研究所にて
衛兵に付き添われ、宮殿の門をくぐる。これまで何度も通ったこの道は、もう見ることもないだろう。少し振り返ると研究所の前でレオンが手を振ってくれた。アルバは相変わらず愛想のない表情でこちらを見据えている。
杖をつき少しずつ歩き出すと、少し向こうにバルバストル伯爵家の馬車が見えた。幼い頃からよく遊んでくれた懐かしい侍女が居る。侍女は目に涙を浮かべながら駆け寄り、わたしたちは馬車へと乗り込んだ。
アルバの申し出のあと、わたしは連日検査を受けていた。思った以上に80歳の身体は不便だった。初めて鏡で自分の顔を見たときは、高熱が出て生死を彷徨った。
アルバとレオンは、そんなわたしにつきっきりで検査や看病をしてくれていた。
「お前はこれからどうするつもりなんだ?」
わたしは自分の計画を彼に伝えるべきか悩んでいた。彼が黙ってくれて居なければ、どちらにせよこの宮殿から生きて出ることはないだろうから。わたしは覚悟を決めた
「魔女に弟子入りしたいと思っています。ここを出たら『古の魔女』様を探しに行くつもりです。長く生きる魔女様なら、若さを取り戻す秘訣もご存知のはず」
古の魔女は、いつから生きているのかも定かではない。聖女にならなかった魔力持ちを一般的に魔女と呼ぶが、公国から逃げ延びるのは容易くない。そのため魔女になれた者は相当の手練れであると聞く。
そしてわたしは、古の魔女に弟子入りして、ぴちぴちのお肌を取り戻すのだ。必ず、魔女になってやる!
「……そうか」
珍しく言い澱み、アルバはまた思案している。
「お前の魔力を活かす方法を考えるとそれも良いのかもしれない。しかし、本当に魔女になる覚悟は出来ているか? 魔女になればもう家族に顔向け出来ないだろう」
「ご心配いただきありがとうございます……しかし、もう覚悟は出来ています。犯罪者となった時点でもう家族に顔向けなど出来るはずもありませんし、元聖女の肩書きも名誉も全て剥奪されておりますから」
わたしにはもうこの道しかない。
「この数日考えておりました……何もかも失ったわたしに残るのはこの有り余る魔力のみ。それを公国に制限されることなく民へと寄与するには、魔女となるのが一番良いのです。そして、……まぁこれが本音なのですが、その結果、魔女様の若さの秘訣でも得ることができたらな……と」
わたしは皺のくっきり浮かんだ目尻を下げ微笑んだ。視力も下がったのか、アルバの顔もはっきり見えない。
アルバは深い溜息をついた。
「わかった。『古の魔女』を紹介してやる」
「……え?」
「彼女の側に居てくれれば研究も捗るし連絡もつきやすい。俺としても大歓迎だ」
「っあ、ありがとうございます!」
まさか、アルバが古の魔女と知り合いだったなんて。捨てる神あれば拾う神あり、とはよく言ったものね。
「ただし、ひとつだけ言っておく。古の魔女はとんでもなく人使いが荒い。幼児だろうと80歳の老婆だろうと動ける者は全て使う。機嫌を損なうと面倒だから頑張れ」
前言撤回!
「それで、明日の退院後のことなんですが」
生を吸い取った後遺症で高熱が出たり食欲低下が見られるとして、わたしは10日ほど経過観察で入院している。実際にはそこまで問題はないのだけれど、数十年前に同じ刑罰を執行された女性が直後に亡くなったとかで、かなり慎重に対応しているようだ。
「魔女様に会う前に、一度伯爵家へ帰ろうと思っています。このような姿で帰るのも気が引けるのですが、魔女様のこともありますし、迷惑をかけてしまった家族に直接顔を見せ、謝罪しに行きます。全てかたがついたら魔女様の元へ向かおうかと思っているんですが……」
アルバがふむ、と考え込んでいると、窓からコツコツ音がする。アルバが窓を開けると勢いよく黒い何かが飛び込んできた。
大きなカラスだった。わたしの知っているカラスの倍はあるんじゃないだろうか。翼幅は1メートル近くありそうだ。
「レイヴン、ちょうど良かった」
アルバは当たり前のように大きなカラスに話しかけた。
「彼女が例の女性だ。それで魔女に伝言だ。『弟子を取って欲しい。手が足りないとブツブツ言っていたんだから丁度いいだろう。手が空き次第、バルバストル伯爵邸に迎えに行ってくれ』以上だ」
アルバが言うと、レイヴンと呼ばれたカラスが大きな羽根を広げ、ばさりと2度動かした。それを見て、側に控えていたレオンが皿に乗せたナッツを足元に置いた。
「彼はレイヴンさんです。僕たちと同じ魔力持ちですが、神官ではありません。変身能力と隠密行動に優れているので、こうやって外の仕事を請け負ってくれているんですよ。ちなみにまだ僕も本当の姿を見たことはありません」
レオンの説明にカア、と小さく鳴いてわたしを見据えた。真っ黒の目が、全てを見透かすようにこちらを見ている。居心地が悪くなって、挙動不審になりながらも何とか挨拶をした。すると二口ほどナッツを食べて、また窓の外に飛び立っていった。
あっという間の出来事にぽかんとしていたら、アルバが窓を閉めながら言った。
「これでもう逃げられないな。100年に一度の逸材の元聖女がどれほどの魔女に成り上がるのか、楽しみにしている」
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