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あの花が咲く頃にまた逢いましょう その1

 蝉の奏でる夏を感じていた頃、俺は体育館で整列していた。いわゆる終業式に参加していた。7月の末、めちゃくちゃ暑い。体育館はクーラーはもちろんなく、窓は全開で開けているが熱風が入って来るだけである。生徒たちはこそこそ教師に怒られない程度に雑談している。きっと夏休みの予定について話し合っているのかな。そう思う。今は校長が舞台の上でありがたい話をしている。校長の訓示に俺を含めた生徒たちはまともに聞いてない。いや、俺のクラスの学級委員は真面目に聞いてるだろう。あの男は正直で真っ直ぐ過ぎる高校生では珍しいタイプの人間である。俺は後ろの方なので欠伸しながら不真面目にしていた。校長はもう少し話を工夫した方がいいと思う。何か校長の話の参考書があるらしいからそれでも読めと俺は思う。そうすればもっと面白い話が出来るだろう。周りを見ると女子たちが段々とトーンを上げながら楽しげに談笑している。そこに教師の佐藤が小声で注意しに来る。体育教師で昔体操の選手だったらしい。ジャージを着ているが、筋肉があるのが分かる。今でも鍛えているのだろう。女子たちからは暑苦しいとあまり評判が良くない。担当はまだ楽しげに話す男子たちの組なのでまだ良かったが、女子担当だったらそれは苦労しただろうなと思う。女子と上手くやっていくのは一種の才能が必要だろう。佐藤先生にはその才能はないと思う。なぜならギラギラした雰囲気があるのだ。女子に気に入られるならもう少し親しみやすさがあると良いと思われる。可愛げがあると表面上フレンドリーになってくれる。

 佐藤先生の様子を見ていると肩を叩かれた。後ろを振り向くと悟がにこにこしながら手を小さく振っていた。目を細め親しげな顔である。何を企んでいるんだと思うような顔ということだ。イケメンなのが余計に腹立つ。


「何かようか?」


 俺は警戒しつつ反応を返した。一苦労させられた事は一度や二度ではない。人は良いが故に苦労させられる。


「校長の話がつまらないから何か夏休みの予定でも聞こうと思ってな。夏休みは旅行行くの?」

「親の実家に行くくらいだよ。」


 俺はそう言いながらため息をする。俺の反応を見て悟は思い出したようだ。


「祭りの神事やるんだっけ。」

「そうだよ。ああめんどくさい。」

「俺はちょっと羨ましいけどな。」

「どこが?」

「いやぁ、中々経験できることじゃないし。」

「めんどくさいよ。」


 俺は頭をかきながら怠そうに言う。それを見て悟は苦笑していた。自分には伺い知れない世界があると理解してくれているようだ。そう祭りでやる儀式というのは堅苦しくてきつい。周りの大人にも気を遣わないといけないからしんどい。重荷にしかならないのだ。地元の子は今そこに住んでいるという故郷魂があるのか、熱心にやっている。


「夏休みになったらすぐに行くのか。」

「そうだな。明後日に新幹線でな。」

「祭りっていつからだっけ。」

「確か8月の中頃だったかな。」

「その間ずっと練習か。」

「そうだよ。田舎に籠もるという中学生最後の夏には最悪の過ごし方だよ。」


 そう言って俺は再びため息した。


「まぁ良い事もあるさ。」

「ないよ。そんな悟は夏休み何するんだ?」

「受験勉強としおりと遊ぶ。」


 しおりと遊ぶという言葉に俺は反応した。というよりも羨まし過ぎて嫉妬した。


「お前はいいな彼女がいて。」

「いやぁ彼女がいるのは大変だぞ。色々と気を使わないといけないし。」

「だからこそはまるんじゃないかな。」

「それはあるかもな。」

「俺も彼女欲しいな。」


 腕を後ろで組んでぼやいた。


「高政にもチャンスあるじゃないか。」

「俺の周りに彼女になってくれそうな女はいねえよ。」

「祭りの儀式の相方女だろ?」


 自分でも眉間にしわが寄るのがわかった。ちょっとイラッとしたのだ。


「相手は20才の大学生だぞ。」

「良いじゃねえか。大人のお姉さんというのも。」

「相手にされねえよ。」

「いや、ワンチャンあるって。」

「ねえよ。」


 そこに佐藤先生がやって来た。声を出し過ぎたか。


「おい、畠高政、権藤悟静かにしろ。」

「「すみません。」」


 声を合わせて俺らが謝罪すると佐藤先生は不機嫌そうに去って行き、他の生徒に注意しに行った。その後ろ姿を見ながら俺はかったるいなあと思っていた。

 終業式を終えた俺は教室で持ち帰る教科書の整理をしていた。夏休みは受験勉強しなくてはいけないので教科書でおさらいしつつ参考書で補強していこうと俺は作戦を立てていた。塾に行きたかったが、夏期講習の時期は祭り関連で行けず断念した。一度、それとなく夏期講習に行きたいというような匂わせたら受験勉強よりも実家の祭りの神事だと言われたので無駄な抵抗だった。

 教室でホームルームをして担任から訓戒を賜り解散となった。俺は悟と帰ることにした。

 悟とは小学生以来の友人である。親友というほど親しくはないが、帰る時間が一緒なら共に下校する。帰る方向が一緒なので色々なことを話した。学校のことクラスのこと誰かの噂話などなど部活を引退してからは頻繁に一緒に下校して自分たちの周囲の話に花を咲かせている。それが幸せなことと気付かずに平凡だと思いつつ俺たちは中学生最後の日々を満喫していた。


「相瀬とは帰らないんだな。」


 以前から思っていた事を俺は聞いてみた。


「しおりとは家の方向が真逆だしな。それに。」

「休日は友達そっちのけでデートするからか。」

「まぁ、そんなところだ。」


 悟は澄ました顔をしていた。彼女のいる余裕か。俺は毒づきたかったが、言葉が出なかった。思いつかなかったわけではない。ただ、ここで皮肉でも言うと自分が惨めに感じられるからだ。家で一人でいると高校生になったら彼女出来るかな彼女出来たら文化祭や修学旅行を一緒に回れるかなとか妄想していた。そんなことを空想するのだから俺は悟に女に関して何か皮肉を言うのは憚れたのだ。

 俺はこの話は早々に切り上げるのが精神安定上良いと判断した。ここは受験勉強の話の方が当たり障りはない思った。


「夏期講習に参加する?」

「ああ行くよ。高政は?そうか祭りで行けないか。」

「そうだよ。自分で何とかするしかないという感じだ。」

「地元に根を張るというのも大変だなぁ。」

「面倒なことばかりで大変だよ。根無し草の方が気楽ではあるしな。」

「確かに。」


 そう言って悟は苦笑した。俺はそれを見て何だか気分が楽になるのを感じた。きっと、肯定してくれる友人に聞いてもらい悩むのが馬鹿馬鹿しくなったのだろう。


「でもまあ、今年を入れて後2回だし、気楽にやるか。」

「貴重な経験だし、それはそれでいい思い出だろうしな。」

「そうだな。そういえば相手役ってどんな人だ?可愛いか?」

「相手役は5歳上の大学生だ。名前は植野明っていうんだ。小さい頃はよく田舎に行くと遊んでもらったな。」

「お前の話はどうでもいいよ。可愛いのか?綺麗なのか?」


 どうでもいいと言われて俺は少し傷ついたが、こいつ彼女いるのに他の女に興味抱いているのかとその道徳、倫理観を疑わざる負えない。後で相瀬に言っておこう。一応、連絡先は交換していたりする。相瀬は悟にぞっこんなもんだから悟に近づく女には常々警戒している。きっと面白いことになるだろう。まぁ、悟は性格含めてイケメンだから彼女としては心配なのだろう。実際、悟に恋心を抱いているという話は聞く。そのことはきっと悟も知っているだろうが、俺が見ている限り心が揺れている様子はない。流石、イケメンである。疑わざる負えないというのはあくまで皮肉である。実態は面白いからそういうことを軽い気持ちで言っているだけだろう。


「まあ、綺麗系かな。年相応に。」

「良いじゃないか。写真あるか?」

「去年のお盆のが。」


 俺はスマホで撮った明さんの写真を見せた。それを見て悟は感嘆の声を漏らした。


「すげぇ美人じゃねえか。」


 その写真の明さんは確かに綺麗だった。髪は肩の下辺りまで伸ばした黒髪で優しいという形容がぴったりの目に清楚な印象を受ける。撮ったのは夏だからか涼し気な薄い水色のワンピースを着ていて何か神秘性も感じさせる。まぁ、正直相瀬より上級である。


「どんな人なんだ?」

「うーん、人並み程度には明るいけどトータルで言うと大人しい人かな。」

「適度な感じか。」

「そうだね、うるさい人ではないよ。」

「彼氏いるのか?」


 悟は興奮気味である。たぶん、俺に狙って見たらいいのにとでも思っているのだろう。人のことでもこう興奮する良いやつなのだ。


「いなかったと思うけど。」

「調度、良いじゃないか!」


 やっぱりなと俺は思った。自分がというよりも人のためにテンションを上げるやつなのだ。それがトラブルの元になったりもする。でも、俺は悟がそういう奴だからこそ友人として付き合いたいと思うのである。見境ない奴とはあまり友達付き合いしたくない。そこを考えると相瀬は良い人に引っかかったなと思う。ついている女だ。


「調度良いと言ってもな。」

「こんな綺麗な人に興味を抱かないのか?」


 俺は困った。正直に言えばかなり好みで憧れを抱いている。ただそれが大げさに言えば付き合いたいというカテゴリーに入るのかは今の自分にははっきりしない。ただ、眺めて親しくするだけで十分のような気もするのだ。実際、俺は明さんを自分のものにしたいとは思ったことがない。とにかく元気なその顔が見れれば良いのだ。


「興味はあるけどなぁ。」

「なるほどな高政らしいな。」


 何がらしいのかは分からないが、俺の気持ちの大部分は汲み取ってもらったようだ。彼女は欲しいが、明さんを彼女にしたいとは今のところ思ってない。迷いながらもそう思っている。

 そして、二人はしばらく静かに歩いた。沈黙した。そして、ふと悟が口走った。


「腹減ったな。」

「もう昼過ぎだからな。」


 今日は終業式とホームルームだけだったので昼食は家である。二人で歩きながら今日の昼飯の話に花を咲かしながらのんびりと歩いていた。

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