4.ふらぐはへしおっていくすたいる
「さて、具体的な時間はあと半年?」
「ですね。入学した年の終わりのダンスパーティで」
「『私』は婚約破棄をされる」
ここまでは共通。リーリウムが頑張ってくれていたおかげで、シヤンとの好感度は低めに見えるらしい。
リオシャヴァージュとの好感度をひたすら上げれるよう、ありとあらゆるフラグは立てまくっているというのだから、さすがやりこみユーザーは違う・・・と牡丹がちょっと遠い目をしていた。
さて、ストーリーを整理しよう。
まず大前提としても婚約破棄を回避する。次に、リーリウムとリオン王子とのルートの確定。最後にラスボスの確認だ。
家に「今日は寮の友達の家に泊まる」と連絡を入れると、ハチの巣をつついたかのような騒ぎになったと、家令のアンチュールがため息と一緒に教えてくれた。
彼は私の乳兄弟で、年は一緒。麦の穂のような髪と目をしていて、おだやかな微笑みをいつも浮かべているイケメンだ。
私のメイドや侍女に指示を出したり、身の回りの世話をしてくれる存在でもある。
そして知らなかったのだが、アルトゥールのルートもある、らしい。
私が連れ去られた(大げさだ)という話を聞いて、とりあえず着替えをもってきてくれた彼の顔を見た牡丹が膝から崩れ落ちていた。
着替えと、夕食だという豪華な料理を持ってきてくれた彼を見送って、私は、隅っこでがくがくと震えているあんずちゃんの肩を抱きしめる。
「アルトゥール、どうにかなっちゃうの?」
「・・・ほら、二章の後あたりに「義賊ロジウム」の噂。聞いてない?」
こっちはもう平然とした様子の牡丹。持ってきてもらった料理をつまみ食いしながら肩をすくめている。
「えーと、なんか貴族の屋敷にだけ入っては貴金属を盗む、みたいな・・・」
額に手を当て思い出した私に、牡丹が「それそれ。そのロジウムがアルトゥール」と教えてくれた。
「うそっ!予告とかして、なんかすごい恥ずかしいきざったらしい手紙置いていくやつでしょたしか!」
両手を頬に当てて叫んだ私に、牡丹が「そんな甘いもんじゃないよぉ」とにんまり笑った。
「ロジエが断罪された後、彼女を慕っていたアルトゥールも屋敷から消えるの。彼の父親は王国の裏社会を仕切っていた男でね、その伝手を使ってロジエの行方を追いながらあちこち盗みに入ってるんだけど、まあ、彼の場合は復讐も兼ねてるから」
「復讐・・・まさか相手って」
「そ。リーリウムを苛めてた貴族のやつら。ロジエ追放の原因でもあるわね」
お茶をこくこくと飲み干して、牡丹は大きくため息をつく。
「いろいろやらかしてた悪事とかも暴いていくんだけれど、自暴自棄だから危なっかしいのよねぇ・・・ちょっと間違うと、シヤン毒殺するから」
幼いころから一緒にいたけれど、そんなに・・・。いや、なんか思いだしたらあったわね、そんな雰囲気。
ロジエ至上主義で、使える主として慕ってくれているのはうれしいけれど・・・毒殺はちょっと。
「ちなみに、アルトゥールルートは冬イベント限定でした。ノワイエと並んで「激やば」指定がされてます。内容、聞く?」
「えっ」
「ヒロインは、ロジエ追放の原因だもん・・・ほら、ねぇ」
「あ、ああ、うん。そうね遠慮しとく。ね、あんずちゃん」
「あ゛あ゛あ゛そうだ、わたしみてないけどたしかあるとぅるくんリョナ案件!!!!!」
頭を抱えたあんずちゃんは、必死の形相で私の手をしっかりと握ってきた。
「絶対に!追放エンド回避です!ね!」
「そっそうね!」
明日は学園も休息日。お休みだからこそ、こんなにだらだらとしていられるんだけれど。
持ってきてもらった部屋着のワンピースに着替え、万年筆と髪を持ったあんずちゃん、牡丹と一緒に、ベッドの上に集合する。
どうしてだか、この部屋のベッドはほかの部屋のものより大きい。私たち三人が寝転んでもまだ余裕があるくらい。
どこから持ってきたのか、かかっているシーツや使われている木材もいいものだ。
「ほら、ルートによってはここで王子といちゃいちゃすることになるから。乙女ゲームとしては、あんなりしょぼいのも醒めちゃうでしょ?」
「牡丹さん!」
ぱああっと首から赤くなったあんずちゃん。ははーん。さては、18禁まではいかなくても、そういういちゃいちゃルートをご覧になったことがあるんだな(にやにや)。
「あ、ちなみにリーリウムとシヤンルートではそういういちゃいちゃはないから安心して。王妃にするっていったけど、結局婚約もしてないしね」
「そうそう。あまり強引に進めると、「薔薇が・・・ないんだ・・・」って呟く廃人になっちゃうんです」
そこまでなるなら、なんで婚約破棄したんんだシヤン様・・・。
翌日の昼には屋敷に帰った私は、週が明けた今日、いつになく気合を入れて身支度を整えた。
金色の髪はウェーブがかかっていて、乾いた日にはふんわりと広がってしまう。それが気になっていつも鏝できつく巻いていたのだが、髪も痛むしやめることに。
ちょっとつり目なのを気にして濃く引いていたラインも、やや下の方に。
社会人としてそれなりにメイクはしてきたれど、あくまで『社会に適応させられてきた』だけのメイクだ。そういったことにも詳しい牡丹のアドバイス通り、一人で仕上げてみれば、鏡の中には妖精かと見まがうほど儚い美少女がこちらを向いて座っていた。
はぁんかわいい。
思わずデレデレとした顔になってしまい、あわててそれを引き締める。
長く腰まである髪は、ふんわりと編み込みする。おさげだけどあちこちに青いリボンを入れ込んでいき、最後は白い刺繍の入った大きめのもので止める。
このリボンは、シヤンが幼いころにくれた花束につけられていたもの。今まで大切にとっていたけれど、それじゃもったいないし、ね。
まぁシヤンは覚えていないだろうけれど・・・。
ちょっとだけため息をつくと、傍にいたアルトゥールが首をかしげる。
「ロジエ様、なにかございましたか?」
「いいえ、大丈夫よ。ただ、このリボンの事を、シヤン様が覚えていたらなって・・・そろそろ出るわ。準備をお願い」
「馬車はもうご用意してあります」
「ありがとう」
微笑めば、アルトゥールが固まった。
「・・・お熱でも?」
「いたって元気よ?どうして?」
「あ、いえ・・・申し訳ありません」
頭を下げるけれど、きっと内心『なにがあったか』を考えている事だろう。
今までは、家族でも家令でも、あまり関わろうとしなかったロジエ。
まずは身近な人間から。
部屋を出て廊下を進めば、珍しく弟のノワイエがそこにいた。
「姉上。今から学園に行かれるのですか?」
「ええ。そうだわ、来年は一緒にいけるようになるのね。楽しみだわ」
ノワイエは、宰相として王に仕えている父より、かつては伯爵令嬢として夜会で『月の女神』と言われていたほど凛とした美貌の母によく似ている。私と一緒なのは金色の髪と、オールラック家によく出る、『オールラックの湖』といわれる青い独特の瞳。
幼いころはよく咳の発作が出ていて、あまり屋外で動くことはなかった。その所為か、騎士みたいな体を動かすほうより、学者や魔法について勉強していることが多い。
日に焼けないせいで私より白く見える肌は、今日はいつもより青ざめている気がする。ふと気になってそっと手を伸ばせば、弟の頬は驚くほど冷たくなっていた。
「大変!こんなに冷えて・・・だれか!ノワイエの様子が・・・!」
私の声に、アンチュールが慌てて駆け寄ってくる。
「ノワイエのヴァレットや侍女は・・・いいえ、アルトゥール、お医者様を呼んで!」
「姉上、僕はそんな」
「いいえ、体が冷えては、また咳の発作がでてしまうわ!」
彼が幼いころに患っていたのは、おそらくだけど喘息のようなものだろう。そしてこの時期、例年になく冷たい雨が数日降り始める。
もう夏だというのに急激に下がってしまった気温のせいで、気管支が弱い彼は体調を崩して療養することになり、学園に入るのが半年ほど遅れてしまう。
学園に入学する時には、貴族社会でのデビュー。いわゆるデビュタントが控えているけれど、彼はそれにもでれず、学園内で孤立してしまうのだ。
物静かだけど、いい子なんだよノワイエは!ただ、姉は国外追放、それもあって友達ができず、そのまま優しくしてくれたリーリウムに固執しちゃってアレなルートに入っちゃう可能性があるだけで!
というわけで、まずはフラグをへしおってみせる!
「今朝は夏とは思えないほど冷えていたし、明日からは冷たい雨が降るらしいの。できれば暖かいお部屋で、気を付けて過ごしてほしいのよ」
「姉上、僕はもう治りました」
唇を尖らせる様子も愛らしいけれど、私は医者じゃないし、ここには科学で作られた喘息の薬はない。
「お願い・・・」
そっと両手で彼の頬を挟めば、指先にまでその冷えが伝わってくる。
「あなたも大きくなって丈夫になってきたけれど、もう少しだけ、わたくしの言うとおりにしていてちょうだい・・・?」
ノワイエは、けして姉が嫌いなのではない。むしろ好きだったからこそ、ロジエが居なくなった後、気持ちの持っていく場所がなくなってしまった。この姉弟は、互いの距離がありすぎて、どう接したらいいかわからないだけ。
ロジエではない。私。『惣領由紀子』としての『私』なら、多少わざとらしくても、コミュニケーションをとることはできる、はず。
「来年、せめてデビュタントが終わって学園に入るまでは・・・ね?」
そういって小首をかしげれば、ノワイエは少しだけ困ったように眉を寄せ、ややあって小さく頷いた。
「わかりました・・・雨が降るのですね、姉上」
「ええ。絶対に。どれだけ晴れていても、屋敷から離れた場所にはいかないで。雨にあたってしまうから」
屋敷の近くには、侯爵家の庭という名の大きな森がある。そこに虫や草を見に行ったりするのが好きなのは知っているからこそ、改めてくぎを刺す。
「わかりました・・・そのかわり、お願いを一つ聞いてください」
「なぁに?」
「あの、今度、その・・・姉上と、お茶が。飲みたくて・・・」
はあぁぁぁんっ!かわいいいいいいいっ。
叫ばなかった私、がんばった。恥ずかしそうにうつむいていたノワイエが顔を上げるより先に、顔をきりっと引き締める。
あああ、でもちょっとにやけちゃうううう。かわりに、精一杯の優しい微笑みを返す。
「もちろんよ。それくらい、いつでも言って?ああ、よければ今日、学園から帰って来たらどうかしら」
「ほ、本当ですか?!」
「ええ。夕食前だから、お菓子は少し控えめにね?」
「はいっ!」
そうして嬉しそうに玄関まで来て手を振ってくれる弟に見送られながら馬車に乗りこめば、アンチュールからの視線が突き刺さってきた。
「お嬢様・・・なにか、あったのですか?」
「なにかって」
「俺にも言えないことが」
「言えない、ことではないんだけれど・・・そうね。頼みたいことがあるの」
ここから学園まで、ちょっとしかないけれど、手短に話すにはぴったり。それにここには『ほかの目』も『耳』もない。
家を出た時には晴れ渡っていたのに、風は首をすくめてしまうほど冷たい。
と、よくできた従僕のアルトゥールが、持っていた籠の名から薄手の羽織物を差し出してくれた。
「ロジエ様。俺は一度屋敷に帰って手はずを整えてまいります」
「ええ。ノワイエのこと、よろしく頼むわね」
学園に入ってしまえば、よほどのことがない限り従僕などはつけない。学園内はいたって平等であり、貴族であろうと王家の人間であろうと、自分のことは自分でやらなくてはいけないからだ。
屋敷で上げ膳据え膳していても、ここでは勉学に励み体を動かし、令嬢であってもそれなりの護身術を習得すべきだとなっている。
ただ、実際のところはそんなことをせず学園内でメイドを従えお茶会を開く人間もいるわけで。ロジエの自称取り巻きも、そんなメンバーの一人だった気がする。
大きな、解放された大理石の門。日本人の感覚としては、地震来ないからいいけど倒れたら怖いわよね。という感想だ。
記憶は混ざって、気持ちは、どうなってしまったのかわからないけれど・・・今の私は『惣領由紀子』の知識と経験を持った『ロジエ・エクレール・オールラック』。
顔を上げ、背筋を伸ばす。ゆっくりと進めば、石畳がステップするように軽やかな音を立てた。
「あ、おはようございます!ロジエ様!」
駆け寄ってきたのは、私と同じ制服を身に着けたリーリウムことあんずちゃん。
周囲か少しざわめくが、それはあえて無視。
「ごきげんよう、リーリウム様。先日は本当にありがとうございました」
頭を下げれば、ざわざわがさらに大きくなる。
「いえいえ、ほんとに偶然で!でもよかったです、大ごとにならなくって」
ぱぁっと、リーリウムが笑えばその場が輝くよう。それに「ふふふっ」と笑って返せば、入り口にいた一人から声をかけられた。
「失礼。この学園の生徒の方でしょうか」
「はい。あの」
同じ制服を着ているが、少しだけスタイルが違・・・まってめっちゃスタイルいいな!おっぱい、おっぱいある。おおきい!めっちゃふわふわそう・・・!
「わたくし、花洛皇国の牡丹と申します。今日から、こちらでお世話になることになりましたの」
「まぁ、花洛とはいえば、あの大瀑布の向こうにある神秘の国・・・!ああ、失礼いたしました。わたくし、ロジエ・エクレール・オールラックと申します」
優雅に足をクロスして、一方を後ろに。スカートはわずかに指先で摘まんで。そのまま腰を落とせば、優雅な礼のお手本の完成だ。
「オールラック・・・もしかして、この国の宰相様の?」
「父をご存知なのてすか?」
「ええ。この国に留学すると決まったときに、国王陛下に拝謁させていただきましたわ。エクレール様、よければお友達になってくださる?」
「もちろんですわ。ぜひ、ロジエとお呼びになって。ああ、リーリウム様こちらに」
私同様に優雅な礼をしたあんずちゃんの腕を取り、私は柔らかく微笑みを浮かべた。
「リーリウム・ムスゴと申します」
「もしかして、巫女姫の再来と言われているお方かしら?顔をお上げになって」
そっとあんずちゃんの手を取り、牡丹はふんわりとした笑みを浮かべた。
「リーリウム様は学園の寮に入られているとお伺いいたしましたわ。わたくしも、寮で過ごすことになっていますの。その、よければ仲良くしてくださいませ」
「もちろんです、牡丹様!私はしがない男爵の娘ですから、そんな様などつけず、リーリウムとお呼びください」
「あら、それならわたしくも、ロジエと呼んでくださいませね、リーリウム様」
「ええっそ、そんな・・・!」
「うふふ、リーリウム様は、わたくしの命の恩人なのですよ。あら、もうこんな時間、よければ校舎までご一緒いたしません?」
「ぜひ!わたくし、編入入学となりましたからとても心細くて・・・でも、お二人のように優しい方々と友達になれてうれしいですわ」
「私もです、牡丹様、ロジエ様!」
と、三人そろってキャッキャウフフしながら校舎に入り、それぞれ顔を見合わせ内心ガッツポーズ。
むちゃくちゃ強引ではあったが、これで三人一緒にいる理由はできたぞ!
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