1.かずがおおい!
全身に痛み、頭と喉が痛い。
死ぬ。
いやほんとに死ぬ。
危機感が足りないと言われるほうだけれど、ほんとに今回ばかりは死ぬ。
――――ええっと、なんか仕事忙しくて残業続きで食事どころか睡眠もぎりぎり、いやアウトラインふんでた。
で、なんだかんだと言いながらもやり遂げた仕事は、上司にそのままかっさらわれた。
目の前が真っ赤になるほどの怒りの後は、正直、あんまりよく覚えていない。ずっと我慢していたことを一切合切ぶちまけ・・・た、気がする。
で、もう首だ!って叫んだ相手に「上等だこの〇〇〇野郎!」と、ちょっと不適切極まりない言葉で怒鳴り返して。そのまま会社を退職してきた。
ええ、デスクもすべて片付けて。引継ぎは多少あったけど、幸いに抱えていた案件が終わっていたのが本当に幸い。
関わり合いのあった部署にすべて頭を下げて、何事かとどよめくみんなに、「手柄を上司にすべて持っていかれましたので辞めせていただきます!お世話になりました」と笑顔で言えたのは、本当に頭に血が上っていたからだ。
帰りにコンビニで、仕事に追われていた間飲めなかったウイスキー(そう、ウイスキー。第三種とか発砲とかビールじゃない)と炭酸水を買って、帰宅して。
ぎゃんぎゃん叫びながら飲み始めた・・・までは、覚えている。
そうだ、しばらくしてなかったソシャゲに久しぶりにログインして、その声と言葉に、やっと、涙があふれた。
【・・・しばらくぶりだったな。忙しかったのだろう?・・・今日からは、また、俺と過ごしてくれるのかい?】
「うえぇぇん!!すむぅぅ!!!わたしこの世界で楽しくシヤンと暮らしたいいいぃぃぃぃ!」
ログインボイスはランダムなはずなんだけど、最推しのその労わりあふれる声に一回あふれ出した涙は止まらなくなって、この年になって人生初めての「ギャン泣き」ってやつをした。
キラキラした、光が舞い踊る小さな画面。
手のひらの中から溢れて流れる、耳になじんで聞き慣れた、落ち着いたオルゴールのようなメロディ。
液晶の向こう側で微笑んでいる、最推し。
ああ、推しを見ながら飲む酒は、旨い・・・。
とまぁ、ここくらいまではまともに覚えている記憶。
おかしいなぁ、わりと、飲んでも記憶はしっかり残っているほうなんだけれど。
手のひらに感じるのは、やけにちゅるちゅるした布地。
そう、つるつるじゃなくてちゅるちゅる。しっとり。しっとり・・・というか、これもはやじっとりの領域では。
え、なに。
頭がめっちゃ痛い。二日酔い?いやいやなったことない。そういえば、嫌な酒は酔いやすいって聞いたことがあるような。
んんん。と頭を振ろうとして、顔にぺたりとはりついたなにかが、やたらと生臭いことに気が付いた。
生臭いというか鉄臭いというか、ちなまぐさい。
んんん・・・?
ようやく目を開ければ、妙に周囲が明るい。うそ、もう朝?二日酔い同様、寝落ちも人生初だよ・・・。
そして、テレビをつけっぱなしにしていたせいか、やたらと周りが騒がしい。
朝の番組・・・いや、もしかしたら昼のバラエティかな。それにしても本当にうるさい。
絹を裂くような・・・もとい、硝子をひっかくような。え、これ悲鳴?悲鳴なの?超高周波じゃんガラス割れるんじゃない?
「・・・うるっさ・・・まじカンベンして・・・」
額を押さえて沸き上がってくる頭痛に耐えていると、頭上から「へ?」と声が落ちてきた。
「・・・まじかんべん・・・?」
「ふぇ?」
ふぇ、というか、ふぁ。というか。
なんで私の家の中に、ひと、が――――?
見上げれば、そこには目が痛くなるほど青い空。白い雲。
私は池の中に半分体が沈んでいて、たぶん透き通っていたはずの水は薄く赤く濁っている。
私の手を、握っていてる女の子がいる。
さらりと、風を受けて流れる、うねりの一つもない、つややかで黒い髪。つんと軽く上を向き、こじんまりとしていて、それでいてすっと鼻梁が通っている鼻。
どこの化粧品メーカーのCMでも見れなさそうな、熟れる直前の桃のような頬は、これまた小さな顔の中にしっかりと納まっている。あ、肌めちゃ綺麗。
大きく見開かなくても大きくて、少しだけ垂れ目な瞳は、まるで黒い真珠のような不思議なきらめきで、あ、右目の下になきぼくろうっわセクシー・・・。
「美少女・・・あれ、この顔どっかで見たような」
思わずつぶやいた言葉に、相手の目がますます大きく見開かれた。
「うそでしょ、あなたも転生者なの・・・?!」
「え、てんせい、なに・・・?」
聞き返そうとして、頭の痛みを思い出して額に手をやれば、その手がぬるりと滑った。
「え」
水の中に使っていた手をみれば、そこからしたたり落ちる真っ赤な水。
「ひ」
≪輝きの風 いまここで癒しの御手を≫
悲鳴は、かけられた黒髪美少女からの言葉に驚きすぎて飲み込んでしまった。
まって、それは、今のは・・・
顔を上げれば、薄い水色の光が私の周囲に広がり、頭の痛みがゆっくりとかき消される。周囲に上がっていた悲鳴やざわめきも、同時に少しずつだが小さくなっていった。
「今のは、メプルドの≪癒しの風初級≫の呪文・・・」
私の言葉に、黒髪美少女はまたもや目を見開くと、私の手をつかんでしっかりと立たせてくれた。
「あああろ、ロジエ、様、こんなに濡れてしまってそうだわわたしの住んでいる寮がすぐそこなんですよければお風呂に入ってみませんか狭いですけどええたいしたものはありませんけれどほらあなたの侍女さんたちも姿が見えませんし風邪とか引いたら大変ですしおすしええほんとうにたいしたものはないですけどほら行きましょう!」
まくしたてられる、といった言葉が当てはまる勢いで、黒髪美少女は私の手をひっぱって猛然と走り出した。
のんびりと進んでいく予定です。よければ誤字脱字教えていただけるとうれしいです。よろしくお願いいたします。