判決
「被告人、アンリエット・バルバストルを"余命10年の刑"に処する」
正面の机の向こうから、額に脂汗を浮かべた裁判長が主文を読み上げた。本当にこの馬鹿げた茶番を早く終わらせて欲しい。傍聴席のど真ん中でふんぞり返っている元婚約者も、その隣で嘘くさい困惑顔で涙を浮かべている似非聖女様もくそくらえだ。
長ったらしい判決文を読み終えた裁判長がわたしを正面から見据えた。
「何か言い残すことは?」
裁判など名ばかりで、今まで一度も発言を許されなかったのに。退廷した後すぐに"執行"されるわたしに温情をかけているつもりなのか、定形文として問わざるを得なかったのか。
18年間、伯爵令嬢としても聖女としても鍛えられてきた。どんな時でも微笑みを絶やさず、どんな嫌味だって易々と躱すことができる。
やるからには最後まで美しく散らないとね。
「はい、発言をお許しいただきありがとうございます。ですが、謝罪は致しません。わたくしは聖女アンリエット・バルバストルの名に恥じる事はした覚えはございませんし、断罪されようともそれを覆すことはありません」
傍聴席から息を呑む声が聞こえた。
「ただ、曲がりなりにも筆頭聖女であったわたくしの意見を聞いていただけるのなら、ひとつだけ言わせていただきます。聖女の管理は然るべき方法をお選びください。まだ幼い聖女もおります。彼女たちは姉妹も当然です。どうぞ、よろしくお願いします」
傍聴席に座る元婚約者が勢いよく立ち上がり声を荒げた。
「思ってもないことを言うんじゃない! それならば彼女に対する所業はなんだったと言うんだ! 姉と慕うリディに何をしたのか分かっているのか!?」
ざわざわと声が上がる。
「——静粛に!! ……エドゥアール様、お静かにお願いいたします。アンリエット・バルバストル、これで閉廷となる。それでよろしいか?」
焦ったように問う裁判長に、わたしは微笑んで頷いた。
そうして裁判は閉廷した。裁判所から出たその足でそのまま大公宮殿横の研究施設に移送されるようだ。ガタゴトと鉄格子のついた馬車に揺られながらこれまでを思い起こした。
わたしは7歳で『光の儀』を受けて以来、聖女として公国に奉仕してきた。全公国民に義務付けられた『光の儀』は、満7歳児全てが儀式を受け、失われた魔力を有した子ども達を保護し公国に使役させるのだ。男性は神官と呼ばれ、「魔力は神に与えられた力」として教会に奉仕しなければならない。女性は聖女と呼ばれ、公国の発展のために大公に仕えるのだ。
(ほんと、馬鹿馬鹿しい義務よねぇ……)
神官や聖女を輩出した一族には、多大なる名誉と褒賞が送られ、聖女が亡くなるまで安泰と言われている。そのため、一族の者は例え自分の子が一生公国や教会から逃げられないと分かっていても、諸手を挙げて喜び送り出すわけだが。
といっても、数年に一度1人見つかれば良い方なんだけど。
元聖女のわたしを抜いて現在の聖女は6人だ。7歳で聖女となった少女は、過酷な魔法訓練や公式行事、はたまた帝国の戦争へ駆り出されたりと酷使されることで、20歳を越える頃には魔力の上限を迎え、そこから徐々に魔力が無くなっていくのだ。
そんな特殊な魔力持ちにのみ課される刑罰がある。"余命10年の刑"は、今後公国に牙を剥くことのないよう、魔力がほとんどなくなる老人になるまで生を吸い取るのだ。魔力も体力もなくなり、平均寿命まであと10年あるとはいえ、実際には10年も生きられないと言われている。
(このぴちぴちお肌とも当分お別れね……)
宮殿に到着したようだ。門で御者が何か話している。怖い、悲しい、そんな負の感情は全て心の奥にしまい込み蓋をした。
わたしはギリ、と歯を食いしばり覚悟を決めた。