壁ドン・サバイバル - あるいは作家のノルマ -
壁ドンは十五になってから☆
「うう……」
「……て……」
「……」
「……ってば、……」
「う……」
「ねえ、お……ば……」
「うう……、うん……、うう……」
「起きやがれこの野郎!」
「ふがっ……!」
目を覚ますと、どういうわけか俺は、プロレスかなにかのリングの上っぽいところにいるような感覚で……、とにかくヘンテコな形に身体が曲がっていた。
「うがああああ、ギブギブう……!」
俺の手を引っ張っていただれかが、それをやめた。
いててててーとか呟きながら、俺は身を起こす。
「……なんだ、ここは」
見ると、そこはリングの上なんかじゃなかった。ベッドの上だ。低反発らしい。もちろん、枕もだ。
そして、目の前には……
「わーい、起きた起きたー」
ひとりの人間の女の子らしき生命体が、頭にウサギの耳のカチューシャらしきなにかをつけた状態でトランポリンしていた。……低反発のおかげで、同じベッドに乗っている俺は投げ出されないで済んでいるのだな……。
「だ、だれだよあんた」
「ニーンゲンっ」
「人間って、いやそりゃそうだろうけど」
女の子らしき生命体は、飛び跳ねるのをやめて言った。
「人間じゃないもん。ニーンゲンだよ」
妙にデレデレした顔を向けてくる。
「……まあいいや。で……、ここはどこなんだ」
すると彼女……まあ、便宜上「彼女」という代名詞を使うけれど……彼女は、突然冷めた顔つきになって言った。
「は? ……知らねえし。んなこと自分で考えろよ」
「……なんだか、情緒不安定なんだな」
「へへっ、バレちゃったあ?」
そう言って俺の脇をコショコショするときの彼女がふたたびデレデレな顔つきに戻っていたのは言うまでもない。
***
ふう……、これで第一関門、ツンデレを突破か……。
ん、比率がおかしい? これじゃデレツン? ……まあいいだろう。
***
「うーん、自分で考えろって言われてもなあ」
「好きっ!」
「え?」
「君のこと、好きっ」
彼女はいきなり、俺の耳たぶを引っぱって言った。
「だーいすきっ」
「……いや、急にそんなこと言われても」
「けっ、釣れねーな」
「え……」
とまあ、何時間かこんな具合で会話が進まなかったんだけど、ついに彼女にも飽きというものが来たようで。
「飽きたから、ゲームしない?」
「ゲーム?」
「ポーカーと壁ドン・サバイバル、どっちがいい?」
「壁ドン……なんだって?」
「壁ドン・サバイバルね、けってーい」
「あ、いや、そのゲーム知らないから、説明が聞きたかっただけなんだけども……」
すると彼女はまたツンツンし出して言った。
「今から説明するし。ばっかじゃねーの」
で、彼女の説明によると……
「今からきみは、別世界へ行きます。そこはまるで迷路のよう。で、きみには素敵なパートナーが。まあそれはいいんだけど……、とにかくきみは、迷路を進んで、奥でボスキャラクターを倒すのが目的ね。迷路内にはたくさんの敵がいます。戦う方法は簡単。壁ドンすれば、一発で消えます。でもきみも気をつけてね。逆にきみのほうが壁ドンされると、三回目でゲームオーバーだから。そしたらお仕置きだからね」
とのことだ。
ちなみに……
「お仕置きってのは、スリーパーホールドだよっ」
彼女はそう言って、実演してみせた。……もちろん、技を受けるのはプレイヤーである俺なんだけど……、
「グアア……ゲホゲホ……」
罰ゲームのチュートリアルって、要る?
***
……なんだか、最近はこんなのばっか書いてるな。
いい加減、まともな話がカキタイ……。
***
というわけで俺は、四方八方壁だらけのゲーム世界へ送られることになったんだ。……思えば、さっきのあすこは控え室みたいなもんだったんだな……。
「足手まといになるなよ」
と言うのは、どうやら俺のパートナーらしい。クール系の女の子らしき……と言いたいところだが、さっきの「彼女」と違って間違いなく人間の女の子だ。だって……
「た、田中さんっ?」
「……みずくせえな。ミヤビちゃんって呼んでくれよ」
「え、でも俺たち……」
「ここではそういう関係なんだよ。ま、あんたにその気がないんならしょうがないか」
田中美弥妃、隣のクラスの窓際の後ろから二番目に座っている女子生徒だ。……そう、俺たちは、現実世界では花のハイスクール・スチューデントなんだ……。
と、いきなり目の前に現れたのは、蛇みたいなほっそ長いモンスター。ほっそ長いけど、顔の下が膨れているから、
「こいつはコブラだな。とりゃー!」
ミヤビちゃん……こんな機会滅多にないから、遠慮なくそう呼ばせてもらうが……ミヤビちゃんの発する綺麗な色をしたビームによって、そのモンスター……コブラらしきなにか……は、壁へと打ちつけられた。
「いまだ小島っ」
「え?」
「あんたの番だよっ」
ミヤビちゃんは俺のほうを向くと、両腕を突き出す動作をしてみせる。
「あ、そっか……」
俺はモンスターの打ちつけられた壁へと駆け寄り、両腕を突き出した。
「壁ドンっ!」
……やったか……っ、と思ったが、
「バカっ、位置が高すぎるっ」
「えっ……?」
「両腕と壁の間に閉じ込めないとダメなんだよっ」
「あ……」
モンスターの頭は僕の腕のはるか下にあった。彼は……もう、彼でいいよな、こいつ……彼は、俺の股の間をくぐり抜けると、
「ドンっ!」
俺の背後から、尻尾を右へ、頭を左へそれぞれ回し、壁とのあいだに俺を閉じ込めた。
すると、ピキーン! という音とともに、彼の身体と壁との線が作り出した平面に光があふれ、俺の身体に恐ろしいほどの電流のようななにかが走った。
「うががががががっ……!」
待てよ、これ……、これ……
罰ゲームのスリーパーホールドよりきつくないか……?
***
さて、これで今作のノルマは……
おっといけない。いちばん大事な要求、「キュン」とするシーンを入れるのを忘れていたよ……、やれやれ……。
***
そんなわけで、黒焦げになってしまった俺は、
「ったく、しょーがねーな」
というミヤビちゃんの肩を借りながら迷路を進む羽目になった。
「あ、もういいって。自分で歩けるから」
「バカ言ってんじゃねーよ」
そしてそのまま歩くこと三日……ってのは俺の感覚なんだけど……って、俺の体内時計どうなってんだよ……、まあとにかくいくらか歩くと、またもや登場したモンスター。今度のはでかい、熊みたいなやつだ。
「ヒグマだな。小島は両腕広げたら何メートルだ」
「わかんないけど……足りないと思う」
「じゃあ、三方が壁になってるところに引きつけるしかねーな」
「え、どういう……?」
「あんたが囮になって、行き止まりまで誘導すりゃいいって話だよっ」
そう言ってミヤビちゃんはいきなり俺を突き放したんだ。……もちろん、ヒグマの真ん前に。
「あ、えっと、こんにちは……」
「ううううガルルルルうッ!」
「ぎゃーあああっ!」
俺は逃げた。必死になって逃げた。
「バカ、小島っ」
あ、そうそう、この小島ってのは俺の名前で……って、まあ説明しなくてもわかるか。
「バカ、小島っ、行き止まりに引きつけろってっ」
「いや、だって……」
「ガルルルルルう!」
「行き止まりになんか追い詰められたら、俺、食われちまうよっ」
「食われるのは問題ない、壁ドンされないようにだけ気をつけてれば」
「ダメージは負わない設定?」
「いや……、ダメージは負うが、三回のうちにカウントされはしない」
「ええっ、ど、どういうことだよっ……!」
とここで、目の前に来てしまった。……もちろん、行き止まりの。
「ガルルルルう!」
「うわあっ、もうダメだあっ……!」
そう思って目を閉じたのだけど……、
「ぐあ、ぐあ、ぐあ……」
なんと、ミヤビちゃんがヒグマを羽交い締めにしているじゃないかっ。……きっと、このゲーム内でのサポーターの特殊能力かなにかなんだろう……。
「小島っ、早く後ろへ回れっ」
俺はミヤビちゃんのいう通りに後ろへと回った。するとミヤビちゃん、
「とりゃーっ!」
例の綺麗な色のビームを浴びせて、ヒグマを行き止まりへと押しつけた。そして素早く俺の後ろに避難すると、
「やれっ」
「お、おうっ」
俺は勢いよく、両腕を左右の壁に突き出した。
「壁ドンっ!」
ピキーンっ!
俺の腕と左右の壁、そして背後の壁に囲まれたヒグマ……のようなモンスター……に、電流のようななにかが走る。
「くおう、くおう、くうううんっ」
そいつは光の粒になって消えた。
しかし……、なんだか俺が受けたときと違って、気持ち良さげなんだが……っ?
***
まあ、壁ドンってのは好きな相手にやられたらたまらないけど、なんでもない相手にいきなりやられたらたまったもんじゃないからね……。
って、モンスターがキュンとしてどうすんだよ、このまま出したら、絶対書き直しって言われるよもう……。
***
さて。そんなこんなで俺は、迷路の最奥部までたどり着いたんだが……
「ボスキャラが、どこにもいないぞ……」
そう思ってるといきなり、ミヤビちゃんが、
「とりゃー!」
「え、ちょっと待って」
俺を床へと押し倒した。
そして、
「床ドンっ!」
……不覚にも、キュンとしてしまった。
「え、ちょっとなに……?」
「着いてから三時間半、もう待ちきれないからだよっ」
「え……」
「ずっと、出てこい出てこいってうろうろしてばっかで……、隣にあたしがいるってのに、さ……」
「えっと、意味がわから ——」
「バカっ!」
思わず目を閉じたんだけど……、ミヤビちゃんは俺をぶたなかった。
「もう、いいよ……」
ミヤビちゃん、そんな、泣かないでよ……と、俺は、
「ミヤビちゃん、そんな、泣かないでよ……」
声に出して言っていた。
「え……」
ミヤビちゃんが目を丸くした。
「やっと……、呼んでくれた……」
不覚にも……
「ミヤビちゃん……」
……その無防備な表情が、とってもかわいく思えて、俺は……、
気づいたら、ミヤビちゃんとの体勢が逆転していた。
そしてそのまま、床に押しつけられた状態のミヤビちゃんの唇に……
「待ってっ!」
「え……」
そ、そんな……、待てるかよっ。
でもミヤビちゃん、必死になって俺の胸を押し戻して、言った。
「……壁……」
「……え……?」
「壁が……、いい……」
キュン。
***
ってことで、小島くんはミヤビちゃん、つまりこのゲームのボスキャラに壁ドンをして、見事ゲームクリアしたって話。よし、これで完成だ。
ツンデレ入れただろ、壁ドン入れただろ、そして「キュン」も、これなら文句はあるまい。よし、執筆完了だっ。
……って、ほんとにこんなのでいいんだろうか……。
そうだ、満足できない人のために、後日談として……
***
ミヤビちゃんへの恋心に気づいた俺は、後日、現実世界のミヤビちゃんに告った。もちろん、壁ドンしてな。
ミヤビちゃんは俺の腕に手を置いて……
「嬉しい」
って言ってくれたんだけど、
「じゃ、じゃあ、ミヤビちゃん……」
ペチン。
「え……」
顔真っ赤にして、
「いきなりミヤビちゃんはやめてよっ」
……なるほど、と俺は思った。
現実のミヤビちゃんは数段かわいい。でも……、現実のミヤビちゃんは、ためらいなく、頬をぶつんだ。
これから、よろしくな……。
感想が言葉にしづらいって?
なら、絵に描いてくれてもいいのだよ( ̄▽ ̄)