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生え際が気になる今日この頃

   《レイングの月、シュメリアの日》 

 アリスお嬢様は馬鹿である。

 イリスメイド長は貧乳である。

 何故私がこのような事をこうして日記に残すのかといえば、やはり日頃の鬱憤を紙にでもぶつけねばやり切れないからです。

 嬢に対して口汚く罵ったところで、あの阿呆はきっと理解できんでしょうから。

 メイド長はそれほど関係はありませんが――いや、ありまくりですが、おおよそはやっかみです。

 この日記を誰かに晒すつもりはありません。

 言ってしまえば、只の自己満足。

 それだけの話です。

 どうして日記にこんな説明を入れるのか……考えていると虚しくなってきたので補足は入れないでおきましょう。

 はあ……

 思わず溜め息すら記入してしまう。

 そろそろまとまった休暇でも取らせてもらえないだろうか?

 心労が溜まるばかりだ。嬢はいつも私を禿げろ、禿げろ――と。挙句の果てに、『そろそろ禿げた?』ですよ。

 見れば判るでしょう?

 何です? 禿げて欲しいんですか?

 いっそ……はあ。

 今日が初日記というわけですが、何を書きましょうか……

 取り敢えず、本日のお嬢様の言動の阿呆さ加減でも書き連ねて鬱憤晴らしといきましょうか。

 

 


 そう、あれは夕刻のお話。

 屋敷内の掃除をしていた私に嬢が満面の笑みを浮かべて駆け寄って来られました。

「ねえねえシース! あたくし、しりとりで絶対に勝てる方法を見つけたのよ!」

 得意げに胸を張る嬢に、

「ああ、そうですか……」

 またいつもの阿呆な勘違いと考えて、私は胡乱な目つきで返しました。

「何よその訝しげな目は! 信じてないんでしょ? ふんっ、だっ! なら見せつけてあげるわ。じゃあいくわよ、リボン!」

 この人は本当にしりとりのルールを理解しているのだろうか?

 思いこそすれ、直接に指摘してしまうのは嬢の御心に多大なダメージを与える恐れがあったため、取り敢えず私はしりとりを続けました。

「ンズレミシュリブトリミューラン」

 古代シュテイル語で『馬鹿』を意味する言葉。

 そういえば嬢にぴったりじゃありませんか?

 恐らく嬢の頭の中でしりとりは『ん』で完結する、というルールはないのでしょう。

「んから続けられる言葉なんてないわ! ハッタリはよしなさい! あたくしの勝ちね!」

「いえ、あります。私の既知の範囲で述べさせていただくならば、四十七語ほど」

「嘘だっ!」

 鬼気迫る表情で叫ぶ嬢。

「…………………………」

 それに私は沈黙を用いて返答。下手に言葉を並べたてるよりもよほど効果的です。

「うわあああああんっ!」

 沈黙に耐えきれなくなったのか、しりとりで言い返せなかったせいか、涙を浮かべて走り去るお嬢様。

 実に愉快でした。

 くはははははははははははははははっ! 




 ああ、虚しい。

 それにしても教育係りであるメイド長が嬢の知能にこのような影響を与えてしまったのではないでしょうか? これは怠慢です。

 だから胸部も肥大しないんですよ。

 まあ、因果関係はありませんが、そんな気がしたような気がしました。

 まったく……困ったものです。


 と、そこまで記入し終えた所で、

「ああ、まったく困ったものだな。執事長シース」

 背後からの声と同時に頭蓋骨に凄まじい圧力が加えられた。

 この声はメイド長!?

 馬鹿な、部屋には鍵をかけておいたはず、侵入できるはずが――マスターキーか!?

「いだだっ、いだいです!」

「乳が貧しい――? ほお」

 きっと日記を覗いたのだろう。

「ぐあああああああ!」

 メイド長が手にさらに力が込められて軋む頭蓋骨。私は椅子に座ったまま悲鳴を上げる。

 背後からの声はあくまでも冷静。一見取り乱していないように思えたが――

「わたくしは着痩せするんだ断じて貧乳ではないそれに貧乳はみんなに夢をあたえているから小さいんだ貧乳を馬鹿にする者はわたくしが絶対に赦さないそしてわたくしは適乳と呼ばれる至高の大きさだ判ったな?」

 適乳を強調して早口でまくしたてるメイド長はやはり何らかのコンプレックスを抱いていると考えて間違いない。

「それにあなたも今は亡きクレメンス様からアリスお嬢様の教育係を任されているはずだ。あなたが幼き頃のアリス様を甘やかし過ぎたのではないか!」

 アイアンクローから解放された私は、激昂して机を叩くメイド長に、痛む頭を抱えながら言う。

「確かに私も教育係りではあります。しかしっ!」

 私は眼前で拳を握り、

「というかこれは私たち二人の責任と考えるのが妥当でしょう!? 何故ならば、メイド長――あなたが嬢を甘やかした事も原因の一つには違いありません!」

 ビシッとメイド長に向けて人差し指を突き付ける。

 僅かにたじろいだメイド長は、

「くっ、何にしてもわたくしたちはアリスお嬢様を甘やかしすぎるきらいがあるようだな。それについてはわたくしも認めよう」机の上の日記を指差して「だがこれは何だ! このように文面でアリスお嬢様を貶しめるなど言語道断、恥ずべき行為ではないか!」

 何も言い返せない――!

 いくら日頃の鬱憤晴らしとはいえ、そう言われれば確かにそうだ。

「確かにアリスお嬢様にはおつむが弱い面はある。いくら勉学に励んだ所で一向に知識を蓄えなさらない。ふとした勘違いで暴走し、周囲の人間に多大な迷惑を与えてしまわれる。御学友たちからは『馬鹿』と呼ばれる始末。それはアリスお嬢様の一番の短所であり、コンプレックス! それをこのような形でなじるなど――! 今日ほどあなたに失望したことはないぞ執事長!」

 吠えるメイド長を私は冷静な目で見てみる。

 ……何だろう。

 言葉の端々から言い知れぬ何かを感じる。

「……確かに私が悪かったですね、認めましょう。しかし言い過ぎではありませんか? 嬢の行動はいつもわたしたちに量り知れぬストレスを蓄積させます。この前も見知らぬ男にお菓子をあげるから付いておいでと言われてホイホイついっていった結果、誘拐されそうになりました。あれで十七件目です。他にも触ってはいけないと言われたボタンに触るわ、屋敷内での派手な運動は控えて下さいと言ったのに走って壺にぶつかり破壊するわで――ああ、言い切れません。おつむが悪いのは最早周知の事実。だからと言ってそれをわざわざ口に出す必要はないでしょう?」

 メイド長は半目で私をねめつけ、

「…………あっ」

 と、自嘲するように目を伏せる。

「…………ああ」

 私も自分の言動の数々を思い返し、恥ずかしくなって目を逸らした。

「もう、やめないか?」

 私の目を真摯な眼差しで覗きこむメイド長の提案に、

「そうですね」

 と私は色よく返事を返す。

 ふう。

 いくら言葉遣いを丁寧にしても、言葉の内容が着飾れる訳じゃない。

 あまりに醜い言い争いは一旦止める事にした。

「まあ、あれだ。アリスお嬢様は可愛らしい。食べてしまいたいくらいに」

 メイド長は恍惚の笑みを浮かべて言う。

「確かに同意しますが、あなたの場合本気でやりそうなので、もしヤるときは映像として記録し、私に提出する事を要求します」

 ――はっ!?

 言ってから気付いた。

 つい本音が出てしまったようだ。

 てっきり変態と言われると思っていたのだが、

「判った」

 返事は快く一切の躊躇がない即答。

 これは喜んでいいのか非常に悩んだが、私は喜ぶ事にした。

 悶々と脳裏に輝かしいユリんユリんな光景を思い浮かべていると、不意に何やら焦げ臭い匂いが鼻腔をくすぐった。

「……何か匂いませんか?」

「女性に向かって失礼ではないか!」

 なんてベタな。

 怒るメイド長を宥めて、

「違いますよ。ほら、焦げ臭いと言いますか、何と言いますか……」

「む……確かに。この時間帯にコック長たちが厨房を使用しているはずはないのだが――あっ」

 一つの可能性に行き当たる。

 メイド長がこちらに鋭い視線を向ける。

 それに私は頷いて、自室の扉を急いで開け放つ。

 薄い煙が入り込んできた。

 次いで聴こえてきたのは悲鳴。

 それはとても聴き慣れた――嬢の声だった。

「ああっ、アリスお嬢様が! 一体何時になったら学習なさるのですか!?」

 叫ぶメイド長。 

「ああ、もうっ! ちくしょーまた火事かよ!」

 思わず素口調が出た私。

 見張り番を付けたり、色々と対処してはいるのだけれど、どういう訳か全てをかいくぐり事を起こす嬢。

 もしや呪われているのでは? なんて事も考えたが、栓無く終わった。

 

 

 

 十五分後、屋敷に住み込むメイド・執事総出で鎮火する事に成功。幸い厨房とその周辺が燃えるのみで被害は大したことが無かった。

 お嬢様も無傷。精霊の加護でも受けているのかと思わせるほどに奇蹟的に毎回無傷なのだ。さすがに驚嘆せざるを得ない。

 嬢は小腹が空いたので何か自分で適当に作ろうとしたらしい。自分で何かをしようとするのは大変よろしい事ではあるが、少し自重して欲しいと思う。


「ごめんなさい」

 しゅんとして謝る嬢。

 涙で目が潤んでいる。

「では、次は気を付けて下さい」

 嬢に対し真剣な声音で話すメイド長だが、何処かそわそわしている。

 どうせ『可愛いのう、愛でたいのう、抱きつきたいのう』とでも考えているのだろう。

 私はやれやれと思いながらも、

「大事があってからでは遅いですからね。気を付けて下さいよ」

「……はい」

 えらく殊勝な態度を見せる嬢。

 度重なる経験からか、嬢は私たちにどういう態度を取れば赦してもらえるか熟知している。そういう所だけ成長していくのもどうかと思うが。

 メイド長何てすっかり懐柔されちゃって……ここは一度、私が大きく出ねば。

 俯き加減の嬢の姿に私は――怒る気が失せた。

 くそー、可愛いなちくしょー!

 結局可愛いは正義という事だろうか。

 全然良くは無いが、今はそれでいいと思った。


 皆慣れた手付きで事態の収拾に当たり、三日後には厨房もその周辺も綺麗になって屋敷は平穏を取り戻したかのように思えた――が、当然そんな事は無く、嬢は今日も今日とてトラブルを引き起こすのだった。




   《レイングの月、シュメリアの日》追記

 やっぱり鬱憤晴らしに日記は書き続けようと思います。

 いくら可愛いといえど、ストレスの蓄積は避けようのない事実。

 禿げても誰も責任を取ってはくれません。

 自分の身は自分で守らねばならんのです!

 今日はこの辺で筆を置きましょう。

 願わくば、この日記に記入する回数が減らん事を。

 見返した時、生え際の後退要因を記した日記になっていないことを祈ります。

特に何を意識して書いたわけでもありません。

ふーん程度に見て頂ければ幸いです。

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