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6.やんでれるーとはそうそうにつぶしときましょう

アンチュールの名前をアルトゥールに変更しました


一緒の昼食は、本当に楽しかった・・・っっっ!

屋敷に戻って、私はしみじみと今日の昼食の思い出をかみしめていた。

ロジエの記憶の中では、シヤンの顔を真正面から見るのは久しぶりだ。褐色の肌、切れ長の瞳は深い青、少しだけ癖がある髪は鉄錆色で、伸ばされている襟足あたりが強い銀色になっている。

乙女ゲームの主役クラスとしてはちょっとワイルドに寄ったビジュアルだが、幼いころは本当に「天使かな、天使だ!」と表現するにふさわしいかわいさで、これが第二章突入すると、年相応の落ち着きとロジエと別れた苦渋からか、なんともいえない色気の漂う影がこう・・・。

それに、リボン・・・!覚えていてくれた・・・!

わざわざ髪を手に取り「懐かしいな」と微笑んでくれたしシヤンは、本当にプライスレス・・・!浮かれすぎてしまって、その後の授業は何一つ耳に入ってこなかった気がする。

帰宅するころにはやっと落ち着いてきてて、慌ててアルトゥールにノワイエとのお茶のためのお菓子を頼んだけれど、よくできたこの従僕は、しっかりと朝のうちに注文していてくれたらしい。

屋敷の料理長ご自慢の小さな型抜きクッキーは、素朴だけど温かい美味しさで、ロジエの大好物だ。

味覚がにいているのか、ノワイエもぱっと目を輝かせていたから、そのことをアルトゥールも知っていたのかもしれないけれど。

「姉上?」

「あっな、なにかしら!」

「・・・やはり、僕とのお茶は、楽しくはなかったですよね・・・」

ああああああここにもてんしがいたぁぁぁぁぁ!

「そんなことはないわ、ノワイエ!」

立ち上がって、私は思い切り弟を抱きしめた。

「こんないい子のノワイエとお茶ができるなんて、わたくしはなんて恵まれているのかしらとおもってたの!」

「姉上」

「今日は一日、わたくしとの約束を守ってくれたと聞いています。本当に、ノワイエは良い子ですわ」

さらさらとした髪をなでると、白い頬がほんのりと薄いピンクに染まった。

ロジエと同じ金の髪だけど、鏝などで巻いてない分、さらさらと気持ちいい手触り。ついつい、延々と撫でてしまう。

「あ、あの」

「あらごめんなさい、ノワイエがかわいいから、つい」

慌てて謝れば、ノワイエのかわいい唇がわずかに尖った。

「やめてほしかったわけじゃなくて・・・」

「あら、そうなの?」

そのまま撫でるのを再開すれば、最初は照れくさそうに寄せられていた眉が徐々にほぐれていくのが見えた。

「・・・姉さまになでてもらうの、すきです」

「わたくしもよ、ノワイエ。来年からの学園が本当に楽しみ。あなたの義理の兄となるシヤン様も、義理の兄弟となられるリオシャヴァージュ様も一緒よ」

「シヤン様も、リオシャヴァージュ様も・・・」

体が弱い幼年期を過ごしたノワイエの憧れは、身長もぐんぐんと伸びてきてワイルドな雰囲気のシヤンと、その剣術は王国一と噂されるリオシャヴァージュ。

二人も、年より少し幼く見えるノワイエを、実の弟のように気にかけてくれている。

「僕も、早く学園に行きたいなぁ・・・魔術をしっかりと学んで、姉上やシヤン様のお役に立ちたい」

うっかりヤンデレルートに入ってしまうと、彼はこの学んだ知識とやらを総動員し、18禁どころか閲覧禁止のルートに突き進んでしまうのだ。むよくよく、気を付けておかないと。

気を付ける、でいえば。私は振り返り、控えていたアルトゥールに視線を送った。

「はい、お嬢様」

扉から出ていった彼が、すくに見慣れない子どもを一人連れてくる。

「以前から、そろそろノワイエにも、従僕をつけなくてはとおもっていたの」

「ノワイエ様、こちらは私の親戚にあたるもので、カルルと申します。よければ、おそばにおいてやってください」

「僕に・・・?いいの?」

「もちろんですわ。これから学園に入るまで。いいえ、お前が生きていく限り、カルルがお前を助けてくれます」

「精一杯、お仕えさせていただきます」

頭を下げる姿は小柄だけれど、実はアルトゥールと同じ年で私の三つ上にあたる。穏やかで子犬のような顔立ちは血がつながっているという彼と一緒の麦穂の色で彩られている。

これも、昨日のうちに牡丹とあんずちゃんと話し合った一つ。ノワイエには、彼を気遣い、支えていく人間が必要だ。

周囲から甘やかされていた分、ノワイエは、彼だけを見守って時には叱ってくれる人がいない。結果、ロジエという重しがなくなった彼はその心が赴くまま、件の18禁ルートに突入していくのだ。

私には幼いころからアルトゥールがついていてくれたけれど、そんな存在を彼も欲していたのだ。とは、ゲーム公式のアナウンスから。

「よろしく・・・カルル」

「はい、ぼっちゃま」

「ノワイエでいい」

「はい、ノワイエ様」

カルルは身のこなしも軽いし、短刀の名手であるという。それに、彼は薬学にとても精通しているのだとか。これで入学までのノワイエの体調も管理してもらえる。

私はお医者様じゃないし、この世界はどちらかといえば魔術が廃れつつあり、かといって化学は起きていない中途半端な環境。

人が死ぬ理由が、老衰より病気が、病気より呪いが、呪いより魔物に襲われることが多い、ちょっと片寄った世界。

いつになく嬉しそうな弟に、私は胸を撫でおろしながら、彼の髪を撫でるのだった。



最終局面は、もちろん一章ラストのダンスパーティ。その前に、シヤンともっと打ち解けて、あんずちゃんとリオシャヴァージュのルートを確定して。

ベッドの上で指折り数えていると、「お茶です」と気が付く従僕がカップを差し出してくれた。

「あら、いい香り・・・」

「カルルおススメのお茶です。体の疲れをとって、よく眠れるのだとか。お気に召されたのなら、買い付けに行きますよ」

「ほんと、いい香り・・・ん、おいしい」

すっきりとした口当たりの紅茶は、なにかのハーブなのか、さわやかな香りが品よく漂ってくる。

「ねぇ、アルトゥール」

「はい」

「わたくしはね、王家に嫁ぐ身として、婚約が決まってから今までずっと・・・いつかはいなくなる。そんなわたくしだから、家族との別れが寂しくならないように、最初から、できる限り関係を持たない方がいいって、そう思って過ごしてきたわ」

「はい」

しんと静まり返っているのは、夜もずいぶんと遅い時間だから。お父様は今日も帰りが遅いし、お母様のことはわからない。ゲームでも、ノワイエのことを心配している描写はあったけれど、ロジエについてはなにもなかった。もっとも、そこまで設定はされていなかっただけかもしれなないけれど・・・お父様もお母様も、今は、生きている人間だ。

「だから、ノワイエとも・・・もちろん、体のことは心配していたけれど、それでも、いつかはかかわりがなくなることだから、って・・・目をそらしていたのかもしれない」

ふぅ。と息を吐き、お茶を飲む。のど越しはすっきりしていて、乾いていた気持ちにしみこむようだ。

「でもね、湖で溺れて・・・ふと、おもった。このまま、なにもせずにいていいのかって。ノワイエにも、お父様にもお母様にも・・・シヤン様にも」

アルトゥールは、実の父親の伝手を使い、いろいろなところから情報収集をしている。この時点では、ロジエはそのことを知らないけれど、『惣領由紀子』は知っている。

だから、確信をもって、話す。きっと彼は、学園の中に広がっている噂も知っていて、なにかしら手を打とうとしていたのではないか。と。

まさかシヤンがリーリウムに入れ込んでいるという話は合っても、婚約破棄をするとは思っていなかったのだろう。

噂は、もっと早くに止めることができた。きっと。それをしなかった結果として、彼のせいではないけれど、ロジエは大瀑布に身を投げた。

重く責任を感じて、彼は義賊ロジウムと名乗り、リーリウムを苛めロジエの噂をばらまいた相手の家を襲っていくのだ。

アルトゥールルートをクリアした牡丹は「そんだけ、彼はロジエが好きだったんだねぇ・・・」と言っていたっけ。

気持ちには答えられないし、アルトゥールの性格からして、シヤンと私の仲を割いてまでどうにかなりたい。というのもないんだろう。

けれど、実の父親が闇社会に身を置いていたとして、その情報網を使うことは悪いことではないと私は思う。まして、それを恥じることなんかない。

彼はずっと、私を守ってくれて、これからもそうであってほしいから。

「カルルには、わたくしにとって、アルトゥールのような存在になってほしいの」

「俺のような、ですか?」

「ええ。なにがあっても絶対に助けてくれる、信頼できる人」

「ロジエ様には、シヤン様が・・・」

「そうね、シヤン様はきっと、なにがあっても、わたくしを守ってくださるわ・・・でも、彼はいつか、この国の王になられるお方。彼が優先すべきは国の民よ」

民を捨てる王は、いずれ民に捨てられる。それじゃあダメなんだ。彼は、彼には・・・。

「王となられるお方なのだから・・・わたくしは、そんなシヤン様を、傍で支えていきたいとおもっているの。だからね、アルトゥール」

傍に立つ彼の手をそっと握って、私は一つの約束をとりつけた。

「わたくしのそばにいて。ね?」

「・・・はい、ロジエ様。この命に代えてでも」




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