博士たちはロマンを求めたい ~ロボットに火力を求めてなにが悪いっ!~
西暦××××年、突如宇宙から飛来した巨大な生命体は人類の敵だった。次々と滅ぼされる国や都市に人類は恐怖し、その生物をモンスターの語源でもある『モンストゥルム』と名付ける。
モンストゥルムの脅威に人類はようやく団結し、人類初の統一国家『地球連邦』を設立、元号を統一暦に変更した。そして人類の総力を持って、地球上に降り立ったモンストゥルムを撃退したのだった。
統一暦三年、それ以降も度々起こるモンストゥルムの襲撃に、時の大統領アントニオ・ジョーカーは『攻撃的防衛』を訴える。その訴えに応じ、人類はモンストゥルムに勝てる兵器の研究を激化させていく。
この物語は、人類がモンストゥルムに対抗すべく開発した人型戦術兵器、つまりロボット開発に情熱を注いだ博士たちの話である。
◇◇◆◇◇
統一暦二十二年 アジア地区元日本 ロボット研究所 ──
私の名前はカタリーナ・ヴァイゼ、天才ロボット工学者であるヒルデちゃ……いえ、ヒルデ主任の助手を務めている研究者の一人です。この隣に歩いている銀髪の少女が私の上司であり、ハルトヴィヒ・エレクトロニクスの開発部門主任、ブリュンヒルデ・ハルトヴィヒ博士である。
若干十二歳ながらロボティクスの分野において、彼女の右に出る者はいない天才児である。私自身もロボット工学者だが、彼女には勝てる気がしない。真の天才とは彼女のような人のことを言うのだろう。
ただ、性格が……やや歪んでいるのか、私の胸を親の敵でも見る目で睨んでくることがある。こんなもの重いだけなのだが……。
私たちは、ハルトヴィヒ・エレクトロニクス日本支部のロボット研究所に視察に来ていた。
「ここの研究所は、プロジェクトネーム:エスユーの開発ですね」
「あぁ、あのハゲは面白いものを造るからな、楽しみだぞっ!」
ヒルデ主任は子供らしく笑っているが、私は資料に目を通してこめかみを押さえる。エスユー計画、この研究所で進めている大型ロボット開発のプロジェクト名だが、主兵装の欄には『ロケットパンチ』と書かれている。……というか、他の兵装がまったく書かれていない。
いったい、どんなロボットなんだろうか? 私がそんなことを考えていると目の前の扉が開き、見事に禿げ上がった頭を輝かせた初老のアジア人男性が現われた。
「おぉ、ヒルデ主任! よくぞ来てくれましたなっ!」
「お~ハゲ! 来てやったぞっ!」
「はははは、これは剃っているのですぞ」
「嘘付け、ハゲ! バレバレだぞっ」
この気難しいヒルデ主任と気さくに話しているのが、この研究所の責任者の飛騨拳蔵博士である。
「おぉ、ヒルデ主任! ワシが贈ったシャツを着てくれているのですな?」
「どうだ、似合うだろう? はははは」
最近ヒルデ主任がよく着ている変なシャツは、こいつの仕業かっ!? 以前はフリフリのドレスに白衣という、とってもキュートな格好をしていたのに、何てことしやがるっ! ……あっ、すみません、お下品でした。何てことをするのでしょうか。
「では、さっそく見せてくれ」
「えぇ、こちらにどうぞ」
博士に誘われて入った部屋はモニタールームだった。正面には強化ガラスで覆われた部屋があり、奥には巨大ロボットが見える。どうやら宇宙空間を模した無重力下でのテスト中らしい。今造っているのは、来年出航予定の宇宙戦艦ジョーカー号に乗せるためのロボットなのだから、無重力下で動けなければ意味がない。
「よし、テスト開始!」
博士がマイクに向かって命じるとロボットが動き出した。どうやらあの正面に浮いている岩石を、攻撃して破壊する実験のようだ。あの大きさなら、それなりの威力でなければ破壊できないだろう……これは見ものかもしれない。
そのロボットは手をクロスさせる変なポージングをしてから、岩石に向けて拳を前に突き出した。
「……あの動作は必要なんですか?」
私が素朴な疑問を口にすると、ヒルデ主任と博士は「何を言ってるんだ、こいつ?」と言った顔でこちらに振り向く。
「必要って……当然だ。その方が格好いいだろう?」
「カタリーナは胸だけでかくて、相変わらずロマンがわからんやつだな。やれやれ」
格好いいってなんだ、このハゲ! それに胸は関係ないだろ、胸はっ! 私は心の中で毒づきながら微笑むことで返す。その瞬間、スピーカーから凄いボリュームの声がモニター室に響き渡った。
「いぃぃぃくぅぜぇぇぇ! ロケェェェトォォォパァァァンチィィィ!!」
私が耳を押さえて蹲っているが、二人は仁王立ちでニヤニヤと笑みを浮かべている。モニターではロボットの腕がパージして、ロケット噴射……って、あの距離で噴射したら腕が溶けるんじゃ? それでもロケットパンチは、一直線に岩石に向かって飛んでいき一撃で粉砕した。
威力は問題無いようだが、私は涙目になりながら抗議する。
「な……何なんですか、今の声は!? 耳が痛い……」
しかし、再び馬鹿にするような視線を投げつけられる。
「何って技名を叫ぶのは、デフォだろ? 腹に響くいい声だった」
「はははは、今回は音声認識システムに、音量によって威力を調整できる機能を追加しましたぞ」
つまり、大きな声ほど威力が高まるってこと? 馬鹿なの、このハゲ! 本当に大型ロボットを造ってる連中は変な人ばっかりだ。
「ところで、ハゲ」
「なんですかな、ヒルデ主任?」
「あのパンチ、なんか変な動きをしてるんだが?」
ヒルデ主任の言葉で私がモニターを見ると、ロケットパンチは岩石に当たった衝撃でひしゃげていた。そのせいかノズルまで歪んでいるようで、フラフラと動いている。あれ制御不能になってない? って、こっちに飛んできたー!
「きゃぁぁぁ~!」
「うぉっ!」
制御不能になったロケットパンチは、私たちがいたモニタールームを突き抜けて、研究所の外壁を突き破り外まで飛んでいった。街に落ちないことを祈るばかりだ。
私とヒルデ主任は咄嗟に伏せて事なきを得たが、周りにいた職員たちはヘルメットをかぶったり、机の下に隠れたりしている……この人たち、これぐらいの事故は日常茶飯事のようだ!?
◇◇◆◇◇
北米地区元アメリカ ロボット研究所 ──
日本支部の視察が終わった私たちは、アメリカ大陸にあるロボット研究所に来ていた。あの事故で怪我がなかったのは幸いだったが、本来ならあの博士は降格のうえ左遷ものである。しかし、ヒルデ主任は彼の背中を叩きながら「まぁがんばれ、ハゲ」の一言で済ませてしまった。
今の会社でヒルデ主任の決定に文句を付けれる人は、会社の会長である彼女の祖父であっても無理だった。それほど彼女の頭脳を必要としているのだ。
私たちは職員に案内されて、研究所の格納庫に連れてこられていた。格納庫には幾つかのロボットが並んでおり、奥の方から白衣を着た金髪の中年男性が、満面の笑顔を浮かべてこちらに向かって走ってきた。
「オー! リトルガール! よくきたなぁ」
「ちゃんとやってるか、ミスタードリル?」
ミスタードリルと呼ばれた男性は、いきなりヒルデ主任を高い高いのように持ち上げると、クルクルと回転し始めた。
「はっはっはっ、ちゃんとやってるさ! ほぅら、大回転だっ!」
「や~め~ろ~」
一頻り回されたヒルデ主任がぐったりしていると、今度は私をターゲットにしたようで両手を広げてハグしてこようとする。
「オー! ボインちゃんも来てたのか、久しぶりだなぁ」
「セクハラで訴えますよ、ドリル教授」
私は彼のハグを横に躱す。彼の名前はジャック・ドリル、世界でも有数の大学に所属する教授であり、この研究機関の責任者でもある人物だ。何とか立ち直ったヒルデ主任が尋ねる。
「それでどうなんだ、お前のロボットは?」
「はっはっはっ、見てくれよっ! この見事なドリルをっ!」
ドリル教授がパチンと指を鳴らしながら指した先を見ると、右手に巨大なドリルが付けられた巨大ロボットが立っていた。
「どうだい、こいつはマグナムドリルって言うんだ。ナイスドリルだろぉ?」
「うむ、これはなかなか熱いなっ!」
「……バランス、悪くないですか? まともに動けます、これ?」
私の率直な感想に、ヒルデ主任は呆れた様子で両手を広げて首を横に振り、ドリル教授は私の肩をガッシリと掴むとガクガクと揺らしてきた。
「ボインちゃん、バランスなんてどうでもいいんだよ! このドリルを見たまえ、モンストゥルムから採取した鉱物から造ってるんだ! この世で一番硬くてロマンが詰まったドリルさっ!」
「離~し~て~……くださいっ!」
私は容赦なく彼のボディに、スクリューブローを叩き込んだ。私を揺らしながら、揺れる胸をチラチラみてるのはわかってるんだぞ、このエロオヤジっ!
崩れ落ちたドリル教授は、腹を押さえて蹲りながらサムズアップをこちらに向けて
「ナ……ナイス、スクリュ~!」
私たちは、その後何とか復活したドリル教授と共に実験場に移動していた。格納庫からゆっくり歩いてくる機体がある。あの歪なシルエットは……やっぱりマグナムドリルだ。
今回のテストは多対一の戦闘テストのようで、マグナムドリルの前には五体の無人ロボットが立っていた。あれは機動型ビーアール、バーニアを改造して機動性を上げている機体だ。この重そうなマグナムドリルが、まともに相手できる気がしないんだけど……。
「では、テスト開始!」
ドリル教授の号令で、動き出したマグナムドリルはやはり遅かった。重力下とは言え、こんなに鈍いのでは使い物にはならない。しかし、次の瞬間マグナムドリルから技名を叫ぶ声が聞こえてきた。
「ビィィィィィクゥゥゥマグナァァァムッドリルゥッッッ!」
その声に反応して、右手の巨大ドリルが轟音を共に急速に回転を始めた。そして背中の巨大バーニアに火がつくと、物凄い加速で突撃して無人機を粉砕していく。
「ィヤァァァ! ナイスドリルッ!」
ドリル教授がそう叫びながら両手を振り上げて喜んでいるが、突撃したマグナムドリルは、止まることができず地面に激突していた。そして停止したマグナムドリルに、救急車両が急行している。
入ってくる無線によると、パイロットが瀕死の状態らしい。まぁアレだけ重い機体を、無理やり高出力のバーニアで飛ばしたのだから、パイロットに掛かるGは相当なものなはずだ。
あの加速に高速回転するドリル、スペックだけ見ればかなり強そうだ。しかし、この殺人的な加速にパイロットが耐えれるわけがない。つもりパイロットの存在が、この機体の弱点なのだ。そこで私は親切にも、忠告してあげることにした。
「この機体、確かに凄いのですが、別に有人である必要はないのでは?」
ヒルデ主任とドリル教授は、こちらをまるで「馬鹿を見る目」で見るとため息をついた。
「ノー! 人型ロボットに、人が乗らないとかありえないねっ! ロボットは人が乗ってこその人型ロボット! 大きな機体に乗り込んで、自ら戦う! それがロマンなのだ!」
「カタリーナは胸ばかりに栄養がいって、脳が軽くなってるんじゃないか?」
何がロマンなんだ、意味がわからないっ! だから胸は関係ないでしょ、胸はっ! このマッドエンジニアたちめ、ロマンを追い求めるばかりで、人命なんてまったく考えてないっ!
◇◇◆◇◇
ヨーロッパ地区ドイツ地方 ロボット研究所 ──
ここはヒルデ主任の研究所である。各国の視察を終えてようやく戻ってきたのだ。エレベーターに乗って地下まで降りている最中に、ヒルデ主任は新しい玩具を貰った子供のように笑いながら尋ねてくる。
「しかし、面白い機体ばかりだったなっ! うちのにもロケットドリルパンチをつけるか?」
「やめてください」
この研究所では、二つの機体を研究している。一つは『ワルキューレゼロ』、一からヒルデ主任が設計した超高スペックの機体で、様々なカスタムパーツを組み合わせることで、色々なスタイルで戦える素晴らしい機体だ。
既存の量産機『ビーアールスリー』など比べるべくもなく最高の機体だと、私を含め開発に関わったスタッフであれば誰しも信じている。
まぁ設定がピーキーすぎて、乗りこなせるパイロットが未だに見つかっていないのだが……。
そして、もう一つはヒルデ主任が趣味で造っていると言っても過言ではない大型ロボットである。
名前はスーパービームマシン、通称エスビーエムは胸部に大型ビーム砲を持った機体である。背中には多数のミサイルポットを持ち、主砲である巨大ビーム砲以外にも、多数のレーザー兵器を備えている。動力源にはモンストゥルムのコアを使った動力炉を搭載しており、もはやロボットと言うよりは機動要塞である。
主任が言うには「火力というロマンを詰めてみた」らしい。そんなことを思い出しながら、私は今日の予定をヒルデ主任に伝えていく。
「本日は、ファイナルビームキャノンの照射実験ですね」
「おぉ、それは楽しみだな」
ヒルデ主任は笑っているが、私は頭が痛かった。この機体はとにかく火力を上げることに注力したせいで、装甲がビームに耐えれず吹き飛ぶ恐れがあるからだ。現に前回の実験では上半身が吹き飛んでいた。
私たちが研究室に入ると、スタッフたちはすでに準備を進めていた。
「よし、みんな! 準備はできているな?」
「はいっ!」
ヒルデ主任は頷くと、テスト開始の号令を出した。
「よし、テスト開始!」
モニター上のエネルギーゲージが急速に上昇していく。それに伴いエスビーエムの肩パーツと胸の装甲が開き、白い煙を噴出し始める。私はそれをジト目で見ながら改めて尋ねる。
「主任、前にも聞きましたが、あの変形とか何か意味があるんですか?」
「いや殆どないな、当然格好いいからだっ! 本当なら格好いいビージーエムも入れたいんだがなぁ」
嘘でも冷却用と言って欲しかった……まぁ、あの程度で冷却できるような熱量ではないのだけど。私はあっけらかんと言う主任にため息をつくと、モニターを見つめながら確認する。
「出力八十パーセント、リミッター上限です! 解除しますか?」
「当然だ、リミッター解除!」
「リミッター解除!」
スタッフが復唱しながらリミッターを解除すると、機体全体が黄金に輝きだす。ちなみにこの無駄に派手な演出も、意味がないことは前回聞いている。
「出力百パーセント、いつでも撃てますっ!」
「よし、ファイナルビームキャノン……ファイヤー!」
「ファイヤー!」
スタッフがボタンを押すと、エスビーエムの胸から巨大なビームが放たれた。相変わらず凄い威力だ、この出力の攻撃であれば、如何に装甲が厚いモンストゥルムといえども一撃で倒せるだろう。
しかしビームに最も近い胸部装甲は、早くも溶解を開始している。三十秒ほどの照射が終わり、すぐにスタッフによる機体のチェックが開始された。
そして、集まった情報をもとめると私がヒルデ主任に報告する。
「報告します。胸部装甲は完全に溶解、フレームは何とか無事ですが各部品に相当負荷が掛かっているので、再使用にはパーツの取替えと全体チェックが必要です。しかし、コックピット周りはほぼ無傷です」
「ふむ、一先ず上々と言ったところだな」
前回の実験ではコックピットを含めた上半身が吹き飛んだため、今回の結果は随分進歩してると言えるのだ。
「しかし、これでは毎回の整備士が大変すぎます。もう少し運用を考慮して、リミッターが切れない仕様にしたほうが、いいのではないでしょうか? 正直火力が過剰かと思います。ここまで求める必要は……キャッ!」
ヒルダ主任は私の胸を鷲づかみで持ち上げると、後ろに倒れ込むように転んだ私に向かって言う。
「ロボットに火力を求めて、なにが悪いっ!?」
ここで私はようやく理解した。『博士たちはロマンを求めたい』のだ。そして、それこそが博士たちのロボット開発を進める原動力なのだと……。
その後もロマンを追い求める博士たちの情熱に振り回されながら開発は進み、それから約一年、人類は初めてモンストゥルムに対して反撃を開始することになる。その最初の宇宙戦艦ジョーカーには、博士たちがロマンを求めた機体が搭載していた。
その飛び立ったジョーカー号を見つめながら、これから苦労するだろう整備士たちを想って私は祈るように呟く。
「ごめんなさい……博士たちの情熱は貴方たちに託します。博士たちの情熱は、きっと人類を救う力になるはずだから」