3.さんにんよればもんじゅのちえ
「ワタシは牡丹。花洛皇国の第一皇女。ノックしたけど返事ないし、中見たら、なんか聞き覚えのあるストーリーで盛り上がってるし?」
艶のある、絹肌っていうのかな。名前の通りに牡丹の花のような真っ赤な髪をお団子に結っている彼女は、同じく赤い瞳を猫のようにに眇めさせた。
「花洛・・・大瀑布のさらに向こう、果ての崖のまだ向こうにある・・・?」
「そう、来週からこの学園に編入するから、ちょっと早く寮の準備に来たの。ちなみに部屋は隣ね」
仕切り直しのように冷えたお茶を入れなおしてくれた牡丹もまた、転生者だった。
「そんなことってある?三人もなんて・・・」
「異世界・・・私たちのいた世界とはなんか繋がりやすい?らしくって、たまに迷い込んじゃう人がいるらしいのよね。でも、本当に数は少ないし、一方通行でこっちからあっちには行けない。そうやってこっちに来た人たちがもたらした知識とか技術で、国が栄えたり滅んだりみたいよ」
花洛皇国は女系の帝が立つ国で、その歴史はこの世界の中で一番古いといわれている。
あんずちゃんが私の傷を癒してくれた術・・・魔法とは別に、人ならざる生き物を召喚して使役するのだとか。
長く鎖国状態だったけれど、牡丹の代でずっと冷戦状態だった隣のレーヴェ帝国とまぁいろいろあって合併することになり、第一皇女の牡丹は世間を知るためにこの学園に編入することになったとか。
「22歳でうっかり事故で死んだんだけど、目が覚めたら赤ちゃんだし皇女だし、隣と冷戦に魔物発生で一年中灼熱なせいで国はかつかつだしで、ほんとまいっちゃったわよぉ」
とはいえ、そのまま国が亡びるのを見ていられず、いろいろと画策した結果、レーヴェ第一王子との結婚をもって戦争の終結及び両国の合併へと至ったのだとか。
「もともと同じ国だったのに、いさかいを起こさせられて国を割られたのよ。本当はずっと元に戻りたかったし、国境付近の村じゃ境界線なんてなくなっちゃってたし」
肩をすくめ、牡丹はふにゃりと気が抜けるような笑みを浮かべる。
「ジリ貧で共倒れだけは、絶対にしたくなかった。ワタシがなんとかしなきゃって。で、なんとかなって、結婚式終わった後に「あれ、そういえば地図で見たあの国なんか覚えがあるぞー」ってなって。「メプルドの一章メインの国じゃん!」みたいな。調べたら学園あるし、在籍している王子の名前はわんこ王子だし。そうしたら、ほら・・・ロジエ断罪イベ、どうにか、なんないかなぁって」
それで編入手続きをするついでに、寮にいるだろう「リーリウム・ムスゴ」を探しに来たのだ。
なんて行動力・・・!
「ゲーム内で、リーリウムの部屋は一階の一番奥。鍵はかけてるけど、扉をちょっと上に押したらすぐに外れるのよね」
「ど、どうしてそれを」
真っ青になったあんずちゃんに、牡丹は「リオンルートと、ノワイエルートでしてた」と小さく舌を出す。
「ノワイエ・・・っ」
ノワイエは、私の・・・ロジエの一つ年下の弟だ。来年学園に入り、リーリウムに恋をするのだがちょっとストーカーっぽい行動をするらしい。
というのも、私はそのルートをしていないので・・・ちらりとあんずちゃんを見れば、まさに「はわわ」という顔をしている。
「・・・危ないから、早く直そ?」
「で、でも、その方法で、一章が終わった後にリオンが部屋に入ってくるんです!」
夜這いじゃないの!
「時期的にはノワイエの方が先だし。18禁ルートになると、ノワイエきたら拉致監禁調教妊娠出産ルートまったなしだけどいいの?」
「すぐ鍵つけます」
真顔になった牡丹の言葉に、あんずちゃんも真顔になった。
ノワイエ・・・。この世界では弟だし、記憶がよみがえってきてから会ってないけれど、攻略サイトで「18歳以下のユーザは入ることができない、絶対に回避すべきメプルドバットエンドルート」にカウントされているだけのことはある・・・。
シヤンロジエハッピーエンドルートの開拓しかしていない私は情報サイトしか見てないんだけれど、わりとのほほん育成乙女ゲーム系といわれるメプルドがなにげに一部R18指定であり、最初の年齢設定で18歳未満だと入力すると派生しないルートがあることは、このゲームのそれなりのユーザーならだれしも知っていることだ。
ちなみに実際年齢は5歳から985歳まで指定でき、984歳と入れた人が全く違うルートから学園がスタートして、それすらアンロックの条件だったのかと悶えた人多数。
さらに18歳以上とした場合、なんと、免許証や保険証、マイナンバーカードなどの身分証明書の番号入力を入れないと始められない。知り合いや家族のものを入力すると、どういったシステムなのか条件を満たしても8禁ルートに入れず弾かれてしまうのだとか。
「ワタシは全ルートクリアしたけど、3章はまだ。その前に違う隠しルートに入っちゃったみたいで」
「えっなんですかそれ」
「偶然行くことになった花洛で、レーヴェの王子とのイベントが発生したの。戦に参加してひどいけがを負うかれを偶然ヒロインが見つけるんだけれど、その彼が言ってたのよ。『凍り付くように冷たい川の上を歩く、まるで金の薔薇のような女の子を見た』って」
「まさか・・・ロジエ?」
「時期はあってるわ。レーヴェが花洛と戦を初めて、その年の末。場所は大瀑布の水が流れ込む海のそば」
でも、と牡丹は言葉を切る。
「レーヴェと花洛は戦をしない。そのルートだからこそ、気になったの。ヴァイス・・・レーヴェの第一王子がね、自分が目撃したのがロジエなら、その後どうなったんだろうって。で、調べたらまだ婚約破棄起きてないみたいだから、大急ぎでヴァイスと編入したってわけ」
ヴァイスさんは転生者ではないけれど、牡丹からこの世界の事を聞いた彼はとてもロジエの事を心配していたという。
大瀑布は、飲み込まれたら2度と浮かぶことはないといわれる滝だ。そこから生き延びたとして、好きだった人から断罪されて心が壊れてしまっただろう彼女に、この世界での安寧はあるのだろうか、と。
どうやらヴァイス王子も、花洛皇国との合併に至るまでにいろいろと苦労したらしい。
「とまあそういうわけで、ちょうと船に乗っかれたからね。ぜひとも協力させて」
「侯爵令嬢に巫女、隣国・・・ではないけれど、力がある国の皇女」
「3人いれば文殊の知恵!きっと・・・ううん、絶対、なんとかなりますって!」
ぐっとこぶしを握るあんずちゃんに、私の心の中にも暖かい、勇気みたいなものが湧いてくる気がした。
「そうだよね・・・まだ、まだきっと、間に合う」
ヒロインがシヤンからの結婚を断って、だれとも付き合わないストーリーもある。細かい調整をしなくちゃいけないんだけれど、そのルートで唯一、シヤンがヒロインに話すイベントが発生する。
それは、満開の色とりどりの薔薇が咲き誇る学園の秘密の庭で。そこは、ロジエがよく一人で泣いていた場所。
ヒロインからこの場所を教わったシヤンは、ロジエとの結婚のために用意していた指輪をこの庭に埋め、もう一つを自分の指につける。
そして、風に揺れる薔薇を見て呟くのだ。
『・・・ここには、こんなに薔薇はあるのに、俺の金の薔薇だけは、どうしても見つからない・・・』
そう。青にも黒にも、銀にだって輝く薔薇はその庭にあるのに。金の薔薇だけ、咲くことはない。
そして、シヤンは繰り返し、指輪を眺め、婚約破棄のことを思い返すのだ。
それが何を意味するのか、私たち3人ともわからないけれど。シヤロジルートのために・・・ううん、あんなに寂しいロジエの泣き顔なんて、もう、見たくないから。
「さて、具体的な時間はあと半年?」
「ですね。入学した年の終わりのダンスパーティで」
「『私』は婚約破棄をされる」
ここまでは共通。リーリウムが頑張ってくれていたおかげで、シヤンとの好感度は低めに見えるらしい。
リオシャヴァージュとの好感度をひたすら上げれるよう、ありとあらゆるフラグは立てまくっているというのだから、さすがやりこみユーザーは違う・・・と牡丹がちょっと遠い目をしていた。
あとは王子といちゃラブコメで進む予定です。
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