あの花が咲く頃にまた逢いましょう その3
じいちゃんの家は築百年くらいだろうと思われた。見た感じの印象はそうであった。明治の地主の家といった趣きである。蔵もある。小さい頃は探検と称して蔵の中を漁ったものである。まぁ、ろくな物がなかったが。
俺は車から荷物を持って降りた。外の空気は田舎の香りがして久々な気分になった。都会とは違うこの空気感は割と好きである。
じいちゃんは車を車庫に入れに行った。俺は荷物を持って家に向かった。
「こんにちは!」
俺は玄関を開けてばあちゃんに聞こえるように大声で言った。すると奥からばあちゃんが出て来た。
「いらっしゃいね高政。」
ばあちゃんは相好を崩して言った。その顔にホッとする。
「こんにちは。」
再度挨拶した。挨拶というのは何度言っても良いのだ。
ばあちゃんは元気そうであった。声はハキハキしているし、歩き方も年を感じさせない。まぁ、顔はもう人生の大ベテランの顔つきだが。
「ばあちゃん久しぶり。」
俺は自然とニコニコしていた。穏やかな気持ちだった。ばあちゃんの不思議な力だと思っている。ばあちゃんがいるとぎすぎすした雰囲気を和ませることができる。以前にも仲の悪いご近所のおばさん同士が鉢合わせした際も間に入って和ませていた。ばあちゃんの物腰の柔らかさがそうさせるのか謎である。
「高政久しぶりね。おやつの焼き芋があるから荷物を置いたら降りてきなさい。」
やったーと俺は思った。じいちゃんの家では薩摩芋も栽培していてそこで採れる薩摩芋で作る焼き芋は絶品である。品種は分からないが、とにかく美味しい。よだれが出そうになり気付いた。おっと荷物を置いてこないと。
「ばあちゃん、部屋はいつもの2階の部屋?」
「そうだね今年は一人だから自由に使いな。」
「わかった。」
毎年家族で帰省すると泊まる部屋は2階の部屋である。親子三人で過ごすには十分な広さだ。普段は使っておらず俺の家族が帰省して泊まるための部屋と化している。
木製の階段を登り右の通路の突き当りにその部屋はある。じいちゃんの家は木造だからコンクリートで出来た我が家とは違った空気感がある。異空間に来たというか不思議な気分でそれは旅行に来たのだなと思わせる。
部屋に入ると1年ぶりだがいつも通りの内装である。三人で使うのに調度よいテーブルに小さめのテレビ、クローゼットが旅行者を待ち侘び、窓からは太陽の光が差し込んでいる。荷物を部屋の隅に置き、上着をハンガーにかけると俺は1階のリビングに降りていった。
1階に降りるとじいちゃんが車を車庫に停めてきたようでテレビを見ながら座り焼き芋をほうばっていた。何だか安心する。ばあちゃんも座ってテレビを見ていた。
俺が降りてきたのをばあちゃんは気付いた。俺がリビングに入るタイミングで声をかけてきた。
「高政、ちゃぶ台に焼き芋を置いてあるからそれを食べていいわよ。」
「ありがとう。」
にこやかに俺は礼を述べてちゃぶ台の前に座り、中央のザルに乗っている焼き芋をいくつかある中で中ぐらいのを取った。一応、中学生なりに気を使ってみた。
「そうそう、高政、神事の練習は明後日からだけど明日明ちゃんが遊びに来て色々伝達するって。」
ばあちゃんが唐突に言った。明さんというのは植野明という悟にも話した大学生の今回の神事での相手役である。神事を行う年は二人で遊ぶのが恒例となっている。まぁ、もっぱら明さんに連れ回されるという遊びだが。
「そうか。」
ついそっけなく答えてしまった。正直に言えば恥ずかしいのだ。少し憧れの念も持ってたりする。本当は嬉しいが、それをおくびにも出さないでいてしまう。誰にも友人にも話していないことだ。このまま心の奥底に閉まっていたいことである。
「明ちゃんは今年で最後だからうちに遊びに来るのも今年で最後かしらね。」
ばあちゃんのその発言に心に棘が刺さる心持ちがした。悲しくも寂しい気持ちもする。終わりは来るものなのだと思い知らされる。
「そうだな、明ちゃんはもしかするともう帰省しないかもな。」
「なんで?」
じいちゃんの発言にびっくりした俺はつい聞いてしまった。その問いにはじいちゃんではなくばあちゃんが答えた。
「明ちゃんのお母さん再婚するのよ。」
初耳である。母さんからも聞いたことがない。俺はその話だけで大体のことは察した。つまり、新しく入る家族に拒否反応をしてしまっているのだろう。
「明ちゃんは外向きには母が幸せならといった感じだけど、本心は嫌みたいね。その手の話になると苦笑するもの。」
「明ちゃんは父親っ子だったもんな。」
そういえばいつか明さんと話した時に父親の話になったことがある。その時は嬉々として離婚前の父親との思い出を話していたっけ。家族関係というのは単純明快にして複雑だなとつくづく思う。一度拗れると友人関係よりも始末が悪いかもしれない。これ以上この話は場が暗くなりそうなので俺は話の軌道を修正した。
「明さんは明日何時ころに来るの?」
「えっと確か昼ごはん食べに来ると言ってたわ。」
正直、ちょっと嬉しい。去年以来だから明さんが来るのが楽しみである。仄かな憧れを持っているからというのもあるが、大学生の生活についても聞きたく思っていた。個人的には大学生活は自由で楽しいものだと思っている。そこらへんの話を聞きたい。
「茶碗蒸し作る?」
明さんがばあちゃんの手料理で一番好きにして、俺の好物である。中身は銀杏とか蒲鉾が入っている。店で出してもいいのではないかというくらい美味である。
「作るよ。」
ばあちゃんは穏やかな笑顔で言った。
俺は嬉しかった。これだけでも来たかいがある。
「俺の分もね。」
「分かってるよ。」
ばあちゃんは嬉しそうである。作り甲斐あるということだろうか。
「高政は小さい頃からばあさんの茶碗蒸しが好きだったからな。」
テーブルの上にあるお菓子を食べながらじいちゃんは言った。小袋に入っている煎餅を取り出してバリバリと咀嚼する。それを見ていると俺も煎餅が食いたくなり、テーブルの上にある煎餅の入った小袋を取って、開けて食べた。都会でもよく売られている煎餅である。特別美味いわけではないが、煎餅といったらという感じで家でもたまに食べる。
「そうでしたね。」
「美味しいからね。」
これはもう明日が楽しみだ。
「じゃあ俺は。」
明日、明さんが会えることも分かったので俺は2階に戻ることにした。
「なんだもう部屋に戻るのか?」
「夏休みの宿題進めとかないと。」
そう今のうちからやっておかないと後々焦ることになる。夏休みの半分以上をここで祭りの準備をするのだから、あまりのんびりとしてられない。それに早めに終わらせて受験勉強もしなくてはいけない。受験生に休日はないのだ。
「ばあちゃん、夕食出来たら教えて。」
「わかった。出来たら呼びに行くね。」
そう会話を交わし俺は2階に行った。2階の部屋で数学の問題集を始めた俺は黙々と勉強に打ち込んだ。しばらくするとドアが開く音がした。窓を開けて外を見るとやはりじいちゃんが作業場の方へと行っていた。何かの作業があるのだろう。それを確認した俺は窓を閉めてまた数学の海に潜った。
夕方になりお腹が空いてきた頃、外は茜色に染まり勉強が一段落した。すると、調度よいタイミングでノックされた。
「高政、夕食出来たよ。」
やっぱり、ばあちゃんだった。
「調度お腹が空いていたんだ。晩飯は何?」
「鳥の唐揚げと山菜の胡麻和えだよ。」
ああ、きっとばあちゃんは若い俺に気を使って鳥の唐揚げにしてくれたのだろう。ばあちゃんは俺が田舎に来る度に普段食べないだろう肉料理を作ってくれる。それがまた美味しい。母だと少々油っこくてあまり美味しくない。もしかするとばあちゃんの手料理が美味しいのは母の手料理が今一だからだろうか。
ばあちゃんは今日の夕食の献立を言うと下に降りていった。俺は数学の問題集をしまい、夜の勉強するのに現文の問題集を鞄から出して机に置いておいた。現文は好きなので夕食後の勉強が楽しみだ。
下に降りるとじいちゃんが既に足を崩して座っていた。俺はじいちゃんから見て右手に座った。並べられた料理を見た俺は舌鼓を打ち、ばあちゃんが座ると俺たちは食べ始めた。ばあちゃんの手料理は美味しかった。お腹いっぱい食べた俺は食後、しばらく休んでからじいちゃんとばあちゃんに挨拶して2階に戻った。その日は現文の勉強に勤しんだ。
勉強に集中しているとまた部屋のドアがノックされた。ノックの主はやはりばあちゃんだった。
「どうしたのばあちゃん?」
俺はばあちゃんだろうとは思ったが、どのような用事で来たのかわからなかった。夜食でも持ってきたのかなとか適当なことを考えていた。
「風呂入らんのかい。」
ああ、そういえば風呂に入ってなかったな。
「じゃあそろそろ入ろうかな。」
とりあえず、入るという意思表示はした。
「風呂は沸いているから入るなら早く入りなさい。」
「うん、わかった。」
俺が入ると言うとばあちゃんは部屋から出て行った。俺はここら辺で今日の勉強は終了しようと思い、勉強道具を鞄にしまい着替えとタオルを持って風呂に入りに行った。
ばあちゃんの家の風呂は特別変わったところはない。むしろ家の外観にしては現代的な設備である。体と頭を洗った俺は湯船に浸かる。少々熱いが気持ち良い。湯船にボーと浸かっていると明さんのことが頭に浮かぶ。特に昼間にじいちゃんとばあちゃんの会話が過ぎる。明さんは会うと実家と上手く行ってないなんておくびにも出さない。むしろ、幸せな家庭だろうと勝手に思っていた。前回の神事をやる年では周りの大人もそんな噂話はしてなかった。きっと、この数年で生じた問題なのだろう。明日、明さんはこの家に来る。それは毎年のことだ。今年も可愛がってくれるだろう。きっと、明さんは変化を見せずにいつも通りの接し方をしてくれるだろう。俺もいつも通りの接し方をすればいいだろうか。どう話そうかと考え込む入浴となった日だった。