5.まずはちょっとしたざまぁなど
授業内容は、それぞれの立場もあって多岐に及ぶ。システムとしては、大学の単位取得型に近い。
座学は、この国の歴史や文化、それぞれの特産品。日本でいう社会科目のようなもの。
それに、ファンタジーゲームなだけあって、ちゃんと魔法学科もあるけれど、そちらは、適性がないと教えてもらえない。
他には、ダンスなどの教養。これは、婚約者がいる人はたいてい必須科目としてとっている。
あとは割合、ゆるい感じ。学園のあちこちでお茶会をするのも(片付けは義務として課せられているが)容認されている。
お昼を一緒に取ろうとそろって歩いていると、どこぞの令嬢方がきゃあきゃあとはしゃいでいる声が聞こえてきた。
話している内容は、その声の大きさからよく聞こえる。どうやら、新しく編入してきた牡丹についてのようだ。
「ご覧になりました?あの肌の色」
「ええ、まるでポミエのような髪!」
「それに、シトロニエのような肌!」
「「みっともないったら!!」」
揃った声に、さざめきのよな笑い声が追従する。
ここでいうボミエとは、日本でいうリンゴそのものの果実。シトロニエはレモンだ。
どちらかといえば西洋寄りのビジュアルだとはおもっていたけれど、思った以上の見かけからの差別発言に、おもわず足が止まる。
聞こえていたのだろうあんずちゃんが、牡丹の手を引っ張って柱の後ろに隠れた。
少し向こうの木陰で集まって話しているのは、それぞれ、それなりの地位の貴族のご令嬢方。
制服が一応着用義務となっている学園内で、どこに売っているのと言いたくなるような豪華なドレスを身にまとい、夜会でもないのに扇を手に持っているのが見える。
おかしいな、彼女たちは私たちと同じ学年のはず・・・さては、座学に参加しなかったな。
まぁいいんだけど。たしかほとんどが、学園卒業後結婚して、家庭に入る顔ぶればかり。
必要なんだけどなぁ、座学・・・。
メプルドには、夜会とお茶会のイベントが発生する。その時に世間の事やら旦那の話やら、思い切りネタとして振られてくるのだ。
最低限のことくらいは覚えておかないと、その後の自分の地位やらストーリーに大きく関わってくることがあり、本当に気が抜けない。
選択肢が出てくるパターンと、こちらから話しかけに行くパターン。選択肢に至っては、最大36個も出てくる。
というわけで、どこの爵位にいるのがどんな人間なのかは、ロジエの基本知識の中にも、由紀子のゲーム知識の中にもばっちりだ。
むろん、この知識は学園編が終わるまで・・・。ロジエの身の振り方ひとつで変わっていってしまうんだけれど。
そして、本来いるはずのない牡丹の存在に、すでに変化が出てきている。
お嬢様たちはきゃあきゃあと、それはそれは楽しそうに、牡丹の容姿をけなしていっていた。
おもわず、といった様子でこぶしを握るあんずちゃんを、牡丹がそっと押しとどめているのが見えた。
私の方にもそっと視線を向けてくる・・・うん、わかってる。ここでロジエが出て行っても、話は盛り上がってしまうだけだし、その盛り上がりに加担しろといわれるに決まっている。
でも、このままっていうのも・・・。と、少し離れた廊下を、見知った相手が歩いているのが見えた。
あれは・・・リオシャヴァージュ・・・ということは、近くには、シヤンがいるはず!
視線に気が付いたあんずちゃんが、はっとした顔をして大きく一つ頷いた。
そーっと私の後ろくらいまで後ずさると、さも急いでいる様子で走り出す。それを見ながら、私は牡丹を手招きすると、近くの教室にそっと入った。
「噂をすれば、ほら、ネズミが走っていますわ」
「ああ汚らわしい」
制服は、落ち着いたダークグレーがベースになっている。毎日ドレスを用意できない貧乏貴族の子は、必然的にそれを身に着けている。
当然だがあまり裕福ではないし、気にしていなかったリーリウムもその制服を着ている。
「ちょっと、そこのネズミ」
「・・・えっ、わたし、ですか?」
「決まっているでしょう。この学園でネズミといえば、あなたたちの事ですもの」
くすくくす、くすくす。いやな笑いが追従する。
「・・・あら、嫌な目つきね。そんな顔で、いつもロジエ様を睨んでいると聞きましたわよ」
「ええ、ロジエ様も大変に困っていらっしゃるようで」
「それに、最近はシヤン様にもリオシャヴァージュ様にも、なれなれしいですわ」
「ええ、ええ、ロジエ様からもお話がありましたわ。あんなネズミはいなくなってしまえばいいって」
うふふ。くすくす。
悪意の笑い声に、ぎゅっと牡丹がこぶしを握る。
「ねぇ、殴ってきていいかな」
「気持ちはわかりますけれど、どうせならちゃんと、ざまぁして差し上げませんと」
彼女たちの話の持っていく方向はわかっている。相手を落としてけなして、『ロジエ』という権力の笠をかぶって、相手を見下したくてたまらない。さらにいえば、『ロジエ』の足を引っ張れるものなら引っ張りたい。
なにしろ、この国の次の王の、正妃。あわよくば、それを引きずり降ろして・・・揃って王宮に居座りたい。
たしかに王子への思慕はあるのはわかるけれど、それ以上に透けて見える、王妃という地位と贅沢できるという欲望。
お嬢様たちの話は、そろそろ佳境に入っている。そっと部屋を大回りし、私はわさせとリオシャヴァージュ王子の視界に入るように廊下側を、逆側からあんずちゃんの方へと向かって歩き出した。
「ああ、そうそう。ネズミさん。ここを片付けておいて」
「残飯あさりはお得意でしょう?」
「できるわよね。じゃあ、お願いするわ」
立ち上がった彼女たちが笑いさざめきながら、廊下へとくるタイミングで、私は牡丹と一緒に庭へと登場して見せた。
「あら、リーリウム様」
「あ・・・ロジエ様」
あんずちゃんの声に、去っていこうとしたお嬢様たちがぴたりと固まった。
そりゃそうだろう、さっきまで貶していた内容の一つ・・・この学園指定の制服を、私も着用しているから。まさか侯爵令嬢でありこの国の宰相の娘に向かって、ネズミのようですねなんていえるはずもないし、そんな例えをしていたことを聞かれただけでも大ごとになる。
少し離れた周囲にいた貴族の子息や令嬢たちが、こちらを見るともなしに遠巻きにしているのがわかった。
「どうかされましたの?一緒にお昼を戴く約束をしていたのに」
「あ、えっと」
茶器に手をかけようかどうしようか、といった姿勢のまま、あんずちゃんがしどろもどろになる。
「・・・それは、あなたのかしら?」
「えっちがいます」
「・・・ここで、お茶を飲んでらした方たちは、どこにいかれたのかしら?」
私の言葉に、周囲の空気が、一瞬で冷えた。
「その」
「お茶会は暗黙の了解ですけれども、それはあくまで片付けまで含めてのこと。テーブルどころかカップ一つ片づけられない方が同じ学園にいるなんて・・・嘆かわしい。こんな様を、花洛の方にお見せすることになるなんて・・・わたくし、同じ学園に通う者として本当に恥ずかしいわ」
よよよ、と大げさなほど顔を覆って嘆けば、ロジエの姿の儚さと相まって、本当に痛々しい感じになる。
「そんな、ロジエ様・・・」
「ごめんなさい、リーリウム様。片付けてくださろうとしたのね」
正確には「片付け」を「押し付けられた」のは知っていてるが、そういえば周囲も否やは言えない。
「わたくしもお手伝いいたします」
「そんな!これくらい私ひとりで大丈夫です!」
「あら、わたくしもいます。テーブルはともかく、椅子くらいならば三人で頑張れば、ね」
後ろから牡丹が顔を出し微笑めば、あんずちゃん・・・リーリウムはぱぁっと顔を輝かせた。
「どうかしたのか?」
よしよし!タイミング、ばっちり!
「リオシャヴァージュ様」
礼を取れば、おそらくロジエとリーリウムが一緒にいることに驚いたのか、慌てて駆け寄ってきた。
「なにかあったのか?」
「その、どなたかが、お茶会後を片付けし忘れてしまったようで。リーリウム様が気が付いて片付けてくださろうとしていたので、わたくしも、牡丹様と一緒に片付けようかと」
「・・・この茶会を開いたものは、学園の規律を知らないのかな?」
「さぁ、どなたかは知りませんの。リーリウム様はご存知?」
「い、いえ、私はなにも・・・」
去るにされずに固まっていた御令嬢方が、あんずちゃんの言葉に、ほっとした表情を浮かべるお嬢様たち。
影になっている彼女たちに気が付いたのはリオシャヴァージュで、彼の眼はそのまま、お茶会の後が残されていたテーブルに移動した。
「白磁の、これはガッビャの茶器か」
ガッビャは東の領地特産の茶器だ。特産なだけあって、当然高い。それをカップとセットで、となると、もっと高い。
さらにいえば、茶器にもカップにもソーサーにも、なんなら軽食が乗っていたお皿にもすべて、とある貴族の家紋ががっつりと入っている。
「そういえば、ロジエ嬢」
その一つを手に取り、丁寧に眺めながら、リオシャヴァージュは口を開いた。
「東の、ムエット子爵の方と親しいのかな?」
「同じクラスですが、そこまでは・・・お茶会にも招かれたことはありませんし」
それがなにか・・・?と首をかしげてみせれば、もう一人いいタイミングでやってきた。
「リオン」
「兄上」
「これは?」
「お茶会を片付けなかった愚か者がいたようですよ。リーリウム嬢とロジエ嬢と・・・そういえば、お名前は?」
「ご挨拶が遅れました。花洛帝国から参りました、牡丹と申します」
二人とも、会っていなくても話は聞いていたのだろう。ああ。という顔をするとそれぞれに礼をする。
「俺はシヤン。シヤン・ドウ・クロヌシャッス。こっちは弟のリオシャヴァージュ」
「まぁ、王太子様と弟君」
「そんなに格式張らなくていい。俺も学園内では自由にしていたい」
礼を取る牡丹に肩をすくめ、シヤンはふと、私とリーリウムを見比べた。対外的に仲が悪いといわれている私たちが一緒にいることに疑問を感じたらしい。
「どうして一緒に・・・?」
「お昼を、リーリウム様と牡丹様と一緒にと約束していましたの。そこに向かう途中で、これを見つけてしまって・・・」
視線の先には、もう乾きつつある茶器と食器が燦燦と輝く日の光の下でさらされている。
ふむ。と頷き、シヤンは傍に控えてた従僕に「これを片付けて、昼食の用意を」と指示を出した。
茶器が置かれているテーブルや使われた椅子は、この学園内のあちこちに用意されているもので、片付けさえすれば、だれが使ってもいいことになっている。
「その、久しぶりに昼食を一緒に、とおもったんだが・・・よければ、牡丹嬢とリーリウム嬢も、一緒に」
「まぁ・・・うれしい。ぜひご一緒させてください」
「椅子はちょうど五つあるね。僕も一緒にいいかな?」
「もちろんですわ、リオシャヴァージュ様」
向こう側で、あんずちゃんの目がぱああっと輝いた。
従僕に「この茶器を、元の主のもとに返しておけ。もちろん、きれいに染み一つないよう磨き上げてからな」と指示を出す様子に、牡丹だけが気が付き、薄く、一瞬だけ、唇の端を釣り上げた。
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