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2.ちゃくちゃくとふえていく


こじんまりとした二階建てのレンガ造りの建物に突進した彼女は、そのまま突き当りにある一室の扉の前で鍵を開け、私をひっぱりこむ。

「いますぐお風呂用意するから、≪暖かき水 豊かに≫すぐだから!よくあったまってね!あ、あとほかに怪我ないか確認して!」

「えっあっはい」

押し込まれたのは、これまたこじんまりとした浴室らしきところ。三畳ほどの空間には大きな桶が一つ置かれている。その中に、なにもない場所からお触れたお湯が注がれているのが見えた。

ああ、これ見覚えがある・・・某攻略サイトの雑談板でよく話に上がっていたやつ・・・せめて壺とか獅子の口かとかならまだしも、なんもないところから出るなよ(笑)と突っ込まれていたやつだ。

言われるがままに入ろうとして、私は自分の服に気が付いた。水を吸ってしまっているが、これは・・・俗にいう・・・どれす。とかいうやつでは。

下を見れば、腕に絡みついている金色の糸。いや糸じゃないこれワタシノカミノケ・・・私いつから金髪になったの。

浴室には洗面所も兼ねているのか、ややくすんだ鏡が一つ壁に取り付けられていて、その中から超絶金髪儚げ美少女が、こちらを見てぽかんと口を開いている。

顔は血に濡れ、その前におそらくセットされていた髪もリボンもぐちゃぐちゃでろでろしかし美少女・・・いやまって、うそでしょ、この顔。

「金薔薇姫じゃない!なんで!」

そう、そこには、私がしていたソシャゲでいわゆる「悪徳令嬢」といわれるキャラ・・・ロジエ・エクレール・オールラックが立っていた。



ドレスは結局黒髪美少女と一緒に脱がせてもらい(息がしにくいと思っていたらあの締め付けさもありなん)、水に濡れて硬くしまった紐は解けず、結局ハサミでぶってぎった。

叫び声に戻ってきてくれた黒髪美少女は、そういえば私と一緒に湖にいて、当然ながらびしょぬれで、元も白い肌が青くなってきているのに、ふと気が付いた。

自分もだが、彼女の手もカタカタとちいく震えている。あ、これダメなやつ。

もうこうなったら一緒に入りましょうお互い遠慮してたら風邪ひくわ!えっあっうん!と今度は私が押し切って同じ釜の飯ならぬ同じ風呂桶に浸かってついでにこっちのどうしたらこんな長さにという長い髪を洗うのを手伝ってもらいいやまってほんと私なにしてるの。

黒髪美少女おっぱいおおきかった・・・いやそういう話じゃない。

貸してもらったワンピースは、その下にシャツを着こんでも余った。主に胸部が。余裕で。

下は幸い新品を持っていたからとありがたくお借りしたが、横を結ぶタイプで助かった・・・まって人生でこんなせくしーな下着なんかはいたことないから落ち着かないわ。

「・・・ええっ、と」

「どこから、話せば、いいの、かしらね・・・」

時間がたてば、気持ちも落ち着くし余裕がでてくる。最初に吹っ飛んでいたいろんなことも思い出してきた。

私は・・・というか、この体は、ロジエ・エクレール・オールラック。この国の侯爵家の娘。

そして、私が楽しんでいたソシャゲ「メーディウム・プリンス・アムール・レジェンド」略してメプルドで、主人公を苛める敵役でもある・・・。

目の前でお茶を入れてくれている黒髪美少女は、そのメインヒロインちゃんだ。

「デフォルトの、リーリウム・ムスゴという名前です」

私の視線に、美少女・・・もとい、リーリウムは淡く微笑んだ。

「日本では、あんず・・・高崎あんずという名前でした。この世界には・・・私が高校二年の時、事故にあって」

「本当に・・・転生しちゃったの?」

「ええ。といっても、記憶は昔からあったんですが・・・夢の中の事だと。実感が出てきたのは、ムスゴ男爵家に引き取られてからです」

メプルドのヒロインは、ムスゴ男爵が入れ込んでいた高級娼婦が生んだ私生児、という設定だ。

男爵が家のために子爵家から正妻をもらうのだが、その前からリーリウムの母とは長く付き合いがあったのだという。リーリウム自身も正妻が跡継ぎを生む前に生まれていたが、身分が低く、正妻からの反対も強く、男爵の私生児とも貴族としても認められていなかった。

リーリウムの母はしっかりとした人で、高級娼婦として数多の貴族の間を渡り歩きながら培った知識を余すところなくリーリウムに伝えてくれていた。

「この先、なにがあるかわからないから」そういってひとかどの貴族よりもはるかに高度なマナーなどを叩きこまれていたが、彼女が10歳になるころに体を壊し、そのまま帰らぬ人となったのだという。

その母に一番入れ込んでいた男爵は、ほかに身寄りがなく、母によく似た顔立ちのリーリウムを引き取り私生児として認め、改めて娘として養育することとした。

が、当然正妻として家にいる方は面白いはずもなく、リーリウムをことあるごとに苛めだした。

もちろん、ほかに行く当てのないリーリウムは日に日にひどくなる仕打ちにひたすら耐えるしかない。

そんな折、幼い義母弟を怪我から守ろうとしたリーリウムが癒しの力に目覚め、かつて巫女姫が王子と結ばれたという伝説がある学園に入学するところから始まる・・・。

「なんか覚えがある展開だなーと義母に苛められながら思っていたんですけど、学園の門を見たら「あ、メプルドじゃん」と」

「たしかに・・・一章ログイン画面だもんね」

「ええ。それでメインストーリーの王子とロジエ様」

「由紀子。惣領由紀子。社会人で今年28。私はたぶん不摂生からの突然死だと・・・」

「ええぇぇぇぇ・・・」

あんずちゃん、ドン引き顔もかわいいなぁ。そして口にしておきながら私も内心引いている。

かつての『由紀子』としての記憶とは別に、私の中には、『ロジエ』の記憶もある。

侯爵令嬢として生まれて、城で重鎮として激務に追われ、立場もあり、家庭を顧みることのない父。

同じく有力な侯爵家から嫁いだ母は、厳しく『ロジエ』を躾けたが愛情があったかといわれると・・・。

『ロジエ』はこれまた賢くて、手がかからない子どもだった。一つ年下に弟がいるがこちらは幼いころは病弱で、屋敷の中はいつも、弟の体調中心にすべてが回っていた。

のちに「侯爵家の美しい湖畔に咲く金色の薔薇のような姫」。むろん侯爵家なので姫ではないのだけれど、そう世間から噂されるほどたぐいまれな美貌と頭脳を持ったロジエは、家族からの愛を知らず、帰城にふるまいながらも内心はとても臆病でいつも人の顔色を窺って過ごす少女になっていく。

そんな彼女の唯一の心の支えは、幼くして婚約したこの国の王子、シヤンだけだった。

柔らかい微笑みで自分の名を呼んでくれた相手を、一生かけて支えていく・・・そう誓ったロジエは、そこからより一層励みだす。

勉学は当然、マナーやダンス。本当に、寝る間を惜しんで費やした結果、彼女は名実とも社交界で金薔薇姫と呼ばれるに至った。

それが揺らいだのは、リーリウムと王子が出会ってからだ。

なにげないきっかけから、王子はリーリウムに惹かれていく。リーリウムも、やさしく接してくれる王子に段々と気持ちが募ってゆく。

当然、ロジエとちしては面白くない。かといって表立って王子に文句など言えず(恋する乙女心だから仕方ないとはいえ)、リーリウムに、貴族としての忠告めいた言葉をかける程度の嫌がらせをするようになる。

そこに目を付けたのは、今は男爵とはいえ娼婦の子であるリーリウムが同じ学園に通うのが面白くない紳士淑女の皆様だ。

彼らはことあるごとにリーリウムを苛め・・・なんて生易しいものではないことを繰り返すようになる。それも、『ロジエ』の名を使って、た。

途中で気が付いたロジエが止めようとしても、その行為はますますエスカレートしていき、やがては王子の耳に入ってしまう。

そこで、学園期末恒例のダンスパーティーで、王子はその貴族を断罪し、学園からも貴族社会からも追い出してしまう。

それだけでなく、リーリウムとの真実の愛に目覚めたとして、彼女をこの国の巫女姫として認め、正妃として迎えると宣言してしまうのだ。

当然、ロジエとの婚約は破棄。さらには一部の人間の暴走を止められなかっただけでなくいじめに加担したとしてその一切の責任を負わされ、国外追放。

あれほど王子のために尽くしてきたロジエは絶望し、地の果てまで彷徨った後、そこにある大瀑布に身を投げる・・・。

と、ここまでが第一章。


そう、第一章なのだ。


「由紀子さん、メプルドどこまで進めました?」

あんずちゃん・・・ややこしいから、お互い、一目があるところでは今の名前を呼び合うことに決めた・・・に聞かれ、私は遠い目になった。

「私は、三章もうちょっとでクリアで夏イベ始まったので・・・それにリオンエンド目指してて」

「あー・・・私、どこまで進めてたかなぁ」

メプルドが人気なのは、このシステム。〇〇(攻略対象)ルートと呼ばれるものに入るのは、第一章途中から。そこからの展開によって、以降の話の展開が(ルートによっては恐ろしいほど)変わってくるのだ。

たとえば、ロジエの弟であるノワイエのルートに入ると、第二章後半でロジエが身を投げた大瀑布に行くイベントが発生する。

愚かな姉だと話す彼を叱り、良き人であったと説得できれば、弟が『姉さま・・・』と大瀑布を見つめる。すると、滝近くの地面に落ちていた『金薔薇姫のアクセサリー』(壊れている)を発見し、入手できる。

それは後に、第三章から出てくる敵の特殊な攻撃を防ぐアイテムに変化する。

一対のピアスはイベントアイテムと一緒に指輪へと加工され、弟を守る絶対防壁となることで、第三章のラスボス戦に有利となる・・・らしい。

「ちなみにラスボスは」

「まだそこまでは。でも三章途中でわりとはっきり出てくるんですけど、その」

あんずちゃんからの視線で、気が付く。気が付いてしまう。

「・・・やっばり敵にいるんだね金薔薇姫ぇぇぇぇ・・・・・・」

そう、第二章からちらちらと出てくる敵のシルエットがあまりに『ロジエ』で。三章始まる前の界隈がとてもざわざわしていたのだ。

個人的には、好きだったのだ、金薔薇姫。本当に王子が好きで、少なくとも、王子もロジエのことは嫌いじゃなかった。

なのに、やってもいないことを擦り付けられて、責任を押し付けられて、あげく好きな人はリーリウムに取られて。

「え、今、いまのストーリーは」

「まだ断罪前というか・・・そこですよ、由紀子さん。私、王子推しじゃないんです」

「そうなの?メプルド一番人気じゃない?シヤン王子」

シヤン・ドウ・クロヌシャッス。この国の第一王子。

王位継承第一位・・・未来の国王だ。ソシャゲの例にもれず最近流行のちょっとワイルドな褐色肌をしたイケメンであり、文武両道を地で行く・・・はずが、ロジエの断罪イベント後、評価が一気に落ちた。

ちなみにシヤン王子ルートになると第二章からめっちゃきっつい王妃教育が始まるが、その中で暇を作ってはヒロインに甘えに来るシヤン王子には、『駄犬王子』という二つ名がつけられている。名前のもとになったのがどこかの国で猟犬を表す言葉だったせいもあるが、弟王子のリオシャヴァージュはネコから。国王ヴィヴランに至っては狸という意味らしく、運営のそこはかとないなにかを感じてしまうのだが。

頭を抱えて、あんずちゃんは半泣きになった。

「私的にはリオン・・・第二王子のリオシャソヴァージュルートに行くつもりだったんですよ!それに金薔薇姫、私も好きなんです。だからなんとか回避できないかなってこの学園に来てからがんばってたんですけど」

「うまくいかなかったの?」

「ええ。今日も、学園の池でみんなでボート遊びするってミニイベント・・・覚えてます?」

たしか、リーリウムの乗ったボートが故意に穴をあけられていて、池の中で沈みかける。

そこをたまたま通りかかったシヤンが飛び込んで助ける・・・水に濡れた男女、浮き上がるなまめかしくも色っぽい体に、王子が初めてリーリウムを『女』として見てしまい戸惑いながらもときめいてしまうのを、これまた、たまたま通りかかったロジエが物陰から見て泣きながら立ち去るのだ。

ちなみに、帰宅してからもロジエは泣きながら牛の乳をたくさん飲み、薄い体を見下ろしてはまた泣き、結果としてお腹を壊してしまう。という裏エピソードが公式から出ている。

そう、ロジエはとても頑張っているのだ。お胸が豊かになると聞けば鶏肉を食べ体操をし揉み体操をし・・・それはもう、涙ぐましい努力を幼いころからしてきた。それもこれも、シヤンの好みが、グラマラスで肉感的な・・・言ってしまえば『ぼんきゅっばんの、特にお胸が大きな女の子』だと聞いたから。

でも、大きくならないものは、どうやったってならないのだ。ロジエの母も祖母も、華奢な体つきである。遺伝の要素を考えても、この先ロジエの胸に先はないとみていいだろう。

「なので、池に落ちないようにとボートをチェックして違うものに乗ったんですけど、なぜかロジエ様がそのボートに乗ってしまって」

「ええぇぇぇぇ」

「私が池の真ん中に来た当たりだったので、気が付いた時にはボートが沈んでしまってて。慌てて助けに飛び込んだんですけど、ロジエ様パニックになっちゃって、それでボートの底に頭ぶつけちゃって」

「・・・ご、ごめんなさい」

「いえ!ちゃんとボートの処理しなかった私もいけなかったんです。それに、一番悪いのは、そもそもボートの細工した人たちですよね」

「・・・それもそうね・・・。あんずちゃん・・・ありがとう、助けてくれて」

水難救助はとても大変だって、私も知識としてだけど知っている。まして学園内用に略式ドレスの制服を纏った私を、同じ制服を着ているのに助けて岸まで行くなんて。

「どういたしまして!」

私の言葉に、あんずちゃんは可愛らしく微笑んでくれた。

「・・・元の世界に、戻るのかしら、私たち」

「ごめんなさい、こういうことは言いたくないんですけど・・・あまり、期待はしないほうがいいかと。私は現に16年間リーリウムとして生きてきましたし、学園に入ってからありとあらゆる文献を見たんですが、こういう事例見当たらなくて

「本当に・・・メプルドの世界に、きちゃった、のね」

「最近流行でしたけどねぇ、異世界転生もの、でしたっけ」

苦笑するあんずちゃんは、私と一緒で、それなりに小説サイトなどを見てはごく普通に楽しんでいたらしい。

「まさか自分がそうなるなんて考えてもいませんでしたけど・・・とはいえ、学園のダンスパーティまであまり時間はないんです」

そう、メプルド第一章。『ロジエ・エクレール・オールラック』湖のそばで一輪だけ咲く金の薔薇。ロジエの名前と同じサブタイトルがついている第一章のメインは、ロジエが婚約破棄をされるまでの物語だ。

それまでにミニイベントや配信される期間限定イベントをどれほどこなすか・・・周回してクリアして、イベントで仲間になったキャラやアイテムで、初めていける場所も広がる仕様で、あんずちゃん同様に開始当時からのユーザーである私もそこそこ課金(社会人ですから)してきたが、それでもまだこの世界の半分も足を踏み入れられていない。

「婚約破棄・・・でも、今なら、ゲームのロジエほどショックはない・・・か、な」

嘘です絶対ショックでっかいです。なぜなら、私の最推しは、件の駄犬王子だから・・・!

ヒロインより思い入れがあるロジエと、なぜくっつかなかったのか!第一章ラストにショックを受けた私は、一時期メプルドを辞めようかと思っていた。

けれど、同じくゲームをしていて二章を進めていた友人から「どうやら金薔薇生きているらしい」という情報をもらい、それならばきっと、シヤンとのルートがあるに違いないと気持ちを新たにした。そして二章でシルエット見て泣いた。シルエット、本当にシルエットだけだけど・・・ロジエがあんなに欲しがっていたおっぱいが、あった・・・!めっちゃあった・・・!これなら、シヤンとのラブラブルートも夢じゃない!天に向かってガッツポーズした。運営ちゃんありがとうと速攻お布施(課金)した。

会社で仕事に忙殺されるまで、私は毎日、時間があればありとあらゆる攻略サイトを回り、時にはいろんな人と激しく意見を(掲示板で)ぶつけ合いながらも、シヤンとロジエが幸せになる道を探し続けてきたのだ。

「まさか自分がロジエになるとは思ってなかったけれど・・・」

「でも、目標はそこですよね」

「・・・ええ!今度こそ、シヤロジカプを!」

「それを応援しつつ、私はリオンルート!」

「じゃあワタシはその両方応援しつつ、楽しく傍観するね♪もちろん協力は惜しみませんとも!」

ぐっと手を握り合った私たちの手を、横から唐突に表れた手がきゅっと包み込むように握ってくれた。



「へ」「え」「はぁい♪」


まってこの美少女だれだ。



完成しているところまで連続投稿しておきます。誤字脱字等ありましたら、ご連絡いただけるとうれしいです。

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