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9/22

9.こころがふるえる

いちゃいちゃたーーのしーーーーひゅーーー!!


風に、薔薇が揺れる。見上げた空に、柔らかく輝く金の薔薇。

・・・そら?

首筋に心地よい温かさを感じ、それに疑問を感じる前に、内腿になにか暖かいものがゆっくりとストッキングを撫で上げていくのを感じる。

ゆっくりと唇をふさがれ、これが三回目のキスかと感動するより早く、暖かいなにかが口内をゆっくり撫でた。

包み込まれるように、実際彼の腕の中で、これ以上安心できる場所なんて、ほかに考えられなくて。

目を閉じれば、シヤンが小さく笑った気配を瞼に触れた唇から感じられる。

「し、やん」

「様は、もうつけないでほしい」

「でも」

「ロジエにだけ。家族しか許していないんだから・・・ロジエは、俺の妻になるんだから」

おねがい。とねだられては、頷くしかない。そう、うんって、いうしかないじゃない!

「・・・はい、シヤン」

そのまま何度も繰り返し唇を吸われれば、体からどんどんと力が抜けていく。あたたかい手のひらが体を何度も撫でていく感触がとても心地よい。

うっとりと夢見ごこちでいると、小さく「舌をだして」とねだられ、言われるがままに口を開いた私に「ロジエかわいい」と惜しみのない声が落ちてくる。

小さく音を立てて絡められた舌に目を閉じかけた瞬間、なにか視界の端をよぎった気がした。いま、の、は。

「こらぁぁぁぁ!!野外でなにやってんのぉぉぉぉ!」

すこーーーーーーんっ

小気味よい音と共に、シヤンの頭をなにかが襲った。衝撃で地面に顔から突っ込むシヤンの頭の上には、見慣れた『それ』が乗っかっている。

なんだったっけこれ、あ、そうだ、リーリウムがレベルアップしたら出せるようになる守護獣だ。

子犬のような体に翼、口元は鳥のように鋭いくちばしで、尾は違うけれど伝説の生き物のような、そうそう、名前は。

「グリン、やっちゃえ!」

「ってだめぇぇぇ!」

勢いよくつつこうとした嘴を、シヤンが間一髪のところで避け、そのまま私を抱きしめて距離を取る。

「リーリウム嬢、なんのつもりだ!」

険しい瞳で睨みつけられたあんずちゃんは、しかし負けていない。それどころか顔を真っ赤にし、人差し指をシヤンに突き付けた。

「それはこっちのセリフよ!あんた野外でなにしようとしてるのよこのケダモノ!ロジエが抵抗しないからってしていい場所とか時間とかとにかくいろいろあるでしょ!バカ!変態!だから駄犬なんて言われちゃうのよ!!!」

ちょっといいすぎでは、と止めようとした私は、ふと抱きしめられたままの自分に気が付き、全身の血が湧くかと思った。

もともとワンピースタイプの制服は、胸元をホックと内ボタン、リボンで止められた簡単なものだ。その上半分が、完全に開いている。

そう、完全に、開いている。

下に着ていた薄い絹の下着は押し上げられていて、私のささやかな胸部は丸見え状態。下は下でスカートのため見えないが、感触でわかる・・・ガーターベルトはいつの間にか外されていて、柔らかいストッキングは片方足首まで下ろされていた。

まって、え、いつ?!いつのまに?!

悲鳴を上げて胸元を押さえるのと、あんずちゃんの号令に飛び掛かったグリンの前足がシヤンの顎にヒットするのは、ほぼ同時だった。


「これ以上近づかないでください」

がるるるるる。唸るあんずちゃんの頭上で、グリンが威嚇体制をとっている。

「・・・やれやれ、こればかりは、庇いようがありませんわ・・・」

肩をすくめるのは、遅れてやってきた牡丹だ。リオシャヴァージュやあんずちゃん、最初はシヤンも一緒に私を探していたはずが途中からシヤンが居なくなり、もしやだれかに攫われたのでは?!とパニックになったあんずちゃんが、無理やりグリンを呼び出したのだとか。

この国の巫女である証明の一つとして、国の旗にも描かれている守護獣は、本当はもっと後になってから現れ、リーリウムの大切なパートナーになる。

はず、だったのだが、まだ未熟なあんずちゃんの無理やりの召喚に応じてしまったむため、本当なら馬より大きなはずの体は子犬ほどしかない。

慌てて衣服を整えたけど、焦りすぎてボタンは互い違いになってしまっているし、リボンは完全に縦結び。くしゃくしゃになってしまった髪から牡丹が一つ、地面に植えられている芝を取ってくれたのを見て、首あたりから赤くなってしまう。

「愛し合っておられるお二人ですし?いずれはご結婚なされるのは承知しておりますわ」

あきれ顔のまま、牡丹は芝の上に腰を下ろして、これまた大げさなほど大きいため息をついてみせる。

「不敬を承知で申し上げますけれど、最初が野外というのは・・・たしかにロマンティックな場所ではありますけれどもね?」

正論過ぎて、ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。触れなくても、耳が、燃えそうなほど赤くなっているのがわかる。

・・・うん、はい、たしかに雰囲気に流されました。あんずちゃんたちの乱入がなかったら、間違いなく、その、最後までいっちゃってた、です、はい。

私ちょっとちょろすぎない?!でもさ、こんな感じだったら、だれだって流されちゃわない?!しかも相手はシヤンだよシヤン!相思相愛になっちゃったんだよ!!ぷ、ぷ、ぷ、ぷろぽーず、されちゃったんだよ!!!

湧き出してきた恥ずかしさに、ひぃぃ。と思わず顔を手で覆ってしまった私に、あんずちゃんが「気持ちはわかるけど、にやにやしなーーーいっ」とツッコミを入れてきた。

「いちゃいちゃするなとは申しません。お互いに、お気持ちは確かめ合ったようですし」

シヤンは正座させられていた。芝に直接。隣には、なぜかリオシャヴァージュも正座させられていた。なんでだ。

「で・す・が」

一音ずつ区切って、牡丹が座ったままの二人をねめつける。

「今、ロジエに子ができたらどうなさいますの」

「大切に育てる!」

「当たり前のことを威張っておっしゃらないで!」

ぐっとこぶしを握って目を輝かせたシヤンに、牡丹が恐ろしい形相で一喝した。

「お二人はまだ、婚約だけでございましょう!そんな状態で妊娠などになっては、シヤン様もですがロジエの、ひいてはオールラック侯爵家の名に傷が付きますわ!」

きょとんとした顔のリオシャヴァージュの隣で、先に気が付いたらしいシヤンの顔色がみるまに青くなっていった。

「殿下は気が付かれたご様子ですわね。そう、今ロジエが妊娠しても、父親がシヤン様だという確証がありませんのよ」

「兄上がそうだといっても?!なんで?!」

「この国の貴族にも、ルールというものがあるでしょう。婚約していたとしても、まだ正式に結婚したわけではない。そんな立場で妊娠となれば、まずオールラック侯爵家が『娘のしつけもできなかった』と馬鹿にされますわ」

たしかに、オールラックは貴族の中でも最上位に位置する。さらにいえば、お父様は宰相の地位・・・娘である私がシヤンと婚約し、やがて子を産めば、父は未来の王の外祖父となる。今はおとなしいとはいえ、そんなお父様を煙たく思う貴族がいるはずだ。

「シヤン様も「たった二年待てなかったのか」という評価は、そのままリオシャヴァージュ様の派閥のよき槍玉になりましょう」

兄弟はとても仲がよいけれど、二人の母親は、違う子爵家からそれぞれ嫁いできている。

少しだけ先に生まれたシヤンが王位を継ぐことになっているが、それはリオシャヴァージュの親族にあたるほうからしたら面白くはない話。

「婿養子としてシヤン様を臣籍降下をしようにも、ロジエの家はノワイエ様がいらっしゃる。一つの家に二つの主はいられません。元王族のシヤン様をはじくわけにはいきませんから、オールラックはシヤン様が引き継ぐとしましょう。では、ノワイエ様は?・・・どうなるか、お分かりになりますよね?」

「・・・すまない、浅慮ださった・・・つい、その、ロジエがかわいくて」

「自制なさってくださいませ。将来の国王が下半身の欲望に負けてどうするのですか」

「牡丹嬢が容赦ない・・・」

「なにを他人事のようにしてらっしゃいますの。リオシャヴァージュ様とて、リーリウム様との関係を自重してくたさいと申し上げていますのよ?」

「ふぁ?!」

シヤンに威嚇していたあんずちゃんは、思わぬ方向から飛んできたセリフに、あっという間に真っ赤になった。

「え、な、なんで、ちょ、ぼた、ぼたんさ」

「昨日、王宮の中庭の、大きなロリエの木の下で」

「ひゃああああ!!」

「『一生大切にするから、結婚してほしい』と」

「うわぁぁぁぁぁ!!」

「そのままお二人は、熱い口づけを」

「「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」

真っ赤になってのたうち回っている二人に、私はぽかんとしてしまう。あ、さっきのセリフ、リオシャヴァージュルートのやつだ。

ロリエグリン同様この国の旗に描かれている象徴の木で、王宮には建国からあるといわれる大きな大きなロリエの木がある。

王族がその下で誓った愛は、けして消えることも絶えることもなく、守護獣に祝福されるのたとか。

「近いうちに、ロリエの下で、誓ってもいいか・・・?」

こっそりと私の隣にやってきたシヤンにそっと耳打ちされ、私は今更どうしようもなく乱れ切った髪を撫でながらうんうんと首を縦に振った。

「とまぁ、そういうわけですので、限度と自制を・・・・・・保てますわよね?お二人とも?」

いつの間にか、牡丹の手には大きな扇が握られていた。この国でよく使われる華奢でしなやかなものではなく、みるからに痛そうな黒光りするものだ。

己の手にパシンと打ち当てて「にっこり」と微笑む牡丹に、王子二人の首は大きく縦に振られることになった。


「鉄扇といいますのよ。これはこれで便利なのです。ええ、とても」

扇の骨と呼ばれる支えと、本来は薄い布や紙が貼られている個所を、魔力を通した鉄にすることで、強度としなやかさ、さらには軽さも出しているらしい。

「鉄かと思うと軽いけど、扇としては重たいものですわね・・・」

牡丹のそれを持たせてもらい、開いたり閉じたり。おおう、スムーズ。

美しい彫りが入れられているそれは黒銀の艶を持っていて、たしかにこれは素晴らしいと唸ってしまうほど。

「よければ、お二人にもお造りいたしましょうか?」

「えっいいの?!」とはしゃいだのはあんずちゃんで、「わぁい、暗器だーー!」とグリンを抱えてぴょんぴょんしている。

王子二人はぎょっとした顔をしているけれど、シヤンはすぐにそれを借りると、閉じたままで勢いよく振り下ろした。

「なるほど・・・適度な重さと、強度。隠し持つにはちょうどいい。あと、これが伸びれば言うことはないんだが」

「伸びますわよ」

「なに?ならば俺の分も一つ用立ててくれないだろうか」

「あ、俺も俺も」

まって、牡丹?!なに王子二人に暗器渡そうとしているのよ!


場所を移動して、ここは王都にあるオールラック侯爵屋敷。つまりは私の家です。

あれから私の格好をどうにかしようと一計を案じ、あんずちゃんは勢いよく、牡丹はちょっと控えめに、芝の上をごろごろと転げまわった。

ちょっと草臥れてしまった格好で、王子を共に庭を出れば、周囲の好奇の視線が向けられる。

私の肩を抱きかかえ、シヤンが近くにいた衛兵を呼びつけ「賊が入った」と周囲の警戒と警備の強化を申し付ける。

私たち三人がいつも一緒にいることは知られているし、今日は四人が私を探していた事も、学園中が知っている。

それを逆手に取り、「三人を攫おうとしていた賊がいた」ことにしたのだ。

最初に侯爵令嬢の私が。その私を人質に、巫女であるリーリウムと花洛皇女の牡丹を。あわやという時にリーリウムの巫女の力が覚醒し、不完全ながらも守護獣を召喚。私たちを探していた王子たちも駆け付けたことで、賊は三人を置いて逃げていった・・・という筋書きだ。

実際、最近ちらほらと不審な人影が見られていたらしく、学園を警備していた近衛兵隊長は真っ青になっていたのだとか。

怪我こそなかったがおびえてしまったロジエが、今は寮に住んでいる二人を心配し、しばらくの間侯爵家に住まないか。という話にさらりと持っていくあたり、シヤンは頭が切れるなぁ・・・と、抱きしめられたままうっとり眺めてしまう私。

はい、ちょっと、いやめっちゃくちゃ舞い上がってます。すみません・・・。

屋敷には先に連絡が行っていたいたせいでメイドやアルトゥールにはとんでもなく心配されてしまったけど、大きな怪我もなかった事で一応は安心してくれた。

いや、一人絶対に安心してなさそうな相手には、本当のことを伝えたんだけど・・・。そう、アルトゥールには。

彼にはきっと、隠しておくより話をした方がいい。三人で話し合った時にも最初に名前が挙がったのは、実はシヤンではなくアルトゥールだった。この間の馬車の中であらかじめ、私が『見た夢』として、このメプルドについて話をしていたので、シヤンと気持ちを伝えあったことを話すととても喜んでくれた・・・まぁ、ちょっともシヤンを見る目が変な方向になった気はしたけれど。

今までは、本当に『興味ありません』な様子だったのに、今では『ロジエ様になにかしたら許さない』的な。

アルトゥール、大丈夫よね?闇落ちしたりしないわよね・・・?裏ルートまで全クリアしている牡丹いわく『今まで隠していたのを出すようになっただけ、通常運転よ』と言っていたけど・・・。

賊を捕まえるまで、学園は警備上の保安を確保できないとしてお休みになった。だからこそ、王子とまとめて四人をわが家にご招待したのだ。

ここなら、勉強もだけどダンスも作法も全部練習できる。なんならノワイエを巻き込んで、牡丹の分の相手も確保!ノワイエにも、少し早いけれどデビューに向けての練習にもなるし、なにより王子二人になついているノワイエにとって、二人かお泊りするというだけでずいぶんとはしゃいでいたのには、私も見ていてにこにこしちゃった。

さすがに私の寝室で寝かせるわけにはいかないからと、四人はそれぞれ客室に。ノワイエに照れながらも誘われて、王子二人は大きい部屋で一緒に寝るのだとか。

「今日は興奮して眠れないかもしれないわねぇ・・・」

ノワイエも、私も。

ベッドに入ったけれど、思い出してしまうのは、シヤンの手のひらの温度や、唇の感触。

夕食でスプーンが唇にあたる度に、ちょっとドキドキしてしまった・・・なんだか腫れぼったくなっている気がして。

ベランダに出て、少し夜風に当たれば気持ちも落ち着くかも。そっと鍵を開けて外に出れば、まさしくファンタジーの夜がそこには広がっていた。

星の瞬きは一緒なのに、見慣れた星座はどこにもない。真上にあるのは、大きく二重になった三日月と、半分の大きさの丸い月。

「・・・きれい・・・」

少しだけ滲んだように見える三日月は、シヤンの襟足の髪のように見える。

「いつか、一緒に見られたらいいなぁ」

なんてね。と肩をすくめた私の後ろから「今からでもいいか?」と声がかけられた。

「シヤン様!?」

「驚かせてごめん」

そういうと、彼は自分が肩にかけていた羽織をそっと私にかけてくれた。

「シヤン様が冷えてしまいます」

「俺は大丈夫。それに、ちょっとはかっこつけさせて」

返そうとした手を押し返されれば、受け取るしかない。お礼を言って袖を通すと、シヤンのつけている香水がごく薄く香ってきた。

「ノワイエとリオシャヴァージュ様は?」

「二人とも、ベッドに入るまで大はしゃぎで。布団にもぐった瞬間には爆睡だった」

くすくすと口元を押さえて笑うと、私より長い袖から、ふわりと心地よい香りがした。

「あらあら。・・・これ・・・この匂い」

「うん?」

「シヤン様の香ですね・・・良い匂い」

わが家に泊まるという知らせは、当然王宮にも出された。従僕数名が二人の身の回りの物や着替えを持ってきてくれていた中に、愛用している香水も入っていたのだろう。

袖口をくんくんと嗅いでいると、ふと、上が陰った。

見上げた其処には、うっすらと頬を染めたシヤン。ちょうどバルコニーの手すりに両手をついて、まるで私を閉じ込めるように。

「シヤン、様」

「様はいらない」

「・・・シヤン・・・」

「うん、ロジエ。そういうのはね、俺以外の前じゃしないで」

そういうの、って、服のにおいをかぐこと?

「シヤン以外ではしませんわ。でも、どうして?」

首を傾げた私に、シヤンはにっこりと微笑んだ。

「男はね、好きな女にそういう仕草されると、ドキドキするから」

「ど、どきどき、ですか」

「そ。男ってわりと即物的な生き物だから」

後ろには手すり。前にはシヤン。

「夜に、人気のないこんなところで」

ぴったりと私にくっついてきたシヤンの体は、羽織以上に暖かくて。

「薄着の女がいるっていうだけで、ものにできるって、勘違いしてしまうんだ」

そっと、手を伸ばして触れたシヤンの胸からは、私以上に早く脈打つ心臓の鼓動。

「ものに、してくださいますの?」

「もの扱いはしないけど、妻にはする」

シヤンが、シヤンがめっちゃ、デレです!これはデレデレのデレです!

端正な顔立ちが私に、そっと寄せられる。ゆっくりと瞬きする顔を見れば、彼がなにを求めてているのかすぐにわかってしまう。

ここは、いわば自宅で、屋敷は静まり返っているけれど、もちろんメイドや警備のものなど起きている気配は少しだけども感じられる。

「・・・今日の今日まで、こんなこと、する気配もなかったくせに」

あまりのデレに彼の鼻先に噛みついてみせれば、きょとんとした顔が一転して笑顔になった。

「結構我慢したんだよなぁ、俺」

「我慢?」

「ロジエに堂々と触れるまで、あと何年、あと何年・・・って。一回触れたら」

するりと、腰に両腕が回されて、私は彼と隙間なくくっついた。早く、それでいてバラバラだったお互いの心臓の音が重なっていくのが、とても不思議だ。

「こうやって、我慢できなくなるってわかってたから」

といっても我慢、するけど!ちゅ、とごく軽くだけ触れた唇で、シヤンは大きくため息をつく。

「さすがに無責任なことはできないし、ロジエにもしたくない。今まで我慢できたんだから、あと二年、がんば・・・がんばれるかなぁ」

「がんばってくださいませんと、わたくし、困りますわ」

がっくりと項垂れるシヤンの頭を撫でれば、そのまま甘えるように首筋に顔を埋めてくれる。

「どうして困るんだよ」

「だって、シヤンを愛していますもの。押されてしまえば、拒めませんわ」

ふぐぅ。と首元でシヤンが唸った声が聞こえた。

「そいういうの・・・!」

「あらあら、我慢してくださいませんの?」

「我慢するけど!もぅ、ロジエーーー、すきーーーっ」

ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるシヤンを抱き返せば、ふっと体が揺らいだ。

「シヤン?」

「えーと、ああ、もう、自制できない・・・ロジエがかわいすぎ・・・これなら、我慢とかしないで、もっと早くいちゃいちゃしていればよかった」

ごにょごにょと口の中で呟きながら、シヤンはさらに私から体を離そうとする。

「ロジエ、あの、誤解しないでほしい。嫌じゃない、できればもっとくっつきたい。んだけど・・・ええっと・・・その、男って、その、ほんと、即物的だから」

うろうろと視線をさ迷わせるシヤンの視線の行方をなんとなく追っていた私は、彼の下半身に気が付き・・・「あ、あの」とぎごちなく彼から離れた。

そう、よね。そうよね、健康的で、私たちは恋人同士で、ない胸だけど体のラインが丸見えの質がいいナイトドレスを着ている私と、おそらく同じ素材のナイトウェアを着ているシヤンと。

「・・・だめだ、このままだとほんと自制とか消える。うん、ロジエ。俺は部屋に戻るから!」

「は、はいっあの・・・え、シヤン、どこから来ましたの?」

たしか客間は私の部屋より下のはず。首を傾げた私に、シヤンは「この下から登ってきた」とこともなげに口にした。

「・・・お帰りの際には、落ちないように気を付けてくださいませ」

客室は二階。私の部屋は三階である。王太子のシヤンが宰相宅のベランダから転落とか、冗談でも恐ろしい。

「大丈夫。落ちたりしない」

じゃあ、と去っていこうとして、シヤンはふと振り返った。

「ロジエ」

「はい?」

手招きされて近づけば、手すりに腰かけたシヤンが両手を広げている。

さっきとは逆の位置で、私はシヤンの背中に両腕を回した。

「我慢されるのではなかったのですか?」

「我慢するから、おやすみのキスがほしい」

ね。と微笑む顔に、私が否というはずもない。

「シヤンは・・・思っていた以上に甘え上手ですわね」

「そりゃ、好きな子の前じゃかっこつけたいし。王子だから、王子らしくしておかないと、ロジエに振られるかもっておもってたから」

「今はもうよろしいの?」

くすくすと、私の腕の中に捕まえたまま、素敵な王子は月の光を浴びながら、とても素敵に微笑んだ。

「そんな情けないところも俺だから。そこも好きになってくれるとうれしいかな」

「どんなあなたでも、愛していますわ」

「俺も」

今日何度も交わしたはずなのに、まるで初めてのように。それは心が震えたキスだった。







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