花冠を添えて
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
お、シロツメクサみーっけ! 私的に、これを見つけないうちは、どうも春が訪れたような気がしないのよねえ。
なつかしいなあ。草冠を作る時には、これを混ぜるのが定番だったっけ。もう久しく作ってないわ。逆に、いまとなっちゃあ小さい子に作ってもらう立場になっちゃったから。
つぶらやくんは、草冠を作った経験はあるの?
――昔から、その手の工作でいい思い出がない?
あらら、それはごめんなさい。
でも、そういう苦い経験のあるつぶらやくんなら、思ったことがあるんじゃない? どうして学校に、工作の時間っていうのが存在するのかってね。
このモノづくりに関して、私が少し前に聞いた話があるんだけど、耳に入れてみない?
むかしむかし。諸国をめぐる旅人が、ある村を訪れたときのこと。村の入り口に差し掛かったところで、ひとりの女の子が駆け寄ってきたの。
その手に持つのは草冠。シロツメクサを編んで作った、大きめのもの。
一緒についている老人によると、来訪者にこれを送るのがこの村のならわしになっているとか。
もらいものをされて、嬉しく思わないことはないでしょう? 旅人はありがたく受け取って、その日の宿を乞うたわ。快く引き受けてくれた一家にもてなしを受けて、夜には村の外の話をして、あとはゆっくり眠るだけのはずだった。
けれど、その日の深夜。彼はあえて眠らせてもらった馬小屋の中で、人の気配をわずかに感じ取っていたわ。
壁の向こうで、小さい足音がそうっとそうっと、ここから遠ざかっていく。害を成してくる気配はなかった。それでも気になった彼は、身を起こして足跡の主を追ってみることにしたの。
その日は月が出ていた。光に照らされる村の家々は静かにたたずんでいるばかりだったけど、その近くの茂みたちを揺らして、遠ざかっていく影がいくつか見受けられる。
護身用の懐剣は、いまも胸の中に入れっぱなし。彼はもっとも自分に近いところ。おそらくは壁越しに気配を感じさせた影の後についていくことにしたの。
影のかたちを見るに、自分と同じように四肢があり、その体躯はだいぶ小さい。
それらがなお小さく見えるように前かがみになって、村の入り口から次々と外へかけ出て行く。その速さも、旅人にとっては決して追えないものじゃなかったの。
――もののけの類では、ない?
ほんのわずかに警戒を緩めながらも、彼は引き続き影たちの行方を追っていったわ。
村を離れて、さほど時間が経たないうちに、ばらばらだった影たちは一ヶ所に集まり始める。やがて原っぱの中央で足を止めると、一斉にかがみ込んで動かなくなってしまったの。
ある程度距離を話して止まった彼は、その原っぱが青く輝いているのが分かったわ。
輝いているのは、花々だったわ。月明かりのせいでも、水滴がきらめいているためでもない。花たちは自らの手で、青い光を放っていたのよ。
影たちに近づいていった彼は、それが村の子供たちであること。かがみ込んでいるのは花を摘むためで、輝いているのはあのシロツメクサであることも分かったの。
彼らはもくもくと花をむしっては、その茎を折り曲げで冠へと持っていく。その表情は真剣そのもの。そばまでいった彼の方を見やることなく、顔をのぞき込まれても反応する様子はなかった。
――このような夜更けになってまで、仕事をしなくてはいかんのか。それほど、あの花冠によるもてなしは、重要なことと。
いたく感心した彼は、しばらく彼らの仕事を見届けたあと、馬小屋へと戻っていったそうよ。
次の日。目が覚めた彼は、自分の荷物を改めて「おや?」と思ったわ。
花冠がなくなっている。もらった当初は頭にかぶっていたのだけど、寝るときに自分のわきへ置いておいたそれが、すっかり姿を消してしまっていたのよ。
馬小屋の中を探し回ったけれども、見つからない。馬が食べてしまった可能性もあるけど、それは事前に見越して、馬が首を伸ばしても届かない場所に陣取っていたはず。
結局、出発のときを迎えても見つけることはできなかった。無くしたと正面きって話すことははばかられ、彼は大勢の人に見送られて村を後にしたわ。
その中には昨日、花冠を作っていた子供たちもそろっている。こうして並んでみると、この村の8割近くが子供だということを、彼は初めて知ったの。
旅から帰った彼は、話をせがむ友人、知り合いたちに片っ端から体験を語っていく。
皆はそれらを興味深げに聞いていたけれど、やがて花冠をくれた村のことに差し掛かったところで、年配の老爺のひとりが唐突に声を荒げたわ。「そのあと、何があった?」って。
彼がありのままを話すと、老爺は彼に今すぐ村へ引き返すべきだと告げたわ。わけを聞くと、その花冠は命を吸い取るものだから、とのこと。
「あの村、子供がやけに多かったじゃろ? じゃが実際、あいつらはここにいる誰よりも長く生きている。
奴らは老いを怖がった連中でな。永遠に幼いままであることを望んでおる。
その夢をかなえてしまったのが、お前の受け取った花冠だ。村の生まれでない者がそれを手にすると、残りの寿命をどんどん吸い上げられてしまう。そいつが村の者の手に戻ると、その分の命が奴らのものとなってしまうんじゃ。
無くしたんじゃない、奪われたんじゃよ。花冠は。すぐに引き返して、お前の命を取り戻せ!」
すさまじい剣幕で語る老爺だったけど、その願いが叶うことはなかったわ。
急かされるように故郷を離れた彼は、数日後。行き倒れになっているところを発見されたわ。その目は見開いたままで、自分の死を実感していないかのようだったんですって。
彼の話に出てきた村は、ついぞ見つかることはなかった。そして語ってくれた老爺も、いつの間にか姿を消してしまっていたとか。