予想していたが、やはり遠慮してきた。ばあちゃんの性格は人が良いというところに帰結する。母も手伝おうとすると遠慮される。でも、年寄りにだけ働かせるのは建前上あまりよろしくないので手伝うことにはなっていた。しかし、それは娘だからだ。孫で受験生の中学生にそのような義務はない。それでも俺は気分転換の面でもやりたいと思っていた。


「ちょっと休憩さ。」

「それなら尚更悪いわよ。」


 ばあちゃんは優しい微笑みで言った。人を和やかな気分にさせる顔だった。


「寝食をもらうだけというのも心苦しいからさ手伝わせて。」

「そうかい、じゃあ頼もうかね。」

「任して。外に持ってけばいいの?」


 そう言いながら俺は洗濯籠を抱えた。じいちゃんとばあちゃんの洗濯物だけなのでそこまで重くはなかった。でも、老体にはきついかもとも思った。外の庭に運ぶとばあちゃんは礼を言ってきた。


「ありがとね高政。」


 晴天の下でじいちゃんの畑を見に行くことを忘れて俺は洗濯物を干すばあちゃんとしゃべっていた。

 ばあちゃんが洗濯物を全て干し終わったタイミングで訪ねてくる人がいた。ノースリーブに短パン、髪は黒のショートカット、それは紛れもなく明さんだった。1年ぶりの明さんはまた一段と魅力的な女性になっていた。

 明さんはインターホンを鳴らそうとしたが、こちらに気付いてにこにこしながら歩いて来た。


「こんにちは和子ばあちゃんと高政。」


 名前を呼ばれて俺は鼓動が高鳴るのを感じたが、必死で表情に出さないようにした。しかし、顔は真っ赤かもしれない。顔を伏せドキドキしているとその魅惑な笑顔で明さんは顔を覗き込んできた。


「どうした?」


 なんて魅力的な顔だろうか。短くも黒く艶やかな髪だろうか。もうこの場にはいない方が良いと思い、部屋に戻ることにした。


「ばあちゃん、勉強に戻るね。」

「明ちゃんが来たのに。」


 ばあちゃんは惜しそうにしていた。せっかく明さんが来ているのにということだろう。


「休んでる暇はないの。」


 ただ、本当は明さんと顔を合わせて話すのが恥ずかしいだけなのだが。


「そう、わかったわ。」

「勉強頑張ってね。」


 明さんが可愛らしく手を振った。なんて魅力的なのだろうか。その笑顔はたわわに実ったオレンジのようである。もうこれ以上は耐えられない。俺はつい早足で家に入っていった。嫌がっていると勘違いされないか心配になったが、もうそれよりも恥ずかしさの方が勝る。

 部屋に戻ると勉強そっちのけで横になり、昼寝をすることにした。勉強に全く集中できないからである。こんなんで夜の神事の練習はちゃんと出来るのかと不安になる。失敗して明さんの前で怒られるのは最悪だ。好かれて付き合えるとは思ってないが、よくは思われたいのだ。あくまで明さんに俺は格好良く見られたいのだ。昼寝しようとしたが、頭の中がごちゃごちゃして寝れそうになかった。悶々としているとばあちゃんが部屋に来た。


「高政、お昼だよ。」


 めんどくさいと思ったが、起き上がりゆっくりと1階に降りた。ばあちゃんはさっさと降り、俺を置いていった。1階に降りると明さんが昼食を並べていた。俺も手伝おうと思い声をかけた。


「明さん、手伝うよ。」


 俺の提案に明さんはにっこりと魅力的な笑顔で言った。


「大丈夫よ。もう並べ終えるし。」

「何か悪いような気がするよ。」

「気にしない気にしない。」


 そういえば明さんはこういう人だったな。懐が広いというかヒステリックは起こさない感じの良い人だ。きっと、大学ではさぞかしモテるのだろう。俺とは大違いだ。楽天的とも言えるだろう。

 話を聞いてたのかばあちゃんが出て来た。


「じゃあ、じいさんを呼んできておくれ。」

「うん、わかった。」


 家を出ようとした俺にばあちゃんは呼び止めた。


「暑いから飲み物を持っていき。」

「ありがとうばあちゃん。」


 俺はばあちゃんから冷えたペットボトルをもらい、家を出てばあちゃんから聞いたじいちゃんが作業している田んぼへと向かった。蝉が泣き叫ぶ道を歩き、側溝の横をのんびり歩いていった。小さい頃はザリガニ釣りをしたものだ。釣れるのはほとんどがアメリカザリガニでニホンザリガニは全く見なかったと記憶している。もうこの辺にはニホンザリガニはいないようだ。

 じいちゃんの許に着くまで暑くてしょうがなかった。陽は全て熱し殺すつもりなのかと思う程である。地面がアスファルト舗装なので尚更だろう。

 車は通らない。ただ見渡す限り田んぼと小川、山しか見えない。長閑な風景ではある。この暑さ以外は。

 少々の坂道を登っていくとじいちゃんが作業していた。


「じいちゃん!」


 大声でじいちゃんを俺が呼ぶとじいちゃんは気づいたようで振り向いた。


「おおどうした!」


 じいちゃんも大声で答えた。

 俺はじいちゃんのもとに小走りで行った。


「ばあちゃんが昼食出来たってさ。」

「そうか、わざわざ悪いな。」


 そう言うとじいちゃんは道具を置いて俺と一緒に家へと戻った。家に戻るとばあちゃんと明さんが待っていた。待っててくれたようだ。


「ただいま。」

「高政お帰り。じいさんもご苦労さま。」

「おう、今戻ったよ。」


 俺たちはそれぞれの場所に座り、食事を始めた。食事は和やかに経過した。じいちゃんばあちゃんの近況や俺と明さんによる都会と学校の話をした。食事を終えて歓談した後、明さんに遊びに行かないかと言われた。俺はそれを了承した。すぐに行くかと思ったら提案してきた明さんが家に用があると言って一旦帰った。それで俺は駅で待ち合わせすることになった。

 少し時間の空いた俺は2階で勉強することにした。真面目に受験生をやろうと思ったのだ。しかし、いざ勉強を始めようとすると明さんのことが過ぎった。綺麗だったな大人の雰囲気が出ていたというか流石は大学生だ。俺も大学生になったら洗練された男になれるのだろうか。そしたら彼女出来るかな。ふと、明さんの顔が浮かんだ。そして、すぐに流石に明さんと付き合うのは無謀だろ。高嶺の花である。きっと彼氏もいるだろうし、それに俺への態度はどう考えても親戚の弟分といった感じである。

 集中出来ずに悶々としているとばあちゃんが部屋にやって来た。


「高政、すいか食うか?」


 調度良いタイミングで来てくれたと俺は思った。もう勉強はしてられなかったからだ。気分転換しようと思い俺はわかったと言い、ばあちゃんの後ろに付いて行って1階のリビングへと降りた。

 テーブルの前に腰を下ろすとばあちゃんが切ったすいかを持って来てくれた。


「ばあちゃんありがとう。」

「冷えたすいかだから美味いよ。」


 俺はすいかを食べ始めた。確かに冷えていて美味い。種を取り除きながら俺はふとばあちゃんに言った。


「明さん相変わらず元気な人だね。」

「そうかい?」

「どこか変だった?」


 話した限りは去年と変わらない気がするが。


「家のこととか大変だろうさ。」


 そんなことをばあちゃんは言った。それを聞いた俺は昨晩の会話を思い出した。そういえばばあちゃんは昨晩じいちゃんと明さんの家庭の話をしていた。そのことだろうと俺は気付いた。でも、俺が話した限りは大丈夫そうだった。


「落ち込んでいる感じはしなかったけど。」


 すいか白い部分と赤い実の境い目を食べる。甘くはないが、やはり冷えていて美味い。


「表面上ではね。ちょっと心配ね。」


 井戸端会議でなく本当に心配している顔をばあちゃんはしていた。俺も何だか心配になってきた。一声かけた方が良いだろうかと思っていると察したのかばあちゃんが戒めるように言った。


「他所様のお家の事情には首を突っ込むものじゃないよ。」

「分かってるよ。」


 そう言うのが精一杯で図星をしてしまった。ばあちゃんは人生経験が豊富なのだろう。生まれて20年にも満たない俺ごときの考えることなどお見通しというわけか。

 すいかを食べ終えると俺は流し台に持って行き台所の時計を見るともう時期約束の時間だった。


「ばあちゃん!俺もう行くわ。」

「行ってらっしゃい。」


 台所から声を張り上げて言うとリビングからもばあちゃんが声を張り上げてくるのが聞こえた。そして、俺は台所から廊下に出て一旦2階の部屋に戻り、財布を持って行くウエストポーチに入れて家を出た。

 外はまだまだ暑かった。リビングでクーラーにあたっていたので尚更であった。じいちゃんを昼食に呼びに行った時よりも暑くなっている。茹だるような暑さの中、俺は駅へと向かった。小川にかけられている橋を渡ろうとすると川上の方で水遊びしている子どもたちがいた。気持ち良さそうだ。

 橋を渡りしばらく真っ直ぐ歩くと無人の駅に到着した。まだ、明さんは来てないようだ。ベンチがあったので俺は座って待った。ばあちゃんの家から持って来たペットボトルのジュースはまだ少し冷えていた。それを3分の1くらい一気に飲み息を吐いた。熱中症にならずに済みそうだ。

 そこに明さんは来た。

 


 

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